第22話 試投
…野球部員はベンチ前に集まったが、金二郎はレガースやキャッチャーマスクを着けてポジションに就き、球雄はボールを持ってマウンドに上がった。…そしてプレートの土を足で払い、ロージンを手に付けると、2人で投球練習を始めた。
「…球雄と住谷が、間もなく始まる千葉県大会 (甲子園予選) のために、新しい変化球をマスターした。今まで誰も投げたことの無い球らしい。…それをこれから試投してもらう!実際に打者を置いた状況で投げたいという希望だが、誰か打席に立ちたい者はいるか?…3人ほど選びたい!」
崇橋監督が部員たちにそう言うと、
「立ちたいです!」
「自分も !! 」
「俺も立ちます!」
ほとんど間をおかずに手を上げたのは、中尾貫行(三年生)、 都橋太郎(二年生)、沖本和巳(三年生) だった。
…要するに、球雄が野球部への入部テストの時に対戦したクリーンナップの3人である。
「球審も要るのか?」
崇橋監督が球雄にそう言うと、
「お願いします!」
金二郎が叫んだ。
「じゃあ、球審は俺がやります…!」
チーム正捕手の義田孝(三年生)がそう言って、金二郎の後ろに立った。
「それじゃあ始めよう!」
監督が叫んだ。
「各バッターの3球目に、その球を投げます。もし打てるなら、打っても構いません !! 」
金二郎が言った。
「じゃあ俺が打ってやる!」
中尾がそう言って右打席に入り、バットのヘッドをマウンドに向けた後にベースの角をチョンチョンと突くいつものルーティーンを見せた。
「プレイッ!」
球審が宣言していきなり緊迫感が高まった。
…球雄が振りかぶって一球目を投げる。
135キロの直球が真ん中に決まった。
「ストライ~ク!」
…もちろん中尾はバットを出さない。
球雄の二球目は外角へのスライダーを投げ、中尾は空振り。
しかしこの空振りは三球目のボールを打つためにタイミングを測るつもりで敢えて空振りしたものだ。
…ついに焦点の三球目を投げようという球雄に、全野球部員の視線が固唾を呑んで注がれた。
…振りかぶって、足が上がって、腕を振って、球雄が三球目を投げた!
「危ねぇっ !? 」
ボールはまっすぐに中尾の顔面近くに向かって行った!思わず中尾は顔をそむけ、上体をのけぞらせた。
「ストライ~ク、バッターアウッ!」
しかし次の瞬間、ボールはインコース寄りに構えていた金二郎のミットに収まり、球審のコールが上がった。
「………… !? 」
「…何だ?…今の球 !! 」
皆がざわつく中、
「…ストライクだと~っ!? 顔面めがけて来た球が何でストライクなんだよっ?」
中尾が球審の義田に詰め寄った。
「…フォークボールだ!そこから斜めにインコースのストライクゾーンに落ちたんだよ!」
義田が叫んだ。
「何だと?…まさかそんなことが、出来るのか !? …」
中尾はまだ信じられないといった顔で球雄を見ながら渋々ベンチに下がり、代わりに都橋が右打席に入る。
…ゆっくり振りかぶって球雄は一球目の直球を外角低めに決め、二球目はカーブをまた外角低めに決めた。
そして三球目、球雄が「そのボール」を投げる時、あらかじめ少しオープンスタンスで構えていた戸橋は、球雄がボールをリリースする瞬間に身体を後ろに退きながらバットスイングを試みた。
ボールは前回同様にインハイのボールゾーンから斜めにストンと落ちてインコースのストライクゾーンに構えた金二郎のミットに収まり、戸橋は空振りに終わった。
「ストライ~ク、バッターアウト!」
球審がコールする。
「…やっぱり身体を退きながらだと視線自体がブレちまってバットに当たんないなぁ… !!」
…悔しそうに呟きながら戸橋が打席からベンチに引き上げて来た。
「…次は、沖本だろ?」
球審を務める義田が、打席に入るよう沖本に促した。
「いや…俺はいいや ! …あんな球、打ちようがないぜ!打席に立ってあんなの見たら、バッティングに影響しちまうよ」
しかし沖本は臆したようにそう言って、ヘルメットを脱いだ。
そして部員たちは「魔球」にザワザワとし出したので、それを遮るように義田が叫んだ。
「球雄!…2つ3つ質問して良いか?」
球雄はマウンドを降りてホームベースに歩み寄りながら「はい!」と応えた。
「…この球はどれくらいの頻度で投げられるんだ?」
義田の質問に、淡々と球雄は応える。
「1イニングに2~3球、出来れば1打者に一球まで!…この球は必ずストライクを取らなきゃならないからです。コントロールミスは絶対に許されません。もしも変化せずにぶつけたら大変なことになります」
「…なるほど、…左打者にも投げられるか?」
「大丈夫です!右側に落としてストライクを取れます」
「…よし、…じゃあ最後に大事な質問だ!…この球は」
「先輩っ !! 」
…義田の言葉を遮って球雄が言った。
「…最後の質問の内容は分かってます!…この球は当面のところ、金二郎しか捕球出来ません !! 」
…キッパリした答えに、グラウンドが一瞬沈黙した。
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