第3話 - JOKER & STRENGTH


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墨ヶ丘学院の近くにはハンバーガーチェーン店のマクドワールドがある。

3階までできているし、座席の数が多い。カフェのメニューに、サラリーマンや大学生のためのコンセントプラグなども設けられていて、近くの住宅街に住んでいる人々はほとんどこの店を愛用していた。

チャイムが鳴ってからから40分ぐらい経った。足を急いでマクドワールドの中へ入る。さすがに客で混んでいて騒がしい。そのままカウンターをスルーして2階に上がって行く。

小野田麗音は2階のガラスの壁側の席に座っていた。

不機嫌そうな顔で自分の髪の毛を弄っている。結構いらいらしてるのか、弄ってる指に力が入ってるのが遠くからでもしっかり伝わってきた。

近づくとこっちに気づいて、口を尖らせたまま文句を言い始める。


「遅いわよ。30分も遅刻してるじゃない」

「えっと、ご、ごめん……本当もうしわけない」

「はあ? ごめ~ん? ごめんなさい、でしょう!」

小野田はそう言いながら自分の胸を突き出す。彼女の胸元の方に赤い色のリボンが結ばれていていて、これは墨ヶ丘学院の3年生を表す色だった。席に座りながら昨日のことを思い出す。これからのことを論議するための待ち合わせの場所を探すうちに知ったこの事実は、僕にとってもかなりショックだった。まさかストレングスが、僕と同じ学校の先輩だとは。


「でも……なんつか、君先輩という感じ全然しないし」

「あんたね、私のことバカにしてるわけ?」

「違うよ。君はなんというか、いや、君じゃなくて先輩は、その……僕より年上っていうよりは、同い年みたいだったし」

「どういう意味よ、それ」

「えっと、だから……」

うむ。うまく言い放せない。何でだろう。小野田と知り合ったのは昨日ばかりなのに、なぜか馴染んだ気がした。まあ、これはこっちの話だからあえて言う必要はないだろうが。

「くだらないことはここまでにしよう。先輩と呼べばいいんでしょう?」


「ま、どっちでもいいから好きに呼んで」


「どっちなんだよ! 一つだけ選べよ!」

「細かいこといちいち突っ込まないで。男のくせに器がちっちゃいね」

「悪かったね、ちっちゃくて!」

「んで、何で遅れた?」

「さらっと話を逸すんのか。本当にマイペースだな、お前!」

「よく気付いたわね。そう、私マイペースだから一階に行ってソフトアイスを買ってこい」

「文脈的におかしくないですか!? 遅刻の埋め合わせはするけど!」

「はいはい、さっさと座って理由を言いなさい」

小野田の問いに深いため息をつく。ガラスの窓の向こうを見ながらぎくしゃく答えた。

「そ、その……し、進路調査表のやつで、ちょっと……」

「へえ」

じぃーと見つめられた。

「な、何よ」

「別に。未来を悩んでるのね」

「学生だし、そんぐらいはする」

「分かった。でも次からは遅れないようにしましょう。学校からマクドまで1kmもかからないでしょう?」

ぎくっ。


「あ……ああ、まあ、マックが近いってことは僕も知ってるけど、先生に呼ばれてな。悪い」

ぎくっ。


「そ、そう……? それは大変ね。でも時間はちゃんと守ることにしましょう。普段ここのマクドは混んでるから、遅れてくると座るとこがなくなるかも知らないわ」

「ああ、そうするよ。それに個人的な感想なんだけど、待ち合わせを‘マック’にしたのはいい選択だと思ってる。話しやすいし、涼しいし。小野田はハンバーガーは好きかい?」

「好きよ、ここの‘マクド’よく利用してるし」

「……」

「……」

「…………」

「…………………」

「マック」

「マクド」

「マック」

「マクド」

妙な緊張感が溢れる。わけをわかんない地域感情がこの場に流れていた。いや、自分が言っといておかしいと思うけど。

「ほ、矛院君? あえて‘マック’にアクセント付けなくていいけど?」

「付けてません、標準語です」

「あらら~何言ってるのかしら。あっちではマクドが定番よ」

「小野田って関西出身だった?」

「か、関西出身ならあかんとでもゆうのかい!?」

「いや、別にそんなこと誰も言ってないっしょ。ただ、珍しいなと思って」

小野田は口を尖らせてガラスの壁の向こうに目を逸らした。


「親の事情で中学校終わってから東京に引っ越してきたの。もう3年経ったけど、17年間続けてきた言葉使いがそう簡単に変わるわけないじゃない。これで最初はクラスに馴染むのにさんざん苦労したの」


「へえ」

どうやら彼女の方言には色々あるようだった。僕は口を尖らせたままちらちらこっちの様子を見てる小野田を見つめながら席から起こる。

「まあ、呼び方なんてどうでもいいけど。飲み物買ってくる。ご注文は?」

「ソフトアイス……じゃなくて、コーヒーでお願い。金は後で出すから」

「いいよ、別に」

「でも……」

「先言っただろう?」

小野田は僕の言葉に首をかしげる。昨日のしっかりしているストレングスではなく、小野田麗音を見た感じがして妙に面白かった。そんな小野田に少しだけは微笑んで見せる。

「埋め合わせは、ちゃんとするって」



コーヒーを買ってきた後、僕たちは今後の方針を話し始めた。

「そ、その、考えてみたけどさ、プレイヤーは13人だろう? 最後に5人ぐらい残せば、勝利は確定だと言えるはずだ。これはサバイバルゲームだし、時間が経過すると共にプレイヤーも減って行く。なら、下手に戦いに臨むよりはこっそりと出番を待った方がいいんじゃないかな」

小野田は口に手を当てて考え込む。長い間悩んだ後首を横に振った。

「確かに矛院君の能力はすごい。私たちにとっては絶対的な切り札になるに違いないよ。でも、あまりその切り札に依存するといざとなったときに危ういかも知らない。昨日デミウルゴスが言ってた言葉覚えてる?」

「能力の強化のこと?」

「そう。相手を殺したり敗北を認めさせたときにはプレイヤーに与えられたタロットカードの能力が強化される。このルールを忘れていては、いくら時間が経ってもゲームが不利になる可能性があるの」

確かに、定められた8つのルール以外にも細かいルールがいくつかあった。デミウルゴスはこのルールを通して積極的にプレイヤー狩りを勧めていたし……。

このマーダラーゲームはモラルを崩した人はより強者に、人倫を守ってる人はより弱者の位置に置かれる。


「あなたの能力は万能ではない。条件付きでしょう?」

相手との距離は10m以内。そして、殺す相手をこの目で認識し、相手の顔と名前を確認して置く必要がある。適当に『あいつを殺せ』とか、そんなことでは能力が発動しないのだ。最後に、直接殺す相手を指定して殺すことを宣言しなければならない。この条件を僕はジョーカーというイレギュラーを選んだときデミウルゴスから直接言われた。

「確かにいい能力だけど、条件が厳しい。アプリを使えば相手がどのカードの持ち主か分かるけど、それはあなたの能力を使うことに何の得にならないの。結局ジョーカーの能力を使うには、あなたが必然的に敵と向き合わなければいけない。それに相手が遠距離で戦うやつだとすれば? 矛院君の能力では対応できないはずよ。 昨日デパートの屋上から襲ってきたプレイヤーだってそうだったし」

「でもジョーカーは攻撃能力も防御能力もゼロに違い条件付きの特殊能力に依存するタイプさ。だからこそ、ゲームの成り行きを見守った方がいいんじゃないかな? 君はどうするつもりだ?」

小野田はホットコーヒーで乾いた喉を濡らした後、しばらく何も言わず黙り込んだ。促さずに彼女の言葉を待っているといよいよ口を開いてくる。


「公式的なゲーム時間は決まってないけど、ほとんどのプレイヤーは夜に動くはずよ。昼にはあまりにも目立ってしまうから。いくら世界線の修正を受けるとしてもそれには限界がある。修正対象から外れることは誰も望んでないに違いないし」

「世界線の修正、か」

神はそう言ったけど、今のところ実感はできなかった。


「小野田って、その世界線というのが結局何を意味してるか聞いてたよね?」

デミウルゴスとの質疑応答で誰かそう聞いていたが、その声が小野田だったことを思い出した。小野田は首を縦に振りながらも肩をすくめて見せる。くだらない話と思ったらしい。彼女の説明によると世界線というのは現在の時間軸を意味するようだ。過去と未来と現在は糸のような形で、それぞれが無数な糸で結ばれている。世界線の修正とは、現実的にあり得ないことによって出来事を自動的に修復される世界の自浄作用のようなものだと。

「でも、どこからどこまで修正を受けるかも確実じゃないから勝手には動けないよ」

淡々と説明する小野田の目を見つめると小野田はにっこりと笑う。

「私たちは情報を集めましょう」

「情報?」

「ええ。相手の所有カード、名前や具体的な能力など。そのような情報を予め知っといたらいざとなったときに対応しやすくなるでしょう。矛院君の能力を使うにも役に立つ。対応が難しいと思った敵は逃げてしまえばいいし。もちろん、直接的な交戦は避けて、ね。私たちはあくまで情報集めるだけ。競争プレイヤーが減るのに率先して出るのはリスクが大きすぎる」

休まず次々に自分の意見を述べて行く小野田の姿は正直に言って格好よかった。心強いと。僕は心のどこから安心感を覚えていたのかも知らない。

「そして、」

小野田が次の言葉を継いだ。


「漁夫の利で隙を狙って両方をしまうのもいい手だと思うの」


ふと、体の動きが止まった。

コーヒーが入っている紙カップを落とすところをかろうじて支える。彼女の言葉は心の中で意外と大きなダメージ与えていた。

「矛院君?」

こちらの様子に気づいた小野田が機嫌を尋ねて来る。何気なく笑って見せながら意中を隠す。小野田がまた話し始めた。でも、彼女の言葉はすでに耳障りになってしまい、もう頭に入って来なかった。ざわざわする。小野田のいうことが、聞き取れない。誰もいない夜中の深海に落ちて、沈んで行くようだった。冷たい海の中で、僕の耳に水が入ってる気がした。

「だから、」

小野田麗音が、口を開ける。

「迫ってくる敵は私があげるから」

言葉が力を持つ。単語が持つ重圧感に押しつぶされる。少し、胸苦しい。

「ちょっと、聞いてる?」

「あの、さ」

「何よ」

素っ気ない返事だった。彼女は口を尖らしている。話を聞いてなかったから、不満を

持つのも無理ではない。それはともかく、言うべき、だろうか。それとも目を逸らすべきか。心の中で数千回を悩み続けてはついに心を決める。


「殺すという言葉は、謹んで……欲しいけど」

小野田の顔をちらっと覗いてみると彼女は片手を顎に当てたまま感情のない表情を作った。

「どうしてそんなことを言うの?」

「どうしてって……」

逆に尋ねられて戸惑ってしまう。小野田は自分が言ってることの意味を分からないんだろうか。

「人を殺すのって、そんなさりげなく言うもんじゃないだろう」

小野田は無言で顎に当てた手を下ろす。姿勢を正して僕を見つめてきた。その視線には以前抱いた感想が溶け込んでいる。真っ直ぐで剛直な瞳だった。

「矛院君。本気で言ってるの?」

小野田の目が、前髪に隠されて見えなくなる。俯いて何かをじっくり考えた彼女は清らかな声で言い出した。


「バカなの?」


それは、とても不愉快な気持ちが詰め込められた口調だった。

「人を殺すのって簡単に言えるもんじゃない? 何それ、脳にしわが付いてるんじゃなくてうどんでも入ってる?」

明らかな敵意を持った小野田にあざ笑われる。言葉が刀になって首を刺してきた。

「芳一は耳を取られたけど、あんたは脳みそが取られたようね。いい加減にして。とんでもないことを言うのもほどがあるの」

「……散々言ってるな、お前。僕の言うことのどこが間違ってる? 常識的に考えても人を殺すのは許されることじゃねえだろうが」

「私は今更モラルの基準を語ることはやめてと言ってるの。あんたの言ってること、すっごく矛盾してるけど、自覚ないの?」

小野田の言葉に動きが止まる。 喉が詰まって息ができない。

「何を、言ってるんだ……」

「あんたも私も」

彼女は前髪の隙間から僕を睨んでくる。その瞳は鋭くて恐ろしい一方、とんでもないほと空しくて切なく感じられた。

「人を殺したという事実は変わらないのよ」


「やりたくて!」


騒がしい音がした。

「やりたくてやったわけじゃねえ!!」

気が付くといつのまにか席から起きて怒鳴っていた。周りの人の視線が集まる。息は乱れていて、汗まで出ていた。小野田は腕を組んだまま厳しい表情で僕を見つめるだけ。

「座って。大声を出したからと言ってあんたの主張が妥当性を持ったりはしないよ。

これぐらいも理解できない間抜けじゃないよね?」

反駁しようとしたが最ものことだった。でも感情の暴風は胸の中で渦巻いていて、僕は席に座っても長い間息を乱した。小野田はそんな僕が落ち着くまで、ゆっくりと待ってくれる。

「あんたの言いたいことは分かるけど、」

結構時間が経った後、小野田が言い出す。周りの視線はすでに消え去っていた。

「それは現実逃避に過ぎない。私たちは今夢を見ているんじゃないから」

「だからと言ってそう簡単に言えるもんなのかよ?」

今度はより声が低くなる。小野田は呆れた顔と怒った顔両方をしていた。

「すでに人を殺したからと言って殺すのが許されるってことはおかしい」

「今更モラルの基準を語るんじゃないって言ったはずよ」

「お前だって、人を殺したくはなかったんだろう……!」

「私はあんたと違っていつも殺したかった」

小野田は、そう言いながら微笑んだ。何気なく言う口。無邪気な微笑が異質的だった。ほんの少しだけ、小野田のことを心から気持ち悪いと感じてしまう。

「あんたの人殺しが偶発的か計画的かは分からないけど、あんたの基準で勝手に私の立場を考えるのやめてくれる? 今やってるの、ただの暴力だから」

彼女の言葉に僕は何も言わない。確かにその通りだ。言葉の妥当性は小野田の方が理屈に合ってる。ゆえに、その上より気に入らないだけの話だが。


「そうだな。僕が間違って考えていた」

小野田が顔を上げる。互いの視線が向かい合う。

「自分がしたことを受け入れ、そこからもう一歩踏み出して殺して行くなんて、人間から獣へ退歩していくのを証明してるじゃねえか。君なら、きっと最後までこの戦いで生き延びれるだろう」

小野田が恐ろしい表情で変わって行く。彼女の声が高まった。

「皮肉ってるの? 同盟を破りたかったら望み通りに殺してやるわよ」

「君の拳と僕の言葉、どっちが早いと思う? 二人でこの場で仲良くくたばれたかったらいいさ。そうしてやる」

睨み合う二人。再び周りの視線が集まる。小野田も僕も、その程度でやめることにした。こういう風に注目を浴びても得にならないってことを、二人ともよく知っていたから。

「やめよう……どうせ僕が掲げた条件では殺し合う必要もないだろう」

条件付きの同盟。昨日は小野田にペアを提案しながら条件を付け加えたのだ。


『僕は神になる権利とかそういうのは要らないんだ。そんなの望んでもないし。ただ、

叶いたい願いだけひとつあれば十分さ。僕には願いを叶う権利をくれ。なら君のこと

を、神様にしてみせるから』


そんな条件だった。

だからこそ、こんな言い合いは無意味に過ぎない。なのに……。

「帰る」

「はあ?」

小野田は荷物を片付け始めた。慌てる僕を見向きもしない。何でだよ? こんな言い合いが無意味っていうことさえ知らねえのか。

「待ってよ! いきなり帰ると言ってもまだ何も決まってないから……」

「明日の夜9時。マクドワールドの前で集合。そこで情報を集めるための捜索を始めましょう。それでいいね? 連絡は昨日ライン交換したからそっちにして」

「お、おい!」

席から離れて遠ざかる小野田の背中に向けてもう一度呼びかける。小野田の足は止まったが、こっちを振り向いたりはしなかった。

「一つ聞いて置きたいけど」

彼女の声が耳に直接響き出す。小野田は依然として不愉快な気配を隠せずに首だけをこっちに向いては聞いた。


「あんた、単に責任から逃れたくてそう言ってるんじゃないよね?」


言葉が巨大な雷になって脳裏を貫く。心臓が弾けそうだった。小野田の瞳が僕をまっすぐ見据えている。

あれ?

何で、言葉が。出て……来ないんだ? これ見よがしにすぐに答えるはずだったのに?

「もしそうだったら、」

僕を見据える小野田の瞳から目を逸らせない。見えない鎖が全身をしがみつているようだった。

「同盟であれ、何であれあんただけは私の手で殺してやるから」

小野田はその言葉だけを残して去って行く。僕は一人で残されたまま、彼女が去っていた場所をいつまでも眺めるだけだった。

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