海外生活から生まれる故郷への憧れ 〜ベルリン生活

日本にいる友達にドイツで暮らしている事を話すと羨ましがられることがある。

多くの場合はテレビに出ているような有名人の海外生活を思い浮かべているのだろう。プールのある大きな家に住んで、コストコのような大きなスーパーに買い物に行き、何不自由ないキラキラと輝く優雅な暮らしを思い浮かべる人が多い生だろう。


確かにそう言う部分もある。家は日本に比べて比較的広いし、ヨーロッパであってもベルリンの物価はそう高くなくスーパーでの買い物は東京で暮らしていた頃に比べるとだいぶ安く済んでいる。お金をそんなに出さなくても結構いい暮らしができる。


ただそれ以上に不便なことも多い。

コンビニのような便利なお店はないし、日曜日にはお店は閉まってしまう。配送サービスは家まで配達には来ないで、隣人宅や近くの店に荷物を預けてしまうので荷物が行方不明になってしまうことなどがしょっちゅうある。

住民登録のような日本では一日で終わる手続きも予約がなかなか取れなかったりするため1ヶ月以上もかかることもあるし、スーパーで買い物をするときは中身を確認しなければ腐っていたりカビが生えていたりすることもある。

また、そんな時に文句を言ってもお詫びの言葉はなく、交換してやるから感謝しろくらいの勢いで対応される。


日本人として普段の生活の中で一番不便だと感じるのはレストランで食事をするときだ。

日本みたいに写真付きでわかりやすいメニューはなく、メニュー表には文字だけがずらりと並んでいるのが一般的。ドイツ語がわかるようになってからも、長文のドイツ語で書かれた説明を読み、自分が食べたいものを探し、嫌いなものは入っていないかを確認する。慣れないうちはこれが一苦労だった。やっと見つけたものを頼んでも想像と違う料理が出てくることも多い。そんな時はやるせない気持ちになる。せっかく美味しいものが食べたいと外食に行っても食べたいものにあるつけないのだから悲しくなる。


さらに、ドイツ人にはホスピタリティーと言う概念がないのかと思うほどサービスが悪い。

混んでるレストランに入れば、席についてもメニューが30分以上来ないことはよくある事だし、そんな中でも日本のように大声で「すみません、注文をお願いします!」と叫ぶことはマナー違反とされているため、ひたすら黙って待たなくてはいけない。こう言ったレストランではだいたい支払いの時にもまた30分もど待たされることが多い。


お店での対応もそうだが、個人のホスピタリティーも少ないように感じる。

友人が引っ越しパーティーをすると言うので伺った事があった。

新居でのパーティーなので、家を案内してくれるのだが、誰も新居を褒めない。

ただ、だまったまま家主の説明を聞く。

せっかく見せてくれているのに、ただ冷めた様子で「ふーん」というような無愛想な態度を続ける。

ちょっとヘンな雰囲気が漂っていたので、僕は1人で「あーこれ、いいね」、「ここなんて最高じゃん!」と一生懸命いいところを探して褒めていたら、近くにいたドイツ人の友人が、「ドイツ人も同じことを心では思っているんだけど、それをあまり口に出すことができないんだ」と呟いていた。

人を褒めることにただ慣れていないのか、褒めることで相手が自分より上であると認めてしまうとでも思っているのかは不明だが、ベルリンの人は相手を褒める事はあまりしないようだ。

僕は高校、大学をアメリカで過ごしたのだが、その点アメリカ人はよく人を褒める。褒めることで相手が心を開いてくれることを知っているのだ。友達になりたいと思う人には髪型を褒めたり、着ている洋服を褒めたりしたりして仲良くなる。褒められた方も自分のセンスを褒めてもらい、認めてもらったように感じ、心を開きやすくなる。


ベルリンの人はクールであまり人のことを褒めない。

悪くないね(nicht schlecht!) がベルリンの人にとっては最高の褒め言葉だと言われているのは有名な話。だから、きっとお世辞なんてものは存在せず、みんな思ったことだけを素直に言っているのだろう。それはそれでストレスのない生き方なのかもしれないが、日本人の僕にはそれが逆にストレスになってしまう。

だから僕は相手がドイツ人でもたくさん褒めるようにしている。普段褒められることのないドイツ人は少しでも褒められると、とても嬉しそうにしてくれる。その嬉しそうな顔を見るのが僕は好きで、いつもたくさん褒めてしまう。


人を褒めることはしないドイツ人だが、批判的なことはすぐに口にする。

道を歩いていればそこら辺から怒鳴り声が聞こえてくる。春になれば鳥のさえずりが清々しく響き渡るように、ベルリンの街を歩けば、その辺から怒鳴り声が響いてくる。それくらい当たり前のことになている。


車のドライバーが他のドライバーに窓を開けて怒鳴っていたり、自転車の人が車に怒鳴っていたり、スーパーでお客さんがキャッシャーに文句を言えば、キャッシャーは客にその何倍も文句を言い返す。日本では考えられないが、これがベルリンの日常なのだ。


この前、家の近くを歩いている時に面白い場面に出くわした。

道端で女性が携帯で話をしていた。その近くで男性が大声で携帯で話をしている。その男性は電話相手と揉めている様子で、大声で話していたのが、いつしか怒鳴り声になっていた。その声があまりにも大きいので女性は電話をしている相手の声が聞こえない様子で、片方の耳を指で塞ぎなら一生懸命もう片方の耳に携帯を押し当てて電話相手の声を聞き取ろうとしていた。

僕はそんな2人を数メートル離れた場所から眺めていた。この女性はきっと文句を言うんだろうなと思っていたその瞬間、「ちょっと、あんた!あんたの声がうるさくてこっちの電話が聞こえないんだけど!静かにしてくれない?」とその女性は男性に怒鳴ったのだ。


僕も含め、多くの日本人がもしこの女性の立場だったら、おそらく男性には何も言わず静かな場所まで移動して電話をするだろう。なぜならそこは道路であり、そのうるさい場所で電話をする必要はないのだから。ちょっと自分が移動すれば解決する話なのだし、口論中で不機嫌な男性に言いがかりを付けるほどの勇気もないのが実際のところだろう。それを難なく文句をつけるのがドイツ人なのである。


ベルリンに住み始めたばかりの頃はそういうちょっとした揉め事の現場に驚いていたが、余りにもよくあるので、最近は慣れしまって驚きもしなくなった。言い合っている本人たちも言ってしまった後はスッキリするらしく、暴力に発展するような喧嘩は一度も目にしたことがない。


僕もまた飼っている愛犬の散歩中にウンチの処理について文句を言われる事がよくある。特に僕の飼っている犬はメスなので、おしっこをする姿勢がウンチをしている姿勢によく似ている。そのため、おしっこをしたのに、ウンチを拾えと怒鳴られたりすることが本当によくある。

その度に嫌な思いをするし、ストレートに投げかけられる攻撃的な言葉や態度が心に突き刺さり数日間その棘が抜けず、気分が沈んでしまうことは今までに何度もあった。

ただここで暮らしていくと決めた以上はドイツ人のように強くなる他に解決策はない。嫌な思いをした分だけ、ドイツ語は上達し、今ではこのような状況に遭遇した場合でも対処できるだけのドイツ語を身につけた。相手を馬鹿にした目つきで、「この犬はメス犬です。メス犬はこのようにおしっこをするのです。知らないのですか?」と伝えるのだ。実際、思い込みや勘違いで言いがかりをつけてきているのだから、こちらが強く出るのが正しい対応であって、そうでもしないとこの国では生きていけない。反論することでこちらもスッキリして、気分的に尾を引くこともなくなった。


「隣の芝生は青い」とはいうが、日本から見ると海外での暮らしはよく見えるのかもしれないが、実際は大変なことばかりなのだ。どの国に住んでもいいとろがあれば悪いところもある。海外に住んでいる僕からすると日本の生活の方が断然羨ましい。

美味しい海鮮はいつでも食べられるし、コンビニは24時間営業している。スーパーのお惣菜は充実しているし、薄切り肉も普通に売っている。温泉もあるし、トイレの便座は暖かい。


そんな僕がなぜドイツに住み続けるのか……

その理由はただ1つ。

同性婚ができるから。

好きな人と結婚し、家族として一緒に生計を立てて暮らすことができる。

もし、日本で同性婚ができるのなら僕たちは日本に住むことを選んでいたかもしれない。でも、僕たちにはその選択肢は与えられなかった。

だから、そのことは考えずに、自分たちに与えられた選択肢の中で生きることにした。この選択肢を与えてくれたドイツと言う国に感謝もしているし、こうして毎日暮らせていることをありがたく思っている。


ただ日本人である僕には日本ほど居心地の良い場所はない。日本は僕にとって生まれ育った故郷である。海外に住む多くの日本人もきっと僕と同じ思いだと思う。故郷ほど落ち着ける場所は他にないし、例えこの先何十年ドイツに住んでも、きっとそれは変わらないだろう。




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