第17話

あの出来事以来、渚には連絡を取っていない。


学内でも特別話すわけでもないし、何よりキッカケがない。


まるであの週末が夢だったかのように毎日が過ぎていく。


一人で歩く帰り道、夕暮れの訪れる速度が、これから寒くなっていく季節を感じさせる。


拓海はバイトらしく、一人で忙しそうに帰っていった。


これからの時間のつぶし方を考えても、特段いい案は思いつかない


この季節は釣りに行っても、ろくな物が釣れないので、趣味の釣りも一時休止状態だ。


学生なので、放課後は勉強すればいいのだが特に進学先の目標もないので、そういったモチベーションも無い。


帰りにコンビニでも寄ろうと考えていると、目の前に歩くたびに揺れる、見慣れたお団子頭を見つけた。




「よお、今日も家の手伝いか」




「あ、航。誰かと思ったよ!」




少し驚いて振り返る渚に、言葉を続ける。




「今日は一人なのか?」




「うん、京子は部活だし、そもそも私友達少ないし?」




何とも応えづらい返しに、頬を搔きながら言葉を探す。




「俺も、拓海くらいしか遊ぶ相手居ないからな。皆そんなもんだろ」




「うーん、まあ航がこうやって話しかけてくれるしいいかな!」




相変わらずストレートな渚の物言いに少したじろいてしまう。




「そうそう、俺も友達なんだしな」




「えー?そうだったけ?」




ついこの間、久しぶりに遊びに行ったお陰なのか、少しまた打ち解けれたようにも思う。


友達か。渚の顔を見ると、この前拓海が言ったことを思い出す。


――機会は何時でもあるさ。


本当に何時でもあるのか、自分に甘えて先延ばしをしても、どうせ今この一瞬が楽なだけだ。


また渚の優しさに甘えいるだけではこの心のわだかまりは消えない。


だったら決まっている。




「なあ、今から時間あるか?」




何を話せばいいかなんてわからないが、感謝しているんだ、渚に。


自分も伝える所から始めよう、そう思い一歩踏み出すのだった。






 学校から渚の家の方が近いということも有り、少し早足で帰り道を歩く。


切り出した自分の雰囲気からなのか、二人無言のまま白石宅に着いた。


今日もおばさんが店に出ているようで、軽く挨拶をしそのまま店横の玄関から家に上がる。


挨拶をしたときに渚は少し時間がかかると話をしたみたいで、渚の部屋に案内された際に時間は気にしなくていい旨を伝えられた。


あれだけかぶりを振ってしまったので、部屋に入った瞬間、更に緊張に襲われる。


久しぶりに入る、幼馴染の部屋に感慨に浸る間も無く、気まずくなる前に話を切り出すことにした。




「あーすまんな急に」




「ううん、大丈夫。話って?」




渚はベットの上に座り、足をパタパタとさせどこか緊張を誤魔化しているようにも見えた。




「中学校の時さ、俺が暴れた事あったろ」




「うん、あったね」




「その事、直接渚に話したこと無かったなと思って」




続けて、怖がらせたみたいだしとつぶやくと、ふっと息を吸い、俯く渚が見えた。




「あの時な、父さんの事馬鹿にされたんだ、片親はまともじゃないって。自分の事はいくら言われてもなんとも思わなかったんだけどな、父さんは駄目だった。いきなり頭に血が上っちゃってさ、自分でも怖いくらいだったよ。気づいたら拓海が居てさ、痛がるあいつらが転がってて。その時さ、こいつらの言う通り俺なんかまともじゃないのかもなって」




「そんなことない!」




食い気味に渚が、真剣な目でこちらを射貫いてきた。




「そんなこと、無いよ。誰だって親を馬鹿にされたら怒れるもの」




「ありがとう。まあその後知っての通り俺もあいつ等も謹慎になって、しばらく学校に行けなかったって話なんだけどさ」




ベッドに座る渚を見上げると、変わらず真剣な眼差しでこちらを見返した。


改めて、そういう所に救われたんだな、そう思えた。




「謹慎の間って、何してたの?」




「あー、毎日担任から電話が来るから、それ出たら暇だったな。後課題も渡されてそれやってたな」




「そうなんだ」




その言葉の後、しばらく沈黙が訪れる。


気まずい雰囲気ではなく、渚も何か言いたいことがあるように感じられるそういう間だった。


しかし、今回は自分が話をしたくて時間をもらったわけだ、話を止めるわけには行かない。




「拓海と京子にはお礼を言う機会があったからさ、けど渚にはなかなか言い出せなくて。それが申し訳なくて。何だろう謹慎で間をあけたからかな。いや、それもいい訳で。やっぱり嫌われるのが怖かっただけだな」




あれだけ暴れ回ったのだ、事情が事情とはいえ、あれが本性と思われても仕方ない。


怖がらせてしまったのなら近づかないようする他無い。自虐ではなく適正な対処だと思う。




「航はさ、私が怖がってるって思った根拠はあったの?」




「いや、そういう訳でも無いけど。やっぱりあれだけの事した後だったしな」




「違う、怖がってなんかないよ」




そういうと渚は深く息を吸い、少し涙声で話し始めた。




「私はねそうやっていじめられてた幼馴染に手を差し出せなかった、弱虫な、だけだよ」




その台詞に、少し怒りが沸いた。自分が今までちゃんと向き合ってこなかったせいで、こんな思いをさせていたのだと、そしてそれを今気づいた自分に。




「そんな訳ないだろ!俺はこうやって、変わらず話をしてくれる渚に感謝してるんだ!あの時だってそうだ、拓海も京子も渚も。変わらず接してくれたじゃないか!そんな、弱虫だなんて、言うなよ」




「ありがとう、私の話もね、聞いてくれる?」




悲しさに揺れる渚の眼は、視線を外すのを許さない。


渚の口からどんな話が出てくるかは分からない。


しかし、それが自分がしでかしたことのケジメなら受け止めるしかないのだ。


渚の次の言葉を待つ時間が無限に感じ、先程軽く感謝を伝えれたらなどと考えていた自分が間抜けに思えた。

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