第三の頁:とある《竜》の死

 喉に剣を刺されて、竜はついに息絶えた。

 最後に声をあげることもなかった。


 竜の死骸は静かに森に横たわる。白い鱗は血潮にまみれ、激しく暴れたのか、横腹の鱗などは剥がれてあたりに散らばっていた。紫水晶アメジストに覆われた尾は砕け、緑を繁らせていた枝角は枯れて、枯葉が二枚、侘しげに風に揺れているだけだ。背の翼には数えきれないほどの矢が刺さり、もはや力強く舞いあがることはできそうにもない。


 竜はただ穏やかに、森の奥地に棲んでいただけだった。ひとを襲い、喰らったことはない。

 されど近頃、ちかくの都ではわざわいが続いていた。

 ひとびとは森に棲む竜の仕業だと考えた。戦が終わらぬのも、小麦が実らぬのも、王妃がやまいに倒れて帰らぬひととなったのも、竜がわざわいを振りまいているのだと。

 すぐに猟人の隊が組まれた。


 竜は、ほとんど無抵抗に殺された。

 竜の死骸はあたりの大地を腐らせる。猟人の隊は竜の息の根をとめたことを確かめて、すぐに森から撤収していった。森は、じきに朽ちるだろう。木々の枝に繁った葉は枯れはじめていた。はらはらと訃報の黒い紙のように、枯葉が根方に降り積もる。森に棲む動物は暫し竜の骸に寄り添い、鳥の鎮魂歌と鹿や狐の哀悼だけが、森にいんいんと響きわたった。


 霜のような睫毛に縁取られた紫丁香花リラの瞳は、死後も閉ざされることなく、せかいを映している。


 瞳のなかにひとりの娘が映りこむ。

 ながい水銀の髪をなびかせた、幼い娘だ。娘は柔い頬をくしゃりとゆがめて、竜の喉もとにしがみついた。泣きながら剣を抜こうと懸命に踏ん張り、けれど娘にはどうやってもその剣を抜くことはできなかった。柔い喉の襞に刺さった剣をひき抜くだけのちからが、娘には残っていなかったからだ。

 娘の脚には矢が刺さっていた。毒の矢だ。竜にかばわれてもなお、降り続ける矢の嵐からは逃れられなかったのだ。


 娘は竜を慕っていた。竜は娘を愛していた。

 彼女らの咎なき不幸は数えきれず。

 ただひとつ、幸いがあるとすれば、竜が娘だけは逃げ延びたものだと信じて、事切れたことだ。まさか娘にまで矢が及んでいるとは考えもせず、最後まで彼女のこれからの幸福を願っていた。

 娘はひとしきり泣き続けて、疲れきり、竜の頬に身を寄せて横たわった。すうと、微かに喉を震わせて、娘はなにを囁いたのか。

 それきり、動かなくなった。


 それは有り触れた悲劇で、誰にも語り継がれることはなかった。



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※ 額縁 洋書の装丁を模した青い革張りの額縁

     銀箔押しの竜の紋様が実に美しい


  紙  羊皮紙

     柔らかく鞣された革製の紙はなんともいえない生き物の匂いがする

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