第3話

「……んー?どうしたの瑞穂。いつもより顔色わるいけど」

「……別に。いつもどおりだよ」

「そう。それならいいけど」


 

 二人で歩くいつもの学校から家までの帰り道。今日も今日とて俺は気のきいたこと一つも言えずに時間を無駄にする。一方で彼はこうやって俺の顔色を気にする優しさを見せているっていうのに。嫌だ、嫌だ。無愛想な自分が嫌だ。突っ慳貪な自分が嫌だ。

 そしてまた大きな溜息が出る。それを見て彼がまた大袈裟に騒いだ。


「やっぱり変だよ瑞穂!考え込んじゃってさぁ!!」

「……だから。いつもどおりだって。いつもどおり自己嫌悪してるだけだ」

「自己嫌悪?」


 あまりに心配されるので本当のことを言う。ここで適当な嘘を言っても彼にはすぐバレてしまうからだ。自己嫌悪。そんな言葉知らない何それ?みたいな顔をして彼は俺の顔をじっと見る。いつも馬鹿みたいにへらへらしてるのに、やけに真面目な顔で俺を見る彼。何だかむず痒い。

 

「……なんだよ」


 視線に耐えきれなくなって俺は彼に言う。対する彼は俺のその居心地の悪さなんて欠片も分かっていないのだろう。真面目な顔のまま、どこかズレた答えを返した。

 

「いや。僕は瑞穂のこと好きなのに、どうして瑞穂はそんなに自分のこと嫌うんだろうなぁって」

「はあ?」


 時々彼はこういう変なことを言うことがある。こういう少し変わっている所も彼の良い所ではあるとは思うのだが、こういった時の彼の言葉を俺がちゃんと理解出来たことはない。きっと一生理解できないだろう。


「……よくそういうはずかしいこと言えるな。鍛埜」

「だって僕から見たら瑞穂は良いとこばっかりで悪いところなんて一つもないもん。何で瑞穂が自分を嫌うのか全然分かんない」


 台本で読めと言われて読むにしても赤面してしまうような恥ずかしい台詞を素面でスラスラと話す彼。思ったことをそのまま言う、これもまた彼の良いところだとは思うけれど……言われる側からしたら恥ずかしいことこの上ない。顔が熱くて熱くて湯気が出てしまいそうた。いい加減止めてもらわないと。

 

「…………だから、」

「なにが恥ずかしいっていうのさ!瑞穂だって僕のこと好きでしょ?それとも嫌いなの?」

「そ、それは……」


 その言い方は卑怯だろう。俺が鍛埜を嫌えるはずがないのに。でも、瑞穂みたいに、そんな、はっきり言うなんて、そんな……。


「……す、好きか、嫌いか、って言われたら……好き、だけども」


 ぼそぼそと小さな声で言ったその言葉も彼には聞こえたらしく、彼は俺の顔を見て、にんまりと笑う。勝ち誇ったようなしたり顔だ。……何だか悔しい。


 

「瑞穂と僕は一番のお友達だもん。当たり前だよね!」



 そう言うと、今日一番の笑顔を彼は俺に見せた。俺に好きと言わせたのがよっぽど嬉しかったらしい。そんなに喜ぶなら毎日でも言ってあげようか…………いや、無理だ。恥ずかしすぎて俺の精神が持たない。彼へのお返しは別の方法を考えよう。


 いつの間にか悩んでいたことが有耶無耶になってしまった。いつもこうなのだ。彼の底抜けに明るい雰囲気は俺の悩みや考え事なんて吹っ飛ばしてしまって、また俺のことを救ってしまう。彼への恩を増やしてしまう。



 きっとこんな日常が続いていくのだろう。昨日もそうだった。一昨日もそうだった。だからきっと明日も明後日もこうなるのだろう。



 

 そう思っていた。




 まさかこれから一週間も経たない内に、あんなことが起こるなんて思いもせずに。

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