#15 緩やかな浸食 <Ⅲ期 変異期>

 翌朝もいつも通りの目覚まし時計の音から始まる一日だった。

 聞きなれた音を一刻も早く止めるべく、ルナは体を起こして目覚まし時計のスイッチを押す。

 なんだか頭が重い。吸血鬼の城から戻ってきてからは朝には弱くなり、頭がボーっとしたり重かったりということは幾度もあったが今回はなんだか感覚が違う重さだ。

 立ってみるとなんとなくその正体がわかった。明らかに髪の毛の先が当たっている場所が昨日とは違う。

 洗面所へ行き、確認すると髪の毛がさらに伸びていた。今度は腰のあたりを超えるかどうかの長さになっていた。

 さらに、この時ルナは全く気付かなかったが、髪の毛の先が銀色になっていた。

 昨夜、闇ルナが言っていた変化の通りに髪が伸びていた。

「はぁ…。」ルナは大きな溜息を一つ。

 毎日起きるたびに何らかの異変や変化が起きている。誰であれ多少凹むのは決して特別なことではない。

 ルナは気を取り直して朝の諸々の支度に取り掛かる。何せ朝なので忙しいのだ。


 朝食ができたころ珍しくステラが起きてきた。昨日のソフィーの腹パンが効いたのだろうか。

「あ、ステラちゃん。おはよ。」

「ん~…おはよ~…。」

 ひどく眠そうな様子でフラフラした足取りで洗面所へ向かっていった。

 この日はいつもよりゆっくりと朝食をとることができた。ステラがちゃんと朝に起きてくればせわしない朝の時間にもゆとりを持つことができる。

 朝食が食べ終わったころにソフィーが迎えに来た。

「あ、ソフィーちゃん。おはよう。」

「ルナ、おはよう。ステラは…今日はちゃんと起きてるみたいね。」

 そうして三人はいつもより余裕をもって部屋を出ることができた。


 と、ルナが走って戻ってきた。

「おっと、いけない。鍵かけておかなきゃ…。」

 前言撤回。今日もどこか余裕がない朝だった。


 そうして、また一日が始まる。

 とは言っても基本的にはほとんど同じ毎日の繰り返しで、授業があり、演習があり、それが終わってのチーム内の会議という名の女子会があるだけだ。

 演習にルナは未だ参加できていないが、それ以外は学園の日常がとりもどされている。

 ただ一つ変化があるのはルナの姿が日に日に変わっていくことだけだが、それはルナ本人以外気づくことができないものである。

 ルナ自身も毎日変化があることに慣れつつあり、変化を徐々に受け入れ始めていた。

 日光に対する不快感に対してもこの日からは日光にあたらない席を利用し、なるべく日陰に入れるように対策をしていた。


 翌日。目覚ましの音で目を覚ましたルナはカーテンを開けるという日課をしないように注意しながらルーティーンとなりつつある朝の変化チェックをする。

「うわぁ…。」ルナは鏡を見て思わず声を出した。

 鏡に映っているのは紛れもなくルナ。ただ、その姿は見慣れた姿ではなくなっていた。

 最近伸びたルナの髪の色は烏の濡れ羽色だったのだがそれがに変わっていた。

 髪を触ってみるとサラサラとしていて髪質は柔らかくて艶があり、非常に上質な糸のような感触だった。

「(今はツインテールの部分だけだけど、明日にはおそらく髪の毛全体が変わるんだろうなぁ…。)」と思ったルナだったが、その表情は満更でもない様子。

 確かに変化の戸惑いもあったが、思いのほかきれいな髪になったことでそれはそれで構わないと頭の片隅で考えていたのだろう。

 ただ、その容姿の変化はしばらく誰も気づかないし、吸血鬼らしい容姿に変わっているという事実にルナは気づかない。

 そんなことがありつつもすぐにルナは頭を切り替え、朝の準備へとシフトしていった。


 この日は朝から一日中演習でルナは少し離れた木陰からその様子を眺める。

 演習の途中でステラが度々吹き飛ばされるシーンがあったが特に大きな問題も怪我もなく、平和という漢字二字がぴったりなのどかな一日だった。ルナはそんな日和も手伝ってか、度々睡魔の誘いによりうとうとしたりしたが授業に対して真面目なルナはその魔の手を何度もかわすという別の非常に規模の小さな闘いがあり、勝利していた。


 授業が終わり、三人は一緒に寮へと向かう。もちろんその道程に日向があるわけだが、ルナはできるだけ日光にあたらないルートを確立していて、その通りに動くと多少不便ではあるが日光にあたる時間を最小限に抑えることができるようになっていた。

 そうして寮の部屋に到着し、いつもの女子会がスタート。

 三人が話していると、ドアをたたく音。

 ドアを開けるとそこには寮を管理する人が何かを持って立っていた。

「ルナさん。誰かからお届け物よ。」

 そう言って渡されたのはちょっとしたサイズの箱だった。中身は見た目からは想像できなかった。

 とりあえずルナは箱を受け取って観察する。しかし、送り主や中身のヒントになりそうだったのは箱の表面に書いてあった一文のみだった。

 箱に書いてあったのは

『ルナ以外中身を見るべからず』の一言。中身のヒントにはならないし、送り主も検討がつかない。

「こんなこと書いてあるけど誰が開けても関係ないでしょ。」とステラが箱を開けようと封をしてあるテープをはがそうと手をかける。すると、ステラの手がステラの意思を無視してひとりでに動き出す。

「えっ?なにこれ?」ステラは焦るが言うことを聞かない。

 そして急にステラの首を絞め始めた。

「ぐえっ…苦し…。」と苦悶の表情を浮かべてもがくがその手は力を緩める気配がない。

 ルナがその手を掴むとステラの首から手が離れ、自由が戻る。

「はぁ…はぁ…。危うく死ぬところだった…。」ステラは肩で息をする。

「もう…。どんな呪いがかかってるかもわからないのに勝手に開けようとするからだよ…。」

 ルナはやれやれといった表情でステラに言うと、ステラはしゅんとして反省している様子だった。

「とにかくこれは私が開けなきゃいけないみたいだし、中身も私以外見ちゃいけないみたいだから今夜中身を確認して明日結果を言うね。」

 こうして気になる箱の中身は明日へ持ち越しとなるようだ。

「でも、ルナが開ければいいんだから中身を一緒に見ても…。」

?」「うっ…」

 ステラが一瞬食い下がったがルナがたった五文字で封殺してこの話題は終わった。

 また女子トークに花を咲かせる三人だがステラはどうしても箱の中身が早く知りたいらしく、話の途中もチラチラ箱を見るが死にたくないため我慢するほかなかった。


 そして夜、ステラが箱の中身をどうにか覗いてやろうと中々眠らなかったので、ルナは仕方なくステラに睡眠魔法をかけて眠らせてようやく箱を開ける。

 箱の中身は手紙と小さな箱が入っていた。

 手紙を開くと小さな箱の正体と差出人がわかった。


『やほー。リムだよー。そろそろ日光がきつくなってきたんじゃないかなーと思ってルナおねえちゃんにプレゼント!小さな箱に入ってるのは日傘だよ。

 普段は消しゴムぐらいのサイズだけどちょっと魔力を使うだけで立派な日傘になるし、使わないときもすぐに小さくなっちゃう。しかも抜群の性能と丈夫さで吸血鬼や王族御用達で気品あふれるデザインもいいでしょ。

 さらに雨にも対応してるから急な雨にも天気雨にも対応できちゃう!

 こんなに便利なこの日傘普段は10000Gのところなんと8000Gで買えちゃいます!しかも2本同時購入なら15000Gに値引き!これはもう買うしかないよね!

 ※なくさないようにキーホルダーなどをつけてください リムより』


 手紙は読み終わるとすぐに青白い炎を上げて燃えてしまった。

 なんだか途中から通販番組のような文面になっていたがどうやらリムが気を利かせて日傘を買ってくれた…いや、安さに任せて買ってしまい、それで余ったから送ってきたのかもしれない。

 しかし、どちらにしろルナにとってはありがたかった。

 小さな箱を開けると確かに小さな日傘が入っていた。試しに魔力を込めるとみるみる大きくなり、人ひとりは余裕で入れる大きさになった。しかも確かにデザインも上品である。

 ルナは日傘を小さくして、注意があったようにキーホルダーを付けてカバンのポケットへ入れておいた。


 その翌朝もルナは早めに起きて洗面所へ向かい、自分の姿の変化を確認する。

 すると昨日のルナの予想通り、ルナの髪の毛全体が銀色へと染まっていた。

「やっぱりか…。」そうルナはつぶやくが表情は暗くならず逆に少し明るくなったように見える。というのも実はルナは銀色の色合いが少しかわいいと感じていた。それにどこかで変化を受け入れ始めていたのである。

「さ、朝の支度しよ。」こうしてこの日もいつも通りの行動へ移っていく。

 ちなみにこの日は危うく遅刻するハメになるところだった。原因はルナがステラにかけた睡眠魔法で、起こしに来たソフィーが布団を引っぺがそうが腹パンしようがドロップキックを決めようが目を覚まさないほど強力にかかっていたからだ。

「(あんなところでクリティカルヒットしなくてもいいのに…。)」

 ルナは寝ながらも結構なひどい目にあっているステラを見つつ、トマトをかじってステラが起きるのをただただ待っていた。

 勿論教室まで猛ダッシュしていったので日傘を差す必要もなければ余裕もなかった。そうして教室につくと同時にチャイムが鳴り今に至る。


「ルナー!昨日の箱の中身いったいなんだったのー?」

 昼休みに入るや否やステラがルナのもとに文字通り飛び込みながら聞いてきた。ルナはそれをかわし、ステラはそのまま床へダイブして衝撃に悶絶する。

 ソフィーと合流してお弁当を広げ、落ち着いてから内容を説明する。

「あの箱の中身はこの日傘だったよ。」ルナはキーホルダーに着けた日傘を見せる。

「日傘…?ボクには小さな傘の模型にしか見えないんだけど…。」

「そうなんだけど、こうやって魔力を送ると…しっかりした日傘になるの。」

「おーすごい!」

「この日傘かなりしっかりしてるし、装飾もきれいで上品…これ結構な値段なんじゃないかしら…。いったいだれか送ってきたの分かったの?」

「手紙が入ってて、最近日差しが強いからって親戚の人が景品でもらったものを送ってきたんだって。」

 ルナは嘘を交えながら説明をしてお昼は日傘談義をしながら昼食を食べた。


 午後の授業は何事もなく終わり、三人は久しぶりにスイーツを食べに行くことにした。ステラが以前行きたかった店だが、ルナの日光による不調であきらめた店も今日は日傘があるため問題なくいくことができた。

 三人は思い思いのスイーツを注文し、それをシェアなどしつつ堪能しながらガールズトークに花を咲かせた。

 三人はしばらく店にいて、出た後もスイーツの味の感想を言いつつゆっくりと寮へ戻り、ラウンジでもう少しだけ話した後で自分たちの部屋へ帰り、各々のベッドへ潜る。


明日の変化はなんだろうか…そんなことを思うルナ。そう、まだまだ始まったばかりなのだ。

この悪夢から醒める時が来るのだろうか。それはまだ誰にもわからなかった。

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