第24話 銃撃戦における奥義

 ボブは我が目を疑った。

 そして堪らず叫ぶ。

Are you Ninjaあなたは忍者ですか?」

No,I am Tenguいいえ、私は天狗です!」

 憮然としたゆきが答えるも……どちらの正気を疑えば良いのか悩む絵面だった。

 なぜならゆきは左手に弾薬箱を、まるでウエイトレスよろしく御盆のように持っている! それも二箱を重ねて!

 ざっくり一箱に千発と考えても、一箱当たり二十キロ! それが二箱だから約四十キロだ!

 右手は右手でスコップが何本か乱雑に入ったずだ袋マチルダを提げていて――

 ……この子はいったい、なんなんだろう?

 いや、本人が言うところの天狗……なのかな?

 しかし、他の米兵達は、また違った反応を見せた。

「た、弾だぁ!」

「それにスコップ! スコップもあるぞ!」

 ……クリスマス・プレゼントを目の前にした子供ですら、ここまで喜びはしないだろう。

 しかし、喜びに水を差すように、ゆきの周囲へ銃弾が集まり始める。

「おおっ! とは、なかなか天晴な腕前であります。しかし、思ったよりも近くへ外れているようで……どうやら霧が晴れるのも時間の問題なようでありますな」

 弾すら迷うのであれば、狙い撃たれることはない。まあ、ギリギリに道理か?

 しかし、例え理屈はあっていようと、それを実践できるかどうかは別の話だろう。適度に的を外してしまった弾が、運悪く命中しかねない。

「ちょっとゆき! 身体を低く! 危ないじゃない!」

 後方の遮蔽物へ隠れた介子よしこが叱り――

「おい、お前ら! 何をぼさっとしているんだ! 撃ちまくれ! 奴らを黙らせろ!」

 と軍曹も慌てて指示を飛ばす。

 やっと開始された援護射撃に守られつつ、介子よしこたち三人は米兵達の陣地へ駆け込む。……ゆきは悠然とだ。

Oh,Jesusうわ、マジだ! It’s Ninjyutuこれは忍術ですか!?」

 ゆきから弾薬箱を受け取ったボブは、驚愕の声を上げる。

 ……中身は軽い可能性を考えていたらしい。微妙に慎重だ。

「だから、忍者ではないと言ってるのであります! 自分はスサノオ様まで遡れる由緒正しい天狗なのであります! 何なんでありますか、この忍者かぶれのGIは!」

 さすがのゆきも閉口した。むしろ、それを果たしたボブに驚くべきか?

 ……いや、先に「スサノオまで遡れる」という言葉で唖然とするべきかもしれない。


 だが、ゆきの主張するスサノオ――建速須佐之男命たけはやすさのおのみことまで遡れるという天狗の血脈は、まるっきりの口から出まかせでもなかった。

 スサノオの吐き出した猛気より天逆毎あまのざこという女神が生まれ、天魔雄アマノサクや天狗、天邪鬼の祖先となった……という説がある。

 しかし、つまりは三貴神――アマテラス、ツクヨミ、スサノオの血脈ということで、ぶっちゃけ天皇家に匹敵してしまう。

 けれど『九重』姓はスサノオと縁もあるし、どこまで否定していいものやら難しかった。……何より常人離れしたゆきの怪力も謎だ。


 また忍者に興味津々なボブも、テンプレートな日本かぶれのアメリカ人に見えて……この時代では異常だったりする。

 実は欧米で忍者が知れ渡るのは、一九六四年に『ニューズウィーク』で日本の忍者ブーム(おそらく忍者部隊月光やカムイ伝)が紹介されてからだ。

 つまり、三世みつよたちの時代から十五年後となる。

 よって忍者を知っていて、しかも興奮気味なボブは、かなりの奇人といわねばならない。


 二人が頓珍漢な受け答えをしているのをよそに、スコップを受け取った米兵達は行動を開始していた。

 史上最強の接近戦兵器、第一次世界大戦で最も多く人を殺した……数多くの異名を持つも、その真価は穴が掘れることにある。

 そして兵士とは穴掘りの――塹壕制作のプロフェショナルだ。

 しばらく匍匐したままの姿勢で拡張していたかと思ったら……すぐに屈んで作業できるだけのスペース分を掘り終え、それを橋頭保にどんどん拡張していく!

 実際、本気になった人間が、どれだけ早く穴を掘れるかを見たら……おそらく変な笑いがでてくる。

 あと数分もすれば、間に合わせに十分な塹壕ができそうだ。


 そんなツッコミどころが多過ぎて忙しい裏では――

「軍曹! ゼニヤッタ様から『隊の安全を最優先に! 自分を待たず行動するように』とのことです!」

 とガラッハが使命を果たしていた。

「指揮官殿よりの御命令、確かに! ――少年、よくやった。それでゼニヤッタ捜査官は、ご無事なのか?」

 報告を受けた軍曹は、堂に入った見事な敬礼で応じ……実に味のある笑顔を漏らす。

「最後に御声を聴いた時は、ご無事のようだとしか――」

 だが、そこでガラッハは突然に言葉をきり……遠くを透かし視る。

 どうしてか誰の目にも――門外漢である軍曹にすら、明らかだった。

 いまこの瞬間に少年は、己が主の居場所を――進むべき正しい道が『分かった』のだろう。

「待て、待てっ! 止めはしない。しないが……せめて、これを持っていけ。あと、いま奴らを少し黙らせる。 ――おい、射撃班お前ら! こっちの陣地へ来れるか?」

 部下へ叫びながらも腰のホルスターから抜いたハンドガン――M1911A1コルト・ガバメントを手渡す。

 それは少年の手には、まだ大きすぎる銃だったが……覚悟の表情と共にガラッハは受け取る。

「撃ち方は、判るな? それと撃つべきでない相手も? なら、ちょっと待ってろ。いま俺達で、お前が良いスタートを切れるようにしてやる」

 そして報告はと射撃班部下へ振り返るが――

 分断されたままな彼らは、苦い顔を返さざるを得なかった。


 ここにきてブローニングM1918分隊支援火器を失ったことが足を引っ張っていた。

 実のところ、歩兵に全自動の連射能力は必要ない。

 たった一人の敵兵を倒すのに十数発も使うより、一発々々の命中率を高めた方が合理的だし……経済的だからだ。

 よって歩兵は単発式の銃でも十分。

 それが全世界の結論であり、旧大日本帝国が最後までボルトアクション式で押し通した理由でもある。

 半自動ですら過剰な能力オーバースペックと見做したのだ。決して開発力に劣った訳ではない。

 それでも弾幕の援護が欲しい時――たとえば塹壕から塹壕へ渡り歩く場合などに困ったので、マシンガン兵や軽機関銃兵などを別個に配備し、専属の支援役としていた。

 だが、その弾幕援護なしで塹壕を渡る。

 それも介子よしこ達のように縦へでなく横へ。

 歴戦の米兵達でも躊躇う、運を天に任せた挑戦に他ならなかった。……そして長く生き延びた兵士ほど、祈りに頼ってはならないと知っている。

 だが、それでも行くべき瞬間だ。

 きちんと敵へ射線の通る、それも拡張された安全度の高い塹壕であり、何より補給の弾薬すら届いていた。

 おそらく彼らが到達できるかどうかで、この局面は決まる。

 射撃班のメンバーが決心しかけ、さすがに軍曹が無茶な指示だったと撤回する寸前――


「私達で弾幕を張るから、その間に!」

「えっ? 私達って……自分も含むのでありますか!? あのー……先にやり方を教えて頂かないとでありますね、そのー……なんとも――」

 と介子よしこが買って出て……ゆきは例の如くだ。

「いいから! 私が撃ち尽くしたら、貴方が代わる! 貴女が撃ち尽くしたら、私が代わるから!」

 言い終えるや指でカウントを始め――

 ゼロと共に急拵えの塹壕から立ち上がり、フルオートで乱射した!

「はい、次!」

 指名されたゆきも、よく判らないまま同じように斉射する。

 その間、介子よしこは塹壕内へ屈みこんで弾倉マガジンを交換していた。

「わわわっ! やっぱり、これはすぐに弾がなくなって――」

「いいからリロード!」

 ゆきを引き倒すようにしながら、再び介子よしこが立ち上がってばら撒く!

「ですから自分は、この弾入れの交換方法がまだ!」

 ……と最後は締まらない感じとなるも、数秒の間に濃密な――三〇連弾倉マガジン三つ分の弾幕が張られていた。

 歩兵の誰だろうと、臨時に分隊支援を務められる。これこそアサルト・ライフル突撃銃の優れた点であり、未来戦術といえた。

 さすがのナチスも、これほどの弾幕を張られては遮蔽物へ――僅かな起伏へしがみ付いている他ない。

 もちろん、その隙に米兵達は抜け目なく合流を果たし、さらにはガラッハも無事に走り出せている。

 ……もう戦術的には終幕だ。


 勝機を嗅ぎとった軍曹が怒鳴る。

「よし、お嬢ちゃん達の次は、俺達が芸を見せる番だ! さあ、デリバリーされた弾を撃ち尽くせ! 誰だ、じっくり狙ってる馬鹿は! とにかく撃て!」

 それはアメリカが大日本帝国を蹂躙した不敗の戦術にしてお家芸――物量押しだ。

 実は半自動ですら、本気になって撃ち続けるとあっという間に弾が尽きる!

 だが、その消費速度に耐えうる工業生産力がアメリカにはあり、また補給を繋ぐ運搬方法――ジープなどの機動力も兼ね備えていた。

 ……半自動が過剰な能力オーバースペックであるならば、そうならないようにすれば良かったのだ。

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