第5話 アスファルトタイヤを切りつけられないこんな時代は――ポイズン

 一転、三世みつよたち三人は車上の人となっていた。

 ……文字通りに、である。

 車中とは車の中の意味であるから、屋根のないオープン・カーにはない。よって車上の人であり、慣例的な日本語で正しい。

 そして今日でいうところのヴィンテージ・カーでもあり、特徴的な細長いエンジン・ブロックの後ろへ張り付けたように運転席があった。

 しかし、ヴィンテージ・カーといっても三世みつよたちの生きる時代では化け物じみていた。

 なぜなら一九二八年からの販売で約二〇年落ちとなるが……そもそもがレース・カーだ。一般車とは血脈が違う。

 現代で例えたらフォーミュラ・カーでも間違っていないし……より厳密に近い例を示せば、同じく二〇年落ちなランエボ6に相当する。十年や二十年で、その戦闘力が色褪せることはなかった。

 というよりふじが所有する最速の車として選ばれたベンツSSKは最高時速二〇〇kmを誇り、なんと現代の一般車よりも速い。

 が、そんな走る至宝は――


「寒いであります! どうしてコレにしたんでありますか! 屋根がないなんて欠陥品であります!」

 と不評だった。……泣ける。

「しょうがないでしょ! 三人乗ったら幌はかけられないし!」

 介子よしこ介子よしこで、識者が聞いたら「それへ幌をかけるなんてとんでもない!」と悲鳴を上げそうなことを口走る。

 違う! そうじゃない! オープン・カーは屋根がないからカッコいいんだ!

「屋根はともかく、風が煩くて困るよね」

 ハンドルを握る三世みつよまでもが、言葉にしてはならないこと口にしていた。

 確かにオープン・カーは、ただ走るだけで風が吹き込んでくる。寒い上に音も凄くて、大声でなければ話もできないくらいだ。

 しかし、それを楽しんでこそのオープン・カーではないだろうか?

「自分はトヨペットの方が好きであります!」

 それは峰子みねこが理事長用として購ったものだが……トヨタ初の完全自社設計小型自動車という、偉大な失敗作である。

 実のところ戦後、アメリカ以外の国々では小型車ブームが起きていた。

 その最も有名なのがナチスの遺産にして世界で最も売れた車、フォルクスワーゲン・ビートルだろう。

 そしてビートル発表の一九三八年から遅れること九年、トヨタ積年の夢であった大衆車は――トヨペットは発売開始されたが、実に日本車らしい敗北を喫している。

 とにかくパワーが足りなかったのだ。

 他の原因もあるにはあるけれど、やはり最高速度八七kmでは失敗作という他ないだろう。

 それでも血脈は後年の金字塔トヨペット・クラウンへ受け継がれるのだが、この時点だと頼りなくはあった。

「あの子も急がない時は良いんだけどね。さすがに三人乗って帰りのガソリンと介子よしこの装備も積んじゃうと……やっぱり速度が。エンジン載せ替えたいっていったら、峰子みねこちゃん怒っちゃったし」

 それはそうだろう。

 すぐ手に入るのは廃棄された日本軍の戦闘機用エンジンなどとなるが、非力といわれたゼロ戦用でもトヨペットの四十倍ぐらい馬力がある。

 おそらく車の範疇を逸脱してしまうだろうし、それを日常で使いまわせというのはイジメに近い。怒って当たり前だ。しかし――

「うーん……足回りも気になったし……暇ができたら、やっぱり手を入れようかなぁ」

 当の問題児は全く気にしていなかった。……その内、峠最速のトヨペットが生まれてしまうに違いない。

 だが、足回りはトヨペット敗因の一つでありつつ、トヨタだけの責任でもなかった。

 なぜなら終戦直後、まだ日本の舗装率は極めて低い――というよりも旧日本軍かGHQのどちらかが必要と考えた道しか舗装されていない。

 つまり、ほぼほぼ土だ。

 もう水捌けが考えられているだけで御の字、下手したら穴が開いていたり、大きな石があったりもあり得る。

 なので――

「おおっ!? いまハンドルとられたかな? ちょっと次元つぎもと! 色々と積みすぎじゃない?」

「しょうがないでしょ! 必要なんだから! 少しは腕で何とかしなさいよ!」

 と恐ろしげなノリを見せつけつつ、それでいてアクセルはベタ踏みという狂気が許される路面ではなかった。

 またSSKの長いノーズ部分へ色々な荷物が括り付けられているのを見たら、きっとビンテージ・カー・マニアは泣くだろう。……荷物を運ぶための車じゃないんだけどなぁ。

「ん、もぅ! ゆき、もうちょい右へ! バランスおかしい。あと、さっきから何を食べてるの?」

「これ以上に右へずれると、凄く寒いから嫌なのであります。ふかし芋を持たせてもらいました。なかなかの美味でありますよ」

「なるほど。一口頂戴!」

三世みつよ、お腹すいた? お弁当もあるわよ?」

「んにゃ、口寂しいだけ。 ――中学生のアーンは最高だぜ!」

 ……もしかしたら三世みつよは、未来に生きているのかもしれない。


 それを境に、しばらく沈黙が下りた。

 声を張らねば話すらできなかったからかもしれないし……各自に思うところがあったからかもしれない。

「どう思う?」

「いつもと同じであります! 三世みつよ先輩は気持ちが悪いなぁ、と!」

「そうじゃなくて! CIAとかいう組織?のことよ。それに埋蔵金の話はどこからきたの?」

「埋蔵金は……三浦ちゃんに色々と家のことを聞いて、その時にポロっと口にしてくれたんだ」

「そうだ! 思い出したのであります! たしか百合子にはお兄様がいたはずです! それも自慢の! なので跡継ぎというのは間違いであります!」

「南方へ出征されたらしいよ。それで入隊する前の夜、跡継ぎにだけ知らされる口伝を教わったんだって」


 再び沈黙が下りた。

 三人を乗せた車は朝焼けの中、山道を切り裂くように疾走していく。

 誰もが誰かを送る側へ立たされて、そして帰らぬ人を待つ定めを負わされている。

 ありきたりな話かもしれなかったが、慣れられることでもなかった。


 しばらくしてから三世みつよが再び口を開く。

「だけどね、三浦ちゃんは面白いことを口にしたんだ――

 山に御堂があるとお兄様は仰いましたが、そんなはずがないのです。私、小さい頃は山を駆け巡るお転婆でしたので、まるで庭のように山のことは熟知しております。しかし、そんな御堂なんて見たことがありません

 ――ってね」

「地元の子が知らない、地元の棟梁はあると主張する御堂? なんだか難しくなってきたわね」

「むしろボクはピンときたよ。これは簡単な話かもしれないぞ、ってね。それよりも、どうしてGHQやCIA?が絡んでいるのか、の方が謎かな」

「……なんでよ?」

「だってそうだろ? 跡継ぎにしか口伝されない御堂の情報を、どうしてアメリカは知ったのさ? さらにはアメリカが興味持っていることを、どうやってソビエトは知りえたんだい? いや、違うな。知るだけならスパイ活動してるだけで十分かもね。ボクらですら、偶然だけど情報は掴めたんだし。問題とするべきは、なぜ注目したのか、かな?」

 謎を追う三世みつよの眼は爛々と、そして朝焼けの加減なのか黄金に輝いて……まるで肉食獣のようだ。

三世みつよ……今回は情報収集を優先だからね? 深追いは禁物よ?」

「分かっているって! 信用して欲しいね、そろそろボクのことを」

「それは今後に検討であります! しかし、一つだけ良い情報を確認できたのであります!」

「なによ、良い情報って?」

「百合子のお兄様が仰った御堂に埋蔵金はあるのでありますよね?」

「そうらしいね。厳密には埋蔵金じゃなくて、ご先祖様が隠した有事の時用な軍資金みたいだけど」

「とにかく、どちらにせよ! 少なくとも穴だけは掘らないで済むのであります!」

 得意げなゆきの宣言には、二人とも笑うしかなかった。

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