第54話 始まり

文化祭一日目は、佐倉は生徒会の仕事を担っていた。

各クラス、各部の見回りや、受付などをするので、自分のクラスに顔を出すことはほとんど無かった。

俺はクラスの持ち場から離れられないし、佐倉と話すことも出来なかったが、明日のことを思えば、今日一日、みんなの倍は働かなきゃと思う。

佐倉も明日は、クラスの仕事をする手筈になっている。


一日目が終了して、反省点や改善点を話し合っているとき、佐倉が顔を出した。

「明日は生徒会の仕事は無いのでこちらを手伝うけれど、憶えておかなきゃならないことある?」

教室のみんなが顔を見合わせて、思わずニヤつく。

「なーんも無いよ」

「え? でも」

「大丈夫、大丈夫」

「そう? なら帰らせてもらうけど」

「おう、明日楽しみだな! お疲れ~」

みんなが適当に答えるのを怪訝そうに見ながら、佐倉は最後に俺を見て小さく手を振った。

「さてと、お姫様も帰ったことだし、一応明日の確認をしておこうか」

「確認つっても、望月と佐倉がいないことに先生が気付いたら適当に誤魔化すくらい?」

「後夜祭の後はみんなで二人を見守るとか?」

「いや、その時の盛り上げ方とかあんだろ?」

「んなもん、その時のノリでいいんじゃね?」

「私は佐倉さんのお母さんの動きをチェックするくらいだし」

「まあ難しいことは何も無いよね」

その後は、文化祭の話よりも、俺と佐倉の話で盛り上がった。

馴れ初めを話すのは恥ずかしかったけれど、みんなが楽しんでくれた。

佐倉から告白らしきものをしてきたこと、そして彼女を作るなという無茶振りまで話したから、後で佐倉に怒られるのは確定だろうな……。


当日は秋晴れだった。

いつもの朝の儀式をして、出席を取ったら、あとは各自が持ち場に散る。

仕込みをする者、調理をする者、テーブルクロスを掛けている女子、教室の入口で待機している男子。

俺は教室を見渡し、それぞれの生徒と目を合わせ、そして頷き合った。

接客担当の佐倉はエプロンを着けようとしているところで、エプロン姿を見てみたかったけれど、それを制止する。

「?」

「美由紀、行くぞ」

「行くって、どこへ?」

「いいから」

俺は佐倉の手を握った。

「ちょっと、私、昨日クラスのこと何もしてないから抜けるわけにはいかないわ!」

「いいんだ」

「そんなわけには──」

「行ってらっしゃーい」

「楽しんでこいよ!」

みんなが手を振る。

「え? 何?」

戸惑っている佐倉を教室の外へ連れ出し、俺は最後に、みんなに頭を下げた。


廊下で西原先生と擦れ違う。

見てみぬ振りをしているのがあからさまで、演技の下手さに人の良さが出ているようでもある。

振り返ると、何故か「グッ」という感じで中指を立ててたけど、たぶん親指と勘違いしてるんだろうなぁ。


校門のところには受付があって、生徒会長と書記の子が担当していた。

「ちょっと、え? 外へ出るの?」

美旗の色仕掛けが功を奏したのかは判らないが、生徒会長は不貞腐れたような顔で目を反らし、書記の子はひらひらと手を振る。

「ねえ、どこに行くのよ」

さすがに不安げな顔をする佐倉に、俺は言った。

「デートだ」

「え?」

俺達は、校門を抜けた。

これから数時間、二人だけの、二人のためだけの時間だ。

今この瞬間から、二人の初めてのデートが始まったんだ。


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