ブサメンの恋人事情

第39話 犬猿の仲

帰り道も当然、佐倉と一緒だ。

以前のように離れて歩くこともない。

俺が恥ずかしいので、手を繋ぐことは控えてもらっているが、それでも時おり握ってくる。

今日は手は握っていないものの、俺の右腕を掴んでいる。

何故かと言えば──

「お兄ちゃん、もうちょっとこっちに寄りなよ」

明梨が俺の左腕を掴んでいるからだ。

美旗は二人のことを祝福してくれたが、明梨は佐倉のことをまだ認めていない。

俺が「犬猿の仲だなぁ」なんて呟くと、「「どっちが猿よ!」」なんて問い詰めてくる。

お互い、犬でありたいらしい。

「明梨ちゃん、そろそろ兄離れした方がいいんじゃない?」

「いえ、兄は純粋で騙されやすいので、特に女狐には注意しておかないと」

「妹は、どう頑張っても妹なのに、大変ね」

「お兄ちゃん、この女ウザーい」

幸せなのにストレスが溜まる。

「誠君!」

佐倉が自分の味方をしろとプレッシャーをかけてくる。

「MAX君のこと知らないくせに」

明梨は明梨で、兄妹故に知り得る情報力でマウントを取ろうとする。

ていうか、いつの間にMAXさんからMAX君へと親しげな呼び方に変わったんだ?

「MAX君?」

当然、佐倉には何のことだか判らない。

「あーらあらあら、MAX君をご存知ない?」

明梨よ、いつからそんな嫌味ったらしい物言いをするようになったんだ……。

「誠君、MAX君って誰?」

誰と言われても困るのだが。

「男の人よね?」

男も男、男の塊のような存在だけど、佐倉にはどう説明すればいいのか。

「MAX君も知らないようじゃ、お兄ちゃんのこと何も知らないのと同じだよ」

おい明梨、まるでMAX君が俺の本体みたいに言うな。

とにかくまあ、二人が顔を合わすと常にこんな状態だ。


駅に着けば、さすがに人目も多いので、二人は俺から手を離す。

「お兄ちゃん、私ちょっとトイレ行ってくるね」

この辺のところは兄妹の強みで、今さらトイレに行くことを恥ずかしがることもない。

その点、佐倉はまだ抵抗があるらしく、どうも我慢している様子が見受けられたり、ちょっと手を洗ってくるわ、なんて言ってトイレに行く。

「さ、電車が来たわよ」

「え?」

明梨はまだ戻ってきていない。

「いや、ちょっと」

引っ張る力はさほど強くはないし、抵抗しようと思えば出来るのだが、やはり彼女の意思を尊重すべきという思いがあって、そのまま電車に乗り込んでしまう。

「扉が閉まります」

というアナウンスが流れたのと、明梨がトイレから出てきてこちらに気付いたのが同じタイミングだった。

いや、間に合わないし。

俺は心の中で静かにそう思ったのだが、明梨は般若の顔をしてダッシュで向かってくる。

ふと、佐倉の顔を見る。

悪女のような妖艶な笑みを浮かべていたので、思わず目を逸らしてしまう。

扉が閉まった。

「地団駄踏んで口惜しがってるわ。いいザマね」

そこに、もはや才女の面影は無い。

電車が動き出した。

「ほら見て、あのクソビッチの滑稽な姿」

「美由紀、美由紀」

「何よ?」

「あれ、俺の妹だから」

「……」

しばし沈黙。

「あら、明梨ちゃん間に合わなくて残念ね」

復讐と対抗心で、我を忘れていたらしい。

こんな調子で、心労が絶えない日々である。

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