第6話 ギャル

俺の登校時間は早い。

まだ誰もいない教室で、担任が毎週月曜日に持ってくる花が生けられた花瓶の水を換える。

今日は週末だから、花の勢いは衰えてしまって少し寂しい。

散ってしまった花びらを拾い集めて、それをゴミ箱に捨てるのも、少し寂しい。

「おはよー、モッチー」

いつも通り、二番手の登校は美旗だ。

望月だからモッチー。

そんなふうに呼ぶのは、俺の前の席の美旗だけだ。

「今日も精が出るねー」

なんか若者らしくない言葉を投げてくるが、見た目はまんまギャルだ。

派手な化粧をしてるけど、普通に綺麗な顔をしてるんじゃないかと思う。

それに、美旗は真面目ギャルなので朝も早い。

つまり、毎朝二人きりになる時間があるわけで、たぶん俺がいちばんよく話す女子でもある。

「ちょっと美旗に訊いてみたいことがあるんだが」

「え、なに? もしかして恋の相談?」

「……かも知れない」

「マジで!? やったじゃん、モッチーそういうこと、引っ込み思案すぎだしぃ」

美旗は軽薄に見えるけど、簡単に満面の笑みを浮かべてくれる得難い存在だ。

ブサメンにとっては、女子を笑顔にするっていうのは結構ハードルが高いしね。

「例えば美旗が相手を選ぶときってさ、性格、ルックス、財力の三つに絞った場合、どれが決め手になる?」

「んー? そんなの性格に決まってんじゃん?」

「え?」

「なんだよ、そこで意外そうにするって失礼じゃね?」

「あ、いや、ごめん」

「まあその三つのバランスっていうかー、それぞれ限界? 妥協点? みたいなもんもあるしさ、どんだけ性格良くてもルックスが絶対無理! とかもあるわけっしょ」

思わず「絶対無理」ってところでビクッとしてしまう。

そうだよなぁ、許容範囲をオーバーしたら、他の何が良くても、無理なもんは無理だよなぁ。

「あれぇ? もしかしてモッチー、顔のこと気にしてる?」

「そ、そこで顔のことだと断定するのは失礼じゃないのか」

「んー、だってモッチー、顔以外は褒めるとこしかねーじゃん。気にするとしたら顔しかなくない?」

「え?」

「べんきょー出来るしぃ、去年の体育祭とか球技大会でもそこそこ活躍してたっしょ? あと皆の手伝いとかばっかしてるしぃ」

「あ、いや、そんなに褒められるほどのことでは」

「大体さぁ、女子は二手に分かれててぇ、モッチーのこと、役に立つけど顔がねー、とか言うヤツと、顔はアレだけど優しいよね、って言うヤツがいんのよねぇ」

なんて言うか、あまり聞きたくなかった情報だ。

判っちゃいたけど心が砕けそう。

「それでぇ、前者の女どもは、顔が判断基準なんだろーなー、とか思うわけ」

「……そうですね」

「あれ、モッチー泣いてない?」

「泣いてないです」

「まあホラ、あっしは全然許容範囲だしぃ、って、あっしに言われても嬉しくねーか」

「いや、嬉しいです。ありがとう」

美旗は口は悪いけどいいヤツだ。

本当に泣きそうになっちゃったよ、俺。

「つーかさぁ」

不意に美旗が声をひそめる。

「さっきから、佐倉が睨んでね?」

いつの間にか、いつも三番手登校の佐倉が教室にいた。

いた、というより、すっくと立ちあがって鋭い視線で俺を見据えたまま、真っ直ぐにこちらに向かってくる。

鬼だ。

俺はそう思った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る