第一話 広がる世界(1)

 この世界は、エレメントで満たされている。

 エレメントは自然に存在する力で、四つに分類されている。

 火、水、風、地――これら四大と呼ばれるエレメントは、地域や気候、風土といったあらゆる自然の要素によって偏りがあり、それは長い年月をかけて、その土地で暮らす人々に恩恵を授けた。

 エレメントの影響を長年受け続けていた人々は、次第にそのエレメントを操ることができるようになり、そういった才能を持った者をエレメンタラーと呼ぶようになった。

 そのエレメンタラーを中心に、同じエレメンタラーが集まり、やがて国を形成するまでに至った。

 それらはエレメントの名を冠し、火の国、水の国、風の国、地の国となり、各々のエレメントが満ちる場所を開拓していった。

 だが、人口の増加と領土の拡大によって、お互いの国同士がぶつかり合い、そして終わることのない争いの始まりとなった。

 エレメンタラー同士による、エレメントを駆使した戦い――四大戦争。

 強大な力は、世界を破滅へと向かわせた。火はすべてを灰にし、水はすべてを浚い、風はすべてを薙ぎ払い、地は地形を変えた。

 いつ終わるかも分からない争いに、ある日、終止符が打たれた。

 どのエレメントにも属さない闇の勢力が突如現れ、無差別に人々を襲い、その闇を急速に拡大していったのだ。

 四大国は事の重大さに気づき、お互いに争うことを止め、同盟を結んだ。

 同盟国となった四大国は、一丸となって闇の勢力と対立、大陸中央部に位置する未開拓地を決戦の場とし、甚大な犠牲の末、闇の勢力を滅ぼした。

 闇の勢力との戦いによって結束を固めた四大国は、二度と争いのない世界をつくることを誓い合い、恒久の平和を宣言した。

 その証として、決戦の場となった更地を開拓、どの国にも属さない、どの国の人間も集まることができる『五彩都市アルコイリス』を築いた。

 そこでは、エレメントを争いではなく、技術の発展に用い、生活はより豊かなものとなった。

 そして自国のエレメント以外のエレメントを学ぶことを目的として四大国が共同で出資し、『イリダータ・アカデミー』を創設した。

 それから十年――今年、第十期生となる新入生がイリダータ・アカデミーの門をくぐるその中に、ソラの姿もあった。


            ※


 イリダータ・アカデミーは、大戦時の戦闘で荒れ地となった大地を整地し、その広大な面積を惜しみなく使用した一大教育機関だ。

 校舎はいたってシンプルで、横長で四階構造となっている。

 イリダータ・アカデミーの最大の特徴は、実践訓練をするに足る広大な敷地だった。

 自然をそのまま使用している一方、大戦時にできた巨大な穴に、北の山脈から流れる雪解け水によってできた人工湖などもある。

 校舎近くは手入れが施されており、木々や芝生などを植えている場所もある。

 そこは実践訓練をする場と言うよりも、東屋や噴水、ベンチなどが設けられており、憩いの場として利用されている。

 五彩都市アルコイリスは、イリダータ・アカデミーよりも南側にあり、二つの間には舗装された道が通っており、休息日にはアルコイリスへの外出も許可されているが、通常日は原則としてアルコイリスへ行くことが禁止されている。

 そんな舗装された道を、一人、また一人とイリダータ・アカデミーに向かって歩く姿がちらほらと見えていた。


            ※


「あれが今年の新入生ね」

「初々しいわねぇ。私たちが一年の頃を思い出すわぁ」

「あの中にパートナーになる子がいるのよね?」

「俺は、可愛い子がいいな」

「外見で選ぶってサイテーね。大事なのは実力でしょ」

 イリダータ・アカデミーの展望室を兼ねたカフェテラスは、今日も生徒たちで賑わいを見せていた。

 その中でもバルコニー席は上級生が優先して使えることが暗黙の了解となっており、その席を満たしているのは、ほとんどが今年度から最高年生となる四年生たちだった。

 イリダータの制服は、黒基調のブレザーに膝上のプリーツスカート、それに膝下のソックス。

 白のシャツはループタイで締められている。そのループタイには、それぞれの自国を表す四つの色の石がはめ込まれており、火の国は赤、水の国は青、風の国は緑、地の国は黄、となっている。

 バルコニー席のひとつ。

 誰もが複数人でテーブルを囲んで座るなか、ひとつのテーブルにひとりだけで独占している者がいた。

 腰よりも長いストレートの赤毛。

 癖もなく、まさに火を体現したような明るいオレンジ色の髪が、カフェテラスに吹く風にさらさらと揺れる。

 鋭い切れ目の瞳が見つめる先は、他の生徒と同じように、イリダータ・アカデミーに向かう新入生へと向けられている。

(あのなか、私のパートナーとなる子がいるのね)

 彼女の名は、カーマイン・ロードナイト――イリダータ・アカデミー創設以来の才女。

 火のエレメントをマスターした者に与えられる【パイロマスター】級の実力を学生でありながらすでに有しており、さらには、エレメントによる対戦を目的としたアカデミー主催の大会において、火の部門【ガーネット】に一年生で出場、そして優勝を勝ち取った。

 以降、三年生まで三連覇という前人未踏の偉業を達成。

 そして、かつての闇と四大国との間で勃発した大陸戦争での四英雄――その中でも火の国のエレメンタラーに与えられた最高位【深紅】ふかきくれないを受け継ぐ可能性のある人物としても上げられている、まさに完全無欠の存在。

 周りの生徒たちが、イリダータの門をくぐる新入生たちを見下ろしながら、期待と不安を口にする。

 なぜなら、この新入生たちが、彼らの卒業を決定するからだ。

 イリダータでは四年生になると、一年生の生徒をパートナーとし、その生徒が習得している自国のエレメントとは別のエレメントを教えなければならないことになっているからだ。

 カームは続々と敷地内に入っていく私服の若者たちを見下ろしていた。

 明日から入学式で、新入生は前日にアカデミーに入り、寮生活の準備をするのだ。

 誰もがイリダータ・アカデミーに入ること、もしくは卒業することを目標とする。

 だがカームにとって、ここは通過点に過ぎない。

 【パイロマスター】も【ガーネット】も、そしてこの先手に入れるつもりでいる【深紅】ふかきくれないさえも、カームにとっては通過点に過ぎないのだ。

(私の目標は――)

 火使いであるカームの目的――それは、四つすべてのエレメントをマスターした証であり、いまだかつて歴史上誰一人として到達したことのない極致【虹使い】となることだった。

(ん? あの子……)

 カフェテラスを後にしようと立ち上がったカームは、一人の少年を見つけた。

 少年は旅装束のような格好をしており、くすんだ外套を羽織っていた。

 肩には荷物をまとめた袋を提げており、イリダータの正面入口へと向かっていた。

 ふと、少年が顔を上げる。

 あどけない表情。

 まるで穢れを知らない無垢な子どものようで、思わず見入ってしまっていた。

 その少年と目が合い、そして笑顔を向けられる。

 カームはその表情にむっとし、とっさに顔を背けた。

 アカデミーに来る新入生は期待を胸に抱いている。

 あの表情も仕方がない。

 だが、自分にはそれがどこか生半可な気持ちで挑んでいるようで、腹が立つ。

 こっちは、人生を懸けているのだ。

 この三年間――いや、それよりももっと前、火のエレメントを学び始めた瞬間から、一日たりとも無駄にせず、修練を積み、ここまで上りつめた。

 あの子がもし新入生ならば――

(あの子だけはごめんね)

 と心からそう思った。


                  ※


 イリダータ・アカデミーの正門をくぐったソラは、目の前にそびえる巨大な建物に感嘆した。

 思わず見上げるソラの胸に、期待が膨らんでいき、顔が思わず緩んでしまう。

 そうして顔を上げていったソラは、一人の女性と目が合った。

 ひと目見て、綺麗な人だと思った。

 鋭い眼差しがソラを見下ろす。

 風に揺れるオレンジ色の髪が、太陽の光を受けて金色にきらめく。

 『いつでも笑顔を』というアビーの言葉に、ソラは人前で笑顔を絶やさずにいるようになり、自然と女性に向かって笑顔を浮かべた。

 だけど、女性はまるでそれを拒絶するかのように振り返り、姿を消した。

 ソラは、露骨すぎたかな、と反省した。

 それでもあの美しさは思い出すだけでも胸が高鳴る。

 アカデミーで過ごしていれば、また会えるだろうか。

 そうなった時、話しかけられるだろうか。

 エレメントを学べるという期待とは別の、もう一つの期待がソラの胸に芽生えた。

 そうして、ソラは再び歩み、アカデミーの建物内へと足を踏み込んだ。

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