「そういえば、最近話題になってる“並行世界”っていうの知ってる?」

 帰り道の途中、鴨川の土手で座っていると沙那恵がスマホを弄りながら聞き慣れない単語を口にした。

 私はさっきコンビニで買ったアイスを口にしながら、首を横に振る。

、とも言うらしくて。つまり私達の住んでるこの宇宙と同じ次元にある世界みたいな?」

「何それ、SF作品みたい。沙那恵、そういうの好きだったっけ」

「いや、何でもSNSとかで別世界に行ったとか言う人がいたりして、勿論本当かどうかは分からないけど。仮にあったとして、別世界の私達って何してるんだろうね」

 別世界の自分。そんなこと考えもしなかった。もし、並行する世界があったとして、私はそこでもテニスをやっているのだろうか。

 部長になっていたりしたら、どうやってなれたのか教えてほしい所だ。

「私は燈とダブルス組んでたらいいかな。後、カッコいい彼氏持ちなら更に良い」

「ありがと。彼氏ねえ、部活に花咲かせる私には無縁かな」

 隣で聞いていた沙那恵が突然笑う。何がおかしいのか問うと彼女は、輝のことを話題に上げたのだけれど、あれはただの幼馴染でしかない。

「また、そんなこと言って。結構女子から人気なんだよ、彼。この前も他の学科の女子から休日に遊びに行かないか誘われてたし」

「へえ、まあ興味はあんまりないかな」

 そういえば、今度の土曜が空いてるか輝が訊いてきたことを思い出した。

 あいつ、何を言うつもりだったんだろう。

「幼馴染のこと、そんなに興味なしか」

 彼のことを考えていた所で、突然背後から聞こえた声の主は、話題に上がっていた輝本人である。

 私達の姿を見つけて、態々土手に下りて来たのだとか。

「で、一体何の話してたんだよ」

 沙那恵が並行世界について、分かりやすく説明すると彼は顎に手を当てて真剣に考えている様子を見せた。勿論、別世界での自分がどうなっているかということについてだ。

「俺もバスケやってたらいいかな。後は--」

「ちょっと、何こっち見てんの?」

 別に、と話を途中で打ち切った彼は、思い出したように今日の部活休憩中に言おうとしていたことの続きを話し始めた。

「土曜の部活が終わったら、遊びに行かないか? その、二人で……」

「……何で? 何か買い物に付き合えってこと?」

「い、いいだろ何でも! で、行ってくれるのか?」

 部活の終わった後は特に予定もないので、いつも家に帰った後は寝るか音楽でも聴くかぐらいしかしていない。

「まあ、別にいいよ。私行きたいとことかあんまり思いつかないけど」

「本当か? じゃあ、部活終わったら校門近くのベンチで待っててくれ」

 素早く立ち上がり、その場から走り去って行った。慌ただしい男だ。

 ただ、久しぶりに部活のメンバー以外で休日を誰かと過ごす。

 そう思うと少しだけ心のモヤモヤとしたものが晴れた気がする。

 ふと、沙那恵の目線は走り去って行く輝から橋の上へと移っていた。私も釣られて同じ方を見やると、そこには桧山部長の姿があった。ただし、隣には他校の制服を着た男子がいて、部長は楽しそうに笑顔を浮かべている。

「あれが噂の男ね」

「噂のって、そんな都市伝説にみたいに。部長のでしょ」

 興味津々といった様子の親友に私は、何を今更といった視線を向けている。

 部長の恋人は彼女と通学路が同じで、私達の学校から徒歩で二◯分程の場所にある鞍馬くらま高等学校の生徒。

 水泳部の部長をしているとも聞いた。競技は違えど、どちらも同じ運動部。

 更に部長という同じ立場な為に気も合うのだろう。

「いいよねえ、やっぱり。凄く仲良いらしいし、理想の二人だよ」

「沙那恵って昔から凄いロマンチストだよね。いっつも映画とか誘ってくると、恋愛物だし」

「燈はそういうところクール……いや、鈍感だね」

 それがどういう意味か訊いても教えてはくれなかったが、もう夜も近いので、私達は急ぎ足で家に帰ることへした。

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