放課後。

 帰り、私は1人で下校している。

 衣緒ちゃんは部活があって(陸上部だったはず)、沙耶ちゃんはいつもそれを見ている。

 そして2人で帰るのだ。

 いいなあとか、私も一緒に帰りたいなあとか、思わないわけじゃない。

 でも、昔から仲がいい人たちのそういう空間に入っていくのはとても私にはできない。

 きっと私も一緒に帰りたいといえばOKしてくれると思う。

 それでも私は、私が入るスキマなんてない、2人だけの空間があるように思えてしまうのだ。

 今日も今日とて1人で帰る準備をしていると、

「ありさっち、一緒に帰ろー」

「ふぇっ、さ、沙耶ちゃんは? ってか、部活はいいの?」

「あー、それね」

 いきなり現れた衣緒ちゃんは、自分の膝を指さした。

 そこにはテーピングが施されている。

「ちょっと膝壊しちゃって、出れないんだよね。見学するくらいなら帰っちゃおうかなーって」

「……そう、なんだ」

「うん」



「それでね、私にはあの化学の実験の結果には納得できないわけよ」

「うん」

「もっと大きな力が働いてると思うの」

「そうなんだ?」

 晴れ渡る空の下、私と衣緒ちゃんは並んで歩いていた。

 足元には桜の花びらがたくさん落ちている。

「ねえ、衣緒ちゃん」

「なあに?」

「本当に部活行かなくてよかったの?」

「いいのいいの。走れないんじゃ行っても意味ないし」

「でもさ、衣緒ちゃんって結構速いんでしょ?」

「まあね。いろいろ優勝したりしたよ。楽しかったなあ」

「……沙耶ちゃんは? 今日は一緒じゃないの?」

「さやっちとはねえ、喧嘩しちゃって」

「ああ……」

 だから私のところに来たのかな。

 いつも一緒にいる人といられなくなったから、その代わりに私のところに来たのかな。

 そんな暗い考えが頭に浮かぶ。

「なんで喧嘩しちゃったの?」

 その考えを振り払うかのように、私は会話をつないだ。

「陸上やめるって言ったら怒った」

「え、陸上やめちゃうの? そんなに速いのに」

「いやー、別にもうすぐ引退だし。それに卒業しても続けようとは思ってないから」

 ふわり、風が吹いて、落ちていた桜の花びらが空を舞った。

「怪我だってしちゃったしね。この花びらと同じで、一回壊れたり枯れたりしたら、もう元には戻らないよ」

 怪我をしても続けてる人はいる、そう言おうと思ったけれど、陸上の事なんてまるで知らない私が言っていいことなのか一瞬迷った。

 そしてその一瞬の迷いの答えは、NO。

「さやっちにそれを言ったらなんか怒られちゃった。どっちみちもうすぐやめるのにね」

「……私は沙耶ちゃんの気持ちもわかるけどな」

「え?」

「でも衣緒ちゃんの言ってることもわかるよ。ただ、速いなら続ければいいのにって、無責任なこと思っただけ」

「……そうだね。でもさ、私別に走るの好きじゃないんだよね」

「そうなの?」

「うん。むしろ嫌い? 最初は速いねって褒められるのが好きで始めたの。でもいい結果出してくうちに期待は大きくなっていって、速く走らなきゃって苦しくなって。練習もきついし暑いしさ」

 衣緒ちゃんはそう言って、まだ4月だというのに小麦色に日焼けした自分の腕を見た。

「そんな弱音は吐くぐらいならやめちゃおうかなって。オリンピックに出たいわけでもないんだから」

「……そっか。衣緒ちゃんがそう決めたなら、それでいいんじゃないかな」

「……ありがと。ありさっちに話聞いてもらったらなんかすっきりした」

「本当?」

「ほんとだよ」

 私たちは笑いあって、ふわりふわりと舞う桜の中を歩いて行った。


 その少し後ろで、沙耶ちゃんが話を聞いていたとも知らずに。

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