3-2

 御園美羽。

 N県の山間部、奥地というより僻地にある小さな村の出身で、幼い頃より村の中心である仏和砌神社の宮司となるべく、あらゆる教育を施されてきた御園家の長女だった。

 村の外の一切を知らず、ただ伝統ある御園家の掟を守り、お役目を立派に果たすためだけにその生涯を捧げるはずだった女。現代人からすれば、時代錯誤な慣習で人道的倫理面からいってもあまり肯定できない生活を送っていたようだが、本人はそれが普通だと思っていた。比較対象となるものがないのだから当然だった。

 他にも道があることを知らなければ、まっすぐに今歩いている道を行くしかなく、そのことに疑問を抱くこともない。

 だが、そこに余所者が現れる。

 民俗学のフィールドワークで訪れた教授とその助手である大学院生。外部からの刺激は可能な限り遠ざけられていた美羽だが、何事にも完璧は有り得ない。

 未知の知識、外の世界の常識、まるでお伽話のような現代の世界。昔ながらの質素な暮らしで、テレビなどの娯楽も知らずに育った美羽の好奇心は一気に開花した。

 一度知ってしまったら、もう後には戻れない。当たり前だと思っていた生き方そのものへの疑問、村の在り方、自分の立場。新たな情報、知識が美羽のすべてを変えていった。あるいは、元来持っていたものが、殻を破って表面化しただけなのかもしれない。

 恐れ敬う信者の村人以外の異性との交流も、それに拍車をかけた。

 許嫁として幼少時より定められた相手がいたが、後継者を生むための種としての夫役であり、ろくに話をしたこともないような間柄だった。他人との接触も制限されている身で、許嫁も例外ではなく、もとより愛情もなかった。

 ゆえに、積極的に話しかけてくる余所者の男に惹かれるのも無理はなかった。いくら教育係が接触を禁止しようと、美羽の立場は次期宮司候補で上位であり、お願いされれば手助けしないわけにはいかない協力者がいる時点で、美羽を止められるはずもなかった。

 二人は頻繁に逢瀬を重ねてその仲は急速に近づき、肉体的な関係を持つまでになっていた。

 そして、美羽が身籠ったことにより二人は駆け落ちを決意する。余所者の子を産むなどという選択肢は、当時の村長であった美羽の父が許すはずもなかったからだ。見つかれば、堕胎させられるのは明白だった。

 何もかもを捨てて逃げ出すことにした二人の計画はしかし、敢え無く破綻する。狭い村だった。いくら隠そうとしてもバレていないはずがない。二人の関係を知っていながらも黙っていた美羽の協力者たちも、さすがに村を出てゆくとなれば容認はできない。

 その関係は村長に知られることになり、当然の如く大学院生、葉上敏夫の追放となった。美羽の赤子も中絶するはずだったが、本人の懇願により中止された。母体にも影響があることから、仕方なく認められたのだが、これが更なる悲劇を生んだ。

 生まれた赤子は双子だったのだ。それは、御園家にとってあってはならないことだった。

 「んー、どうして双子だとダメなん?」

 それまで黙っていた花巻がそこで初めて疑問を口にした。空気を読んでいたと思っていたが、単に我慢していただけなのかもしれない。口調が全くいつもの調子で、取り繕う努力もしていなかった。なかなかの度胸だ。

 質疑応答しながら美羽の半生を紐解いていた楠木は、この横やりに苦笑いを一つ浮かべると、

 「まったく君は堪え性がないですね。もう少し黙って聞いていて欲しかったのですが、仕方ありません。御園家においては、双子は忌み子とされ忌避されていました。なぜなら、本来御園家の嫡子に継がれるべき神力しんりきが、双子では分散されることになりますから」

 「シンリキ?」

 「文字通り神の力です。御園家は代々、山神と交信できる特殊な霊力のようなものを持っているとされ、その力は嫡流の血にのみ宿ると信じられていました」 

 「なるなる、そういう設定ね。でもそれって、子供が多いとそれだけ分散されちゃうって考えなわけ?」

 「いいえ。基本的には、長子、つまりは長男長女にのみ、その特殊な神力が宿るとされ、次男次女以降にはほとんどその力は引き継がれないとされていました。ただ、長子が死亡した場合は、その魂が兄妹へと力を譲渡する形で、嫡子以外でも神力を持つことはあります」

 砕けた花巻の物言いを気にした様子もなく、楠木よりも先に美羽が答えた。

 完全に神力とやらが存在する前提の話だった。以前の俺なら笑い飛ばしていたかもしれないが、弐姫という非現実性を受け入ている今、そういう力があることは否定できない。花巻も設定などと揶揄してはいるが、半分認めている節もあった。

 「ほえー、そうなんだ。あ、話の腰折ってごめんちゃい。続けてどーぞ」

 やたらと気やすい花巻の口調で少し場の空気が安らいだものの、内容は更に重くなっていった。

 何より、双子というキーワードは重要なものに思えた。嫌でも壱姫と弐姫というそっくりな二人を思い出させる。一方でそれは、楠木の推理を覆すものになるはずだが、眼鏡探偵に動揺は見られない。まだ何か隠し玉があるようだ。

 双子の片割れかもしれない壱姫は、初めから緊張した面持ちでじっと話を聞いていた。まるで知らなかったであろう両親の過去を聞きながら、何を思っているのか。真剣な眼差しからはまだ何も窺えなかった。

 楠木の話は続く。

 双子を出産した美羽は、実質的に幽閉状態での生活を強いられていた。

 御園家の嫡子は美羽しかいなかった。その次期宮司候補が掟を遵守しないはみ出し者ともなれば、期待がかかるのは次の世代だ。幼少時より、刷り込みに近い英才教育を施せばまだ間に合う。たとえ余所者の子種であろうと、御園家の血統の嫡子であれば希望がある。

 美羽の父はそう考えていたようだ。

 だが、生まれてきたのは双子だった。本来一人分の神力が、二人に配分されることで弱くなってしまうことから、昔は間引きすら行われていた。二つに分かたれたものならば、片方が消えれば一つに戻るという考えだ。現代ではさすがにそれはできないため、より力の強い子を後継者として育て、弱い方を里子にして村から出すようにしていた。力による扱いの差が生まれ、そばにいては誰のためにもならないと言う判断だった。

 神力の鑑定は、生まれたての赤子ではできない。少なくとも一月は成長した状態でなければはかれないため、美羽の処遇はそれまで保留となっていた。

 その鑑定ができるのは当然、御園家の者だけだ。満を持して家長である美羽の父親が調べたところ、最悪の結果が出た。双子の神力は共に弱かったのだ。皆無ではないが、やはり余所者の血が混ざったためなのか、美羽のそれと比較して圧倒的に足りていなかった。

 双子に十分な神力が備わっていれば、美羽のその後もかなり違っていたのかもしれない。

 神力は長子、最初の子に色濃く宿る。更に子をもうけても、その力は薄まってゆくものだと言い伝えられていた。

 そのままでは御園家のお役目が十分に果たせない可能性があった。そこで、美羽の父親は一つの決断を下した。過去にも似たような状況があり、その回避策は禁じ手とされながらも授けられていた。

 それは父親自ら、美羽を孕ませることだった。近親相姦により御園家の血を濃く伝えれば、長子でなくとも神力は強まる。血統主義の禁忌ではあるが、最後の手段としては推奨されていた。御園家の役割は、何としてでも途絶えさせてはならなかった。

 父親の非情な決断を知った美羽は、計画を早めるしかなかった。もともと、敏夫と引き離される際、子供が生まれるまでは安静にしている必要があるため、すぐには助けに来ない手はずになっていた。

 二人は予め、駆け落ちが失敗したときの算段も立てていた。敏夫はずっと奪還の機会を窺っていたのだが、もう猶予はほとんどなかった。村の近くで身を潜めていた敏夫は、美羽に同情的だった協力者の助力を得てどうにか美羽を連れ出すことに成功した。

 しかし、双子の赤ん坊までは叶わなかった。

 一方は忌み子として既に里子に出され、もう一人も美羽とは別の場所で隔離されていたため、その時は泣く泣く断念した。

 「――その後、折を見て残された赤ん坊を取り返したあなた方は、各地を転々としながら数年を過ごし、今のこの場所に落ち着いた」

 収集した情報から再構成した美羽の物語を、楠木はそう締めくくった。

 「多分に伝聞からの推測で補足しているので、細々とした違いはあれど、概要としてはそれなりにまとまっていると思いますが、いかがでしょうか?」

 それまでただ控えめに、うつむきがちに楠木の確認に頷いていた美羽だが、ここで初めて強い意志を秘めた瞳で顔を上げた。

 「随分と調べられたようですけど、私たちの過去と貴方たちが探している人物との関係にまだ触れていませんよね?」

 まさしく、それは俺が疑問に思っていたことでもあったが、その答えは半分もう出ている気もした。

 美羽が生んだ双子。

 取り戻したのが現在の壱姫ならば、里子に出されたのが弐姫という話になる。当初の楠木の仮説とは大分違うが、流れからしてそういうことなのではないだろうか。

 にも拘らず、美羽の質問はどういことなのか。楠木の確認をはぐらかしているとも、とぼけているとも思えない。かといって、この程度の推測が立たないほど頭の回転が悪くもないように見える。別の意図があるのか。

 「なるほど……はっきりと言葉にせよということですか」

 楠木がシルバーフレームの眼鏡をくいっと持ち上げた。これが漫画やアニメならば、ここで必殺の決めポーズでも飛び出しそうな場面だな、とか不謹慎にも思ってしまった。あまりにも真面目な、厳かな雰囲気のときほど、バカげたことを思い浮かべてしまうのは何故なのだろうか。それは葬式の席で、不意に意味もなく笑いだしそうになる感覚に似ている。人はタブーとされることに、誘惑される性があるということか。大人になっても、その衝動は根強く残っている。が、それを抑える術も学んでいる。

 などと、俺がまったく別のことを考えていると、果たして――

 「僕らが探している人物は、その里子に出されたあなたの娘さんではないかと思っています」

 決定的な言葉が吐き出され、部屋一杯に緊張の沈黙が広がる。

 葉上夫婦と楠木は対峙したまま、ぴくりとも動かない。

 ついに弐姫の素性が明らかになるのだろうか。壱姫は一人娘ではなく、双子だったということで確定なのだろうか。

 その当事者である壱姫はずっと黙ったままだが、その背筋は今も奇麗に伸びていた。気丈に振舞っているのか、自身の出生についてある程度予測して覚悟をしていたのか、真剣な表情からは読み取れない。

 その静寂がどれだけ続いたのか。

 誰もが何も言わないまま、それからしばしの時間が過ぎた。

 さしもの花巻も、今回ばかりは口を挟んでいない。いっそ、何か言えよとツッコミを入れて欲しい気持ちがないでもないが、さすがに不謹慎なので内心に留めておく。

 「……その可能性は、残念ながらないかと……」

 やがて、ぽつりと呟いた美羽の一言がその静けさを破った。

 「里子として出された私の子供は……幼くして既に鬼籍に入っています……」

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