第3話 カメリアの問い

 カメリア・モリスの登場にゼフィランサス家は異様な空気になった。軽めの挨拶をしたのち、オリヴィエ自ら彼女の部屋の案内を買って出た。

 なんとしてでも、冒涜的な行為で金儲けをしている彼女を追い出さなくてはいけないのだ。


「こちらでしてよ」

「案内ありがとうございます、奥さま」


 まるで人形のようにカメリアは頭を下げてついてきた。重そうなトランクを離す様子はいっさい見られない。


「あなたはいったいいつまでいる気なの」


 廊下に出て誰もいない空間に到達し、オリヴィエはとうとう刺々しくカメリアに詰め寄った。幼さと若さの中間に至るカメリアにとって大の大人に詰め寄られれば恐るに違いない。

 しかし。


「ウィリアムさまの写真を撮るまで滞在するつもりですよ。現像のためすぐロンドンへ帰ります。長居するつもりはありませんので気になさらないでください」


 カメリアは甘やかな声で淡々と返した。怖がるどころか、反対に彼女の唇に笑みが刻まれている。それを視界に認めてぞわりとオリヴィエの肌が粟立った。

 これは恐怖だ。

 オリヴィエは振り払うように首を横に振る。愛らしい猫のような面差しが首を傾げる。


「出ていってちょうだい。夫の写真撮影は認めません」

「あなたさまにそのような権限はありません」

「っ……私は! 私は夫ウィリアムの唯一の妻で伴侶です! なら、分かるでしょう?!」


 オリヴィエの声が回廊に響く。わなわなと手が怒りで震えた。


「……」


 必死な反論にカメリアは全く焦った様子はない。ただじっと見つめてくる。魔性の瞳が、真っ直ぐにオリヴィエを射抜いた。

 見透かされてしまうような気がしてオリヴィエは慌てて目をそらした。それでも彼女は容赦がない。見つめたまま、何か分かったのか、つまらなそうに目を細めて小首を再び傾げる。


「……奥さまは旦那さまのことで何かしら怖いことでもあるのですね」


 赤裸々に図星を突かれ、顔が赤く染まる。怒りの衝動は最早抑えることはなく、右手を振り上げた。


「っ……この、卑しい死体荒らしに、何が分かるというの!」

「……死体荒らし?」


 カメリアの頬を打つ直前に手が止まった。何かに抑えられたかのように何もない空で止まっている。驚いているとカメリアの声音が一段と低くなった。胸がとてもひやりとする。


「奥さまは、私のことを卑しいと仰るのですね」


 彼女から発せられたのは、怒りではなく、悲しい響きだった。寄せた眉尻は下がり、真っ白な前髪から覗く瞳が悲しげに揺れた。トランクを握りしめる手は更に強くなる。

 まるで庇護欲をそそる彼女の姿に、オリヴィエは後悔した。相手が心である人間だと、ようやく思い出せた。すんでのところで止まった右手を戸惑うながら引っ込める。カメリアの目を見ないように視線を斜め下に向け、右手を摩る。


「ご、ごめんなさい、今のは言いすぎたわ……」


──何故私がこうも年下の娘に謝らなくてはならないの?


 もどかしい怒りが胸のなかで燻る。


「ええ、言い過ぎです。私を傷つけました」


 この娘、容赦を知らないようだ。古参の貴族の奥方相手に堂々としている。


「私のことを卑しいと仰るのなら、今までのお客さまも同様になりますよ。ウィリアムさまも……」

「……夫が?」

「奥さま」


 カメリアはオリヴィエを一瞥したのち、廊下の窓へと視線を移した。遠く、遥かへと向けられた視線に、オリヴィエは思わず息を呑んだ。霞へと消えてしまいそうな儚さと哀愁の影が彼女に見えた。


「故人写真は、卑しいものではありません。遺族のために撮るものであって、冒涜のために撮るものではありません。遺された人たちが縋り、悲しみながらも前に進むための最高位の遺品です」


 カメリアは己の胸に白い手をあてる。


「……私も、故人写真に救われている者です」

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