2、ブルーフローライト

 ――ある日、呪われていると気づかずに手にした品によって、大叔母の身に危険が迫っていた。

 それをたまたまヴァンが助けてしまい、たまたま大叔母はヴァンが視えたために契約を結ぶことになった。

 それが、二人が出会ったきっかけらしい。


『ヴァンはすごいのね! この力があれば困っている人を救えるわ!』


 そう言って大叔母は、呪われた品があると聞くとヴァンを伴って浄化をするようになったそうだ。


「言っただろうが。トラブルばっかり持ち込んで後先考えないって」


 はあっと溜め息をついてヴァンが言う。

 困っている人がいると聞くと「まあ大変!」と自ら首を突っ込んでは、怖い話を聞いて震え上がって「やっぱり帰ろう」なんて言い出す人だったらしい。


「それは――確かに行き当たりばったりかも……」


 勇敢で正義感の強い女性、という大叔母のイメージがちょっと崩れた。

 と同時に、大叔母も呪いは怖かったのかと思うと、どこにでもいる普通の女の子のようで身近に感じる。

 グレンが手際よく根回しや交渉をしているので、てっきり大叔母もそういうやり方をしているのかと思っていたのだ。


「ヴァンは随分ナターリエに振り回されていたものねぇ」

「……それはお前もじゃないのか?」

「あら、アタシは楽しかったわよ。あの子のこと、好きだったもの」


 カラカラと笑うフロウに対して、ヴァンの表情はほろ苦い。

 フロウが思い出として消化出来ていることを、ヴァンはまだ飲み込めていないような、そんな表情だ。


「……あいつは生き急いでたから。無茶で、無謀だったんだ」

「……そうね」


 二人が優しい顔をして大叔母の写真を見つめる。生き急いでいたとはどういう意味なのだろう。……そう思ったけれど、いとおしい思い出をなぞるような二人の横顔に、メリルローザは何も言えなかった。


 顔を上げたフロウは、そんなメリルローザを見て微笑んだ。


「あなたにはあなたの生き方があるわ。でも、アタシの力が必要になったら言ってちょうだいね」

「フロウ……」

「でも、せっかく起きたんだから、外の世界も見ておきたいわ!! というわけで、アタシの本体はしばらくメリルローザが持っていてちょうだい!」


 しんみりしていたのに、いきなりガシッと手を掴まれておねだりされた。握力は男性だ。力強い。


「え、ええ……いいけど……」

「ありがとう、メリルローザ! あ、さっきも言ったけれど、アタシの取り扱いは優しくね。紫外線にも弱いけど、お水も嫌いなの。乾いた布で綺麗に磨いてお手入れしてちょうだいね」


 そして宝石本人から手入れの指導を受けることになるとは……。


 ヴァンは契約したときに何も言わなかったけれど、レッドスピネルもきちんと手入れしたほうが良さそうだ。

 ネックレスになっているし、大切なものなので失くさないようにほとんど肌身離さず身につけている。その分、汚れもつきやすいだろう。

 ヴァンのこともあとで綺麗にしてあげよう、とそっと思った。


「さっ! もう夜も遅いし、寝ましょ。夜更かしは美容に悪いわよ」


 そう言ってフロウは現れた時と同じように忽然と消えてしまった。


「え……!? フロウ……?」

「宝石の中に戻ったんだ。気まぐれなやつだから、明日になればまたひょっこり現れる」


 メリルローザの手の中で、ブルーフローライトがきらきらと輝く。フロウはもう、うんともすんとも言わず、夢でも見ていたのかのようだ。


「本当に、精霊って感じね」

「どういう意味だ?」


 ぽつりとこぼした言葉にヴァンが反応する。


「だって、ヴァンは宝石の中に戻ったりしないじゃない」

「……戻っていいなら戻る。お前がずっと実体化してろって言ったんだろうが」

「そ、それはあなたが着替えとか覗くと思って……」

「覗かないって言ってんだろ!」


 赤くなってヴァンが怒る。そういうところが人間っぽいから、ついついメリルローザも反応してしまうのだ。


「あ、でも、ずっと実体化してるのは負担がかかるとかあるのかしら」


 それなら悪いことをしたと思うが、ヴァンは「別にない」ときっぱり答えた。それを聞いて少し安心する。フロウが宝石に戻ったのは、単にそこが落ち着くからだろうとのことだった。


「大叔母さまの部屋から勝手に持ち出してもいいのかしら?」

「本人がいいって言ってるんだからいいだろ。グレンはあいつフロウのことが視えないし、連れ出せるのはお前しかいない」

「そう……よね」


 それなら、と大叔母のハンカチにブルーフローライトを包んだ。部屋に戻るまでヴァンが一緒についてきて、そこで別れる時にちょっと変な顔をされた。


「……? おやすみ、ヴァン」

「ああ。おやすみ……」


 扉を閉める直前、「……フロウは同じ部屋に入っていいのか?」とぼそりと呟くヴァンの声は、残念ながらメリルローザの耳には届かなかった。

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