第2話

その零れた笑みを目の当たりにした瞬間、俺は、おお彼女こそ俺が探し求めていた理想の女性であり彼女もこの俺を探し求めていたのだ、だってさっきから俺のことをずっと好奇な目で見ているではないか、それは要するに俺に一目惚れしたからに相違なく、その証拠に、はにかみつつも目線を逸らさず更に強いレーザービームをして見つめ続けているではないか、しかしながら、いかんいかん俺は先生という立場の人間であり彼女は生徒という立場なのだ、この禁断の関係から逸脱し男と女の関係にでもなってみろ、それこそ地域のワライモノ、俺は社会的地位を簡単に失うし何よりこの子が可哀想だ、学校で後ろ指を指され家に帰ってきても親から不束者とレッテルを貼られ何よりもこの塾にいられなくなる、ああ、それにしても、ウルウルと湿っぽくキラキラと何かを期待するその輝く眼まなこは本能的にどうすれば男が落ちるかを知っているかのように得も言われぬ視線を送ってくる。

と、わずかゼロ・コンマ数秒間で激しい妄想をし独りで舞い上がってしまっていた。

この日の授業は全くと言っていいほど成立しなかった。

授業というのは生徒にとっては学力を身に付ける場である。

そのために俺は毎回念入りにイメージトレーニングを行ってから臨んでいる、言わばプレゼンテーションなのである。

とはいえ相手は退屈しがちな子どもたちであるから、いきなり授業をし始めて一方的に講義を行ってまくしたてるように終わらせても良い結果は得られない。

最初は生徒たちのコンディションあるいはモチベーションがどのくらいであるのか察知するために世間話や怪談話をかませておく。

漸く俺に生徒全員の意識が向いたところで、「ではテキストの何ページを開いてください」と宣言し本番がスタートするのである。

だから、スタートが早いときもあれば授業の半分を使ってしまうときだってあるのである。

俺の調子ではなく生徒一人ひとりの調子に大きく依存する。

それがわかっていながら、一番やってはいけないことをこの日はしてしまった。

いきなり授業を始めてしまったのである。

もう後戻りはできない。

落ち着け落ち着けと自分に言い聞かせれば聞かせるほど暴走が止まらなかった。

前から二列目で相変わらず俺を見つめ続ける彼女。

それに気を取られて更にアクセルを踏む俺。

生徒たちは呆気に取られて俺の授業を傍観していた。


授業が終わった。

俺はクタクタになって教室を出た。

すると、「井上先生!」と背後から声が。

ビックリして振り向いた。

授業がわからないという苦情かと思ったのだ。

しかし違った。

またしても彼女だったのである。

今まで気付かなかったが、彼女は黄色のTシャツにストーンウォッシュのジーンズをはいていた。

身長が高く俺が175cmだからきっと165cm位だろうと思われた。

改めて彼女を見ると髪の毛はショートカットにしていて色白なのでソバカスが少し鼻の辺りに点在していた。

眼は相変わらずウルウルしていてキラキラしていた。

俺は自分の感情を悟られまいとスッと視線を逸らして「ん?どうした?」とできるだけ余裕を感じさせる声色で返事を返したが、動揺が伝心したかもしれないと、内心穏やかではいられなかった。

でも、またウルウル、キラキラした眼を一瞬でも見ることができて、俺はとても嬉しかった。

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