第三の男

 小姓たち前例に習い主君の遺骸を家紋旗で包み、居室のとこの間に安置した。

しかし、待っても、待っても主君は生き返らない。


「これは?」


やり方がまずかったのか?

手順を間違えたのか?

今までのは単なる小姓たちに伝わる「洒落話しゃればなし」だったのか?


小姓たちは悄然しょうぜんとしながら、主君の亡骸を見守った。

じわりじわりと日は陰り、小姓たちの絶望も深まって行く。


じきにあたりは漆黒の闇に包まれた。


泣きつかれた小姓たちは主君の亡骸を前に、うつらうつらと寝始めた。



「何だい、ここは!」

突然の大声が、真っ暗な居室に響いた。



「どうしたぃ!真っ暗じゃあねぇか。

さては燃料も尽き果てたのかい。全く新政府だなんて言っても、結局、辛気臭せぇや!」



主君の遺骸に付き添い、寝ずの番をして居た小姓たちは弾かれるようにして起き上がり、慌ててろうそくに火を点けると、主君は驚いた顔をして小姓たちを見た。


「何だい、何だい、その格好は!時代遅れも良いとこだ!野暮ったいも通り越して、こりゃまた天晴れだね!」


カラカラと腹を抱えて笑いだした。


笑い出すと鉄砲傷に響いたのか、足をさすって「いててて」と呻いた。


「殿!」


小姓たちは、慌てて駆け寄った。


例によって例の如し。



生き返った主君は、以前に比べ、あまり戦には積極的では無いように見えた。

しかし、己の思う国を作りたいと言う気持ちは強く、あちこち身軽に動き回る。


また、いつの間に身につけたのか、やたら博学で南蛮人とも丁々発止ちょうちょうはっしとやりあい、南蛮文化を好んで取り入れる。


そもそも、南蛮人と親しくなったのは、「困っている」と泣きつかれたからで、どうにも困っている人は見捨てて置けぬ所があるようだ。


酒はザルで、珍陀酒チンタしゅ(赤ワイン)も堪能する。


男は元々力を入れていた水軍にテコ入れをするために、鉄甲船を作らせた。

その威力は大したもので、最強と言われた村上水軍も太刀打ちできなかった。


「長州とやりあえるなんざ、こりゃあ乙だね。そうせえ侯もビックリだろうよ!」

男は、あはははと声を上げて笑った。


更に

「何だってぇ!湯風呂に入った事がねぇのかい?」

男は驚いて言った。


「そりゃあ、温泉にいかにゃあなんめぇよ!」

そう言うと嬉しそうに笑った。


蝦夷地えぞちに居た頃は、部下を連れてよく行ったものさ。皆、とてつもなく頑張ったから、こかぁ一発ご褒美ってことでさ!」


 春爛漫、主従うち揃って湯治とうじに出かけた。古参の武将達も大喜びでウキウキしている。


「何とよき主人に仕えておることよ。」


主人の人気は陰りを知らない。



ところが間も無く、鷹狩りの途中、主君の躍進やくしんを面白く思って居ない某勢力に矢を射られた。

つい今し方迄、小姓相手に面白おかしく来るべき世のことを話しつつ、策を練っていたのに。


小姓たちは駆け寄り、馬から主君を下ろした。


「天下が定まったら、選挙をしようかと思っておったのにさ。」

「殿!」


泣く小姓たちに、相変わらずの苦みばしった男前の顔で笑いかけた。

「貴様らの努力は、報いられる。信じて励むんだぜ!」

「殿ぉ!」


それから、息絶え絶えに辞世の句を詠んだ。


近江海おうみのみ たれぬし言問こととわえば 珍陀酒チンタしゅ 干し柿 金平糖」


ガクッ

主君は首を垂れた。



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