第23話 カラオケ

 幹線道路沿いにある三階建てのビルには、三つの店舗が入っていた。

 一階に、岩盤浴の出来るスパのようなものとビリヤード場。二階と三階に、カラオケ店といった具合だ。


 ちなみに、カラオケ店のある二階には、幹線道路沿いの方にある入り口から入れて、逆に一階に用のある人間はもう一方の入り口――細い住宅道路に面した方から入ればいい。もちろん、エレベーターはあるので、どちらから入っても、お目当ての場所には結局は行き着けるのだが……。


 喫茶店を出た後、俺は岡崎おかざきに誘われ、カラオケ店に来ていた。


 慣れた様子で手続きをする岡崎を尻目に、俺は自分の置かれた現状を振り返ってみた。


 女の子と二人でカラオケ。しかも、相手は岡崎。有り得ないとまでは言わないが、それに近い状況ではあった。


 別に、俺も女の子とカラオケに行った事がないわけではない。しかし、そういう時は決まって複数人での行動だし、尚且つ、男友達も一緒だ。まぁ、百歩譲って、江藤がこの場にいるなら、俺も動揺せず普通にカラオケを楽しめるだろう。問題は、〝二人〟という所にある。


「二時間でいい?」

「え? あぁ。うん」


 いかん。少しぼんやりとしてしまっていた。これじゃ、俺が必要以上に、この状況を意識しているみたいじゃないか。岡崎と俺は友達。友達同士でカラオケに行くのは、何もおかしい事じゃない。普通。普通。


「特に希望の機種とかあった?」

「ないよ」

「そっか。じゃあ――」


 岡崎が伝票を受け取る。どうやら、受付が終わったようだ。


「何号室?」


 振り向き、こちらに寄ってきた岡崎に、部屋番号をたずねる。


「三〇一だって」


 という事は、三階か。


 横幅の広い階段を登り、三階に上がる。


 そのまま右か左に行くと、プレミアムルームのあるフロアーへ。しかし、今日はそちらの方には用がないので、体を反転させ、逆方向に向かう。


 土曜の昼前という事で、部屋はそれなりに埋まっており、扉の閉まった部屋が多く見受けられた。


「三〇一。ここだな」


 扉の横に取り付けられたプレートで部屋番号を確認し、中に入る。電気をけ、デンモクとマイクをテーブルに置くと、部屋の奥に進み、俺はソファーに腰を下ろした。


「どっちから歌う?」


 扉を閉めながら入ってきた岡崎が、ソファーに座ったのを見て、そう声を掛ける。


「ここは城島きじま君が先に」

「いや、岡崎が」

「いやいや、城島君が」

「いやいやいや――」


 これ以上のり取りは不毛と思い、結局、俺の方が折れる事に。


 比較的自信のある曲を頭の中でリストアップし、その中からしょぱなから歌えそうな物を更に絞り込む。


 曲によっては、あるていど喉が出来上がってからでないと歌えないものもあるし、その時の雰囲気や流れも選曲時には考慮しないといけない場合もある。まぁ、よく行くメンバーなんかが相手だと、何も考えずに入れる事もあるが、今日は岡崎が相手なのでさすがにそれはしない。


 デンモクに曲名を入力し、送信する。


 俺が最初の曲に選んだのは、ドラマの主題歌にもなった男性アイドルグループの歌だった。この歌は結構歌っており、まず失敗する事がない。安心の一曲だ。


 一曲目を無難に歌いきる。自己採点は八十点といったところだろうか。


すごいね、上手」


 パチパチと岡崎が、俺の歌に対して拍手をしてくれる。


「どうも」


 否定するのも違うかなと思い、軽く頭を下げる。正直、かなり気恥ずかしい。


 二曲目の題名が画面に映り、岡崎がマイクを持つ。


「うまく歌えるか分からないけど」

「お手並み拝見といこうかな」


 緊張しているらしい岡崎をリラックスさせようと、あえて茶化してみる。


 岡崎が選んだ曲は、CMソングにもなったあの女性シンガーの歌だ。ギターを弾き語って歌う様子が印象的だった。


「――ッ」


 その第一声を聞き、思わず、画面に向けていた視線を岡崎に向ける。


 上手うまいという言葉では言い表せない程、岡崎の歌は凄かった。鳥肌が立ち、言葉を失う。今まで聞いてきたカラオケとはまるで桁が違った。


 岡崎が歌い終わり、マイクを机の上に置く。


「あれ? どうしたの?」


 放心状態だった俺の意識が、岡崎のその声でようやく元に戻る。


「岡崎って、歌上手かったんだ……」

「え? そんな事ないよ」

「そんな事あるって。何て言うか、感動した」

「もう。ヤダな。城島君ってば、大袈裟おおげさなんだから」


 照れながら、微苦笑を浮かべる岡崎。


 なんだか完全には俺の気持ちが通じていない様子だが、これ以上告げても岡崎が照れるだけだろうから止めておこう。


 ……しかし、この後、俺は何を歌えばいいんだろう。

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