戦場の霧 ~異邦の狙撃手 志茂 平経~

阿部 公一郎

第1話 嫌われ者の娘



 ポランレフ=リエトヴァ共和国

 ヴェンデンスキー県 マリエンハウス



撃ち方用意トゥーイ! 構えツェル!! 撃てオギナ!!」


 私が馬上から声を上げると、十五人ずつ、直立した二列横隊の燧石銃兵フュージリアが引き金を引き、前装式銃マスケットから白い硝煙と銃声がとどろき、金切声が響いた。

 腕や太股ふとももと変わらない太さの幹をした針葉樹が並ぶ森の中は、緑よりも雪の白が多かった。


銃剣構えドゥ・アタク・ブロンニ!!」


「フラー!!」


 燧石銃兵フュージリアたちが声を上げながら銃剣のついた前装式銃を槍のように構えたので、私は軍刀サーベルかかげて叫んだ。


突撃シャルジャー!!」






「プラテル少尉!」


 戦闘が落ち着いたと思ったときに声を上げたのは、私より階級が一つ低い中年のロベルト曹長だった。前装式銃マスケットではなく、パイクを持つ曹長は、森の中を駆けて逃げる二つの小さな影を指差した。


 それを確認した私は、片刃の軍刀サーベルの峰を肩にかつぐように乗せた。乗馬用のむちを扱うように軍刀サーベルを持てば、馬上の揺れで自分や馬のことを斬りかねないからだ。

 女が股を開いて馬に乗るなど、はしたないと言われる時代。下衣ズボン穿く機会などほとんどないので、婦人用の横乗り鞍サイド・サドルで片側に両足を寄せて乗馬する私は、馬の腹を蹴ることが難しい。そのため、左手だけで手綱たづなあやつって馬をった。


 馬の先にある二つの影は、二匹の小悪鬼ゴブリン

 六、七歳児ほどの身長をして、緑色の肌をした小悪鬼ゴブリンは、破れて汚れた布をまとい、腰紐でしばっていた。少し走って逃げただけで、足の速さや体力の個体差から、二匹の間には距離が生じていた。


 私の乗っている馬は、乗り手の言うことをよくきく賢い馬だった。それでいながら、攻撃的だ。小悪鬼ゴブリンへと一直線上に狙いを定めると、そのまま遅れた一匹を背後から踏みつぶす。

 鼻息を荒々しく満足げに頭を小さく揺らすと、次はお前の番だ、とでも言うかのように私が手綱たづなあやつることもなく自分から逃げる小悪鬼ゴブリン馬体ばたいを寄せた。


 残された一匹は、牛かいのししか、動物の頭蓋骨を頭にかぶって、武器であろう棍棒を斜めに背負っていた。

 馬の走る勢いがあるとはいえ、軍刀サーベル頭蓋骨の兜ヘルメットを私の片腕で割るのは難しい。ましてや、馬に揺られながら、頭蓋骨と棍棒の隙間にある首筋を、器用に狙うのはもっと難しい。

 そのため、ボートの上で水面みなもを手でくように、追い抜きざまに顔面に軍刀サーベルを振り落とすと、耳をつんざく叫び声を背中に受けた。

 軍刀サーベルを鞘に戻して馬を向ければ、そこには、顔面を押さえて小悪鬼ゴブリンがのたうち回っていた。

 私は鞍に差していた前装式短銃ピストルを引き抜いて、銃口を小悪鬼ゴブリンへと向けて引き金を引いた。



「村や畑を荒らしていた小悪鬼ゴブリンの群れは、全滅させました」


 馬から降りて、小悪鬼ゴブリンの死体で満載にした三台の荷車を一瞥いちべつして報告する。


「あの、……小悪鬼ゴブリンの死体を村に持って来られましても」


 荷台の下にできた大きな血溜まりを見て、村長が引き気味に答えた。


「山の中に放置しても竜や狼を引き寄せ、森の中で燃やしたところで森林火災になりかねないので。処分は、そちらでしてください」


「軍の方で引き取っていただくには」


「無理です。もう、いいですか?」


「えっ、あっ、はい」


「ロベルト曹長!」


 名前を呼ぶと、曹長は馬の横で両手を組んで足場を作る。私は、そこに左足を載せると、はずみをつけて馬に乗った。






 馬に乗って先頭を行く私の背後を、男たちが歩いて続く。前装式銃を左手に乗せて肩に担ぐ二列縦隊の燧石銃兵フュージリアの中で、古参のロベルト曹長だけがパイクを担いでいた。私も含めて黒い三角帽子トリコーンを被り、赤い軍服を着ている。

 村の中を通り過ぎるときに、村人たちのひそめ声が聞こえてくる。


「まあ! 女の子が軍人をしているの? 綺麗な金髪を、あんなに汚して」


「女が軍隊にいるなんて、大丈夫か?」


「顔に血を付けて、貴族の娘の軍隊ごっこか。あれじゃあ、嫁の貰い手なんかいないだろう」


「馬鹿言え! あれは、プラテル将軍の娘らしいぞ? 普通にしてても、嫁に欲しい奴なんざいないんだから好き勝手やってるんだろう」


「プラテル? 大洪水戦争で交渉も失敗して、撤退にも失敗したプラテル将軍の娘?」


「そうさ。あいつの父親のせいで、ここらへんはルーシに荒らされちまったんだ」







「相変わらず、好き勝手に言ってますなあ。腹は立たないんですか?」


「立つに決まってるでしょ」


 村を出ると、私のすぐ後ろををく歩ロベルト曹長がいた。曹長は、もみあげを巻いた白いかつらかぶっているが、おじさんが若いころに流行った格好をしているようにしか見えなかった。


「これだけ小悪鬼ゴブリン狩りをしても、まったく感謝もされないとは」


「敗軍の将の娘が小悪鬼ゴブリン退治で汚名返上できるなら、私は、とっくに国王陛下の近衛か、第一れん隊のれん隊旗手だ」


 それを聞いた兵士たちは、冗談と思って笑った。

 ワルシャワ王立士官学校を十六で卒業して一年。

 私が男で、父親の汚名がなければ冗談ではなかっただろう。常設されるれん隊は、その数字が小さいほど精鋭で、士官学校を出た少尉はれん隊旗手となり聯隊旗を持つ役目を負った。もし、聯隊旗を地面に触れさせようものなら殴り飛ばされる。それほど重大な役目であり、出世への第一歩だった。

 ところが、私の赴任先は、ポランレフ=リエトヴァ共和国の北にあるマリエンハウスを衛戍地えいじゅちとする第七聯隊。


 首都ワルシャワから直線距離で八百四十ラファニ七百キロ以上離れたザイヨン帝国と国境を接するリエトヴァ王国最北の地。

 任官から、分かりやすい左遷である。私以外にも、父の元で戦った王党派と言われるポランレフ人が各地にりになり、ロベルト曹長も、その一人であった。

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