Fine
放課後、僕は彼女に殺される。
高校二年生の夏休み。休みとは名ばかりの課外授業が行われているこの高校で、椿本岳は、今日も勉学に励んでいた。
とは言っても、タイムリープのせいで、既に受けた授業を再度受けているに過ぎず、彼はつまらなさそうに大きな欠伸をしてみせる。
すると、偶然にも一人の女子生徒と目が合って、大きな口を開けたあほらしい顔を見られてしまい、すぐさまその口を閉じた。
その女子生徒の名前は、笠嶋真琴。成績優秀、容姿端麗の彼女は、男嫌いでも有名だった。
ただの平凡で、眼鏡をかけた男子の岳とは正反対とも言える存在の彼女だったが、二人は付き合っていた。
そして二人には、普通の恋人同士ではあり得ない、ある秘密があった。
放課後になると、彼女はさっさと教室を後にする。
彼女が向かった場所は分かっていて、彼も後を追うように教室を出て行った。
数学科準備室と書かれた表札の部屋に辿り着いた彼は、ドアの前で一度立ち止まった。
その場で軽く深呼吸をした後に、ドアノブへと手を伸ばし、ゆっくりとドアを開ける。
数学の専門書がずらりと並んだ棚と、長机とパイプ椅子が備え付けられた部屋。
その部屋で一人、彼女は座って彼の事を待っていた。
そして、彼が部屋に入るなり、彼女は苦言を呈する。
「今日授業中に大きなあくびをしてたけれど、そんなに勉強が退屈だったの? そうよねえ。私とこの部屋で勉強してこなかった四か月間、ツバキくんの成績は下がる一方だったものね。余程、私と勉強した時間も苦痛だったのね。ごめんなさい。無理やり勉強をやらせたりして」
「無理やり勉強をさせられたわけでは……」
「そう? じゃあ、田辺くんと毎日ゲームばかりしてたのが原因かな? あの人との付き合い方もちゃんと考えた方がいいかもしれないわね」
「……はい」
彼女の言い分は正しくて、反論できるわけもなく、彼女と対面するパイプ椅子に座りながら、岳は自らの頭を下げる。
親を目の前にしている気分を味わいながら、思わずその言葉が口から出てしまう。
「なんか今のお母さんみたいだ……」
「……別にそういうつもりで言ったんじゃないし、それに……そういう意味でいつも『おかえり』って言ってるわけでもないから」
殺された後、時間が巻き戻った時に彼女はいつもそう言って彼を迎えてくれる。
――確かに、それもお母さんっぽいよな……
そう心中で呟きながら、彼女が家で出迎えてくれる場面を想像すると、悪い気は全くしなかった。
妄想に勤しむ彼を見ながら、彼女はムスッとした表情をしたが、その後すぐに顔を赤らめながら、その言葉を口にする。
「あと……せっかくなら同じ大学に行きたいじゃない?」
「……!?」
彼女の口から、そんな言葉が飛び出すとは思ってもみなかった彼は、すぐさま鞄の中から勉強道具を取り出して、ペンを握った。
俄然やる気が湧いて出てきたようで、黙々と勉強し始める彼の様子を、彼女はクスクスと笑いながら見ていた。
そして、彼女は急に立ち上がって、彼の元へと近寄っていく。
「でも、勉強の前に、やることは済ませておかないと」
そう言って、彼女は彼を立ち上がらせると、本棚の方へと彼を追い詰めていく。
「やることって……」
わざと惚けてみせる彼を無視しながら、彼女はナイフを右手に持った。
――そうだ。やることなど、疾う昔に決まっている。
そのナイフを彼の顔の輪郭に沿って動かしていくと、顎のところでその手を止めて、真っすぐにその切っ先を落としていく。
――彼女は僕を殺すことが好きで、僕は彼女に殺されることが好き。
胸の辺りでその手を止めた彼女は、そのままナイフを彼の胸めがけて振り下ろした。
――僕らこの不可解な関係は、一生変わることなく続いていくのだろうか。
――放課後、僕は彼女に殺される。
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