(2)

 姉の真琴。そして、彼女の妹である光琴みこと

 こんなにも分かりやすい名前で、真琴の面影を彼女の顔立ちから感じていた。にもかかわらず、岳は二人が姉妹である事に気がつかなかった。

 自らの鈍感さを嘆いた後、彼は、どうして彼女の方から自分に接触してきたのか、気になった。


『妹として、聞いておかないと、いけないことがあるんです』


 同じ高校の後輩としてではなく、真琴の妹として、彼女は岳に聞きたい事があるようだった。

 当たり前だが、聞かれるのは真琴との関係についてだろうと、岳も予想する。

 殺されるのを代償として付き合っている事などの詳しい話は避けつつ、彼女に理解してもらおうと思っていた。

 家族である姉の事を心配する気持ちは、岳も分かっているので、いいかげんな対応はできない。


「先輩はどうなんですか? 今日の放課後、時間とれるんですか?」

「それは、真琴さんに聞いてみないことにはわかんない……かな?」


 本当の事なので正直にそう答える岳を、彼女は睨みつける。

 彼が初めて会った時の彼女と、全く変わらない表情だ。


「そうですか! じゃあ、もし姉に聞いてダメだったら、放課後、あたしのとこに伝えに来てください! 校門で待ってるので! 以上!」


 姉の呼び方が癇に障ったようで、声を荒げた彼女だったが、岳はそれに気づいていない。

 ただ勝手に怒り出して、大きな足音を立てながら、去っていく人にしか見えていなかった。


 ――ホントに心配してるのかな……?


 姉の心配と岳への怒りは別問題なので、彼が不安に思う必要などない。

 同時に彼が光琴の気持ちを理解するには、相当な時間を要するのは間違いなかった。




 中庭にいる理由も無くなった岳は、教室へと戻る。

 すると、教室の扉の前で、真琴が英語の単語帳を開いて、立っていた。

 彼が戻ってくるのをそこで待っていたらしい。


「光琴には会えた?」


 彼を見るなり、彼女はそう尋ねかけた。

 光琴が教室を訪れた際、教室にはいなかった岳の居場所を真琴が教えたのだった。

 妹がちゃんと、岳と会えたか心配していたようだ。


「うん。僕の居場所、妹さんに教えてくれたんだね」


 「ええ」と言って、教室に戻ろうとする彼女を、岳は呼び止める。


「真琴さん! 今日の放課後、時間作ってほしいって妹さんがお願いしてきたんだけど……大丈夫かな?」

「別にいいけれど、その分明日は…………いいえ、なんでもないわ」


 言おうとしていた事を言うのをやめてしまった真琴。

 いつもの彼女なら、「その分明日は、覚悟しておいてね」と、明日は今日の分も殺してあげるというような事を言うはずだった。

 それを聞いた岳の反応を、彼女は楽しんでいたのに、何を思ったのか、途中で言うのを切り上げた。

 やはり、最近の彼女の様子はおかしかった。


「なんでもないって?」

「言葉のとおりよ。それよりも、ツバキくんは放課後の用事について、心配した方が良いんじゃない? 光琴って私より面倒くさい性格してるから」


 それは自分の性格も面倒くさいという前提の元、成り立っている事に、彼女は気づいているのか。

 気づいた上で自虐要素も含ませた発言だったのか。


 反応に困っている岳の様子を楽しそうに見ながら、彼女は教室に入って、自分の席に戻っていった。

 普段と変わりない彼女の姿だったが、それを無理やり演じたようにも、彼には思えていた。


 ――やっぱ、謝らないとなぁ……


 不快にさせてしまったなら、謝るのが一番良いだろうが、それだけで解決するのかも怪しい。


 ――あ。木下の事も言わなきゃだった……まあ、それは明日でもいいか。


 木下には明日まで、真琴の冷たい態度に耐えてもらおうと思いつつ、岳は自分の席へと戻るのだった。




 放課後。

 岳が校門へと向かうと、言っていた通り、光琴が待っていた。

 遠目から見ると、ツインテールの可愛らしい女子高生なのだが、口を開くと、暴言しか出てこない荒々しい性格の女子高生になってしまう。

 野球部の一年生である奥村は、そんな彼女と付き合えているのだから、誰にでもそんな態度をとっているわけでもなさそうだった。

 自分にだけきつい、彼女との距離感を、岳は未だに掴み切れていない。


「どうだったんですか?」


 彼女は、目を合わせるなり、弾丸のように素早く質問を飛ばしてくる。

 岳は「大丈夫」と言って、言葉を続けた。


「真琴さんから良いって言われたよ」

「自分のことも自分で決められないなんて、先輩って哀れな人ですよね」


 グサッと心に突き刺すような彼女の発言に、岳は自らの顔を歪ませる。

 正論過ぎて、何も言い返せないでいると、彼女は悪びれた様子など一切見せずに歩き出した。


「さっさと行きますよ。友人を先に待たせてるので」


 前に会った時にも同じような事を言っていたのを岳は思い出すとともに、彼女についていく。


「友人って奥村君?」

「違いますよ。女友達です」


 岳と光琴が話している時、その友人はどこか他の場所に行ってもらうか、一緒に話を聞いてもらうかだ。

 しかし、真琴との関係を問い詰める気ならば、友人がいる必要はない。

 むしろ、邪魔な存在になりかねない。

 どういう考えの元で、彼女が友人を待たせているのだろうかと、岳は考えようとして、それをやめた。


 ――流石に……考えすぎだろ……


 彼女を満足させる事は叶わないかもしれないが、最低限、不安を取り除けるようにすれば良いだけだと、自分の役目を再確認した。



 辿り着いたのは、駅の喫茶店。そこは、真琴と木下が話した場所でもあった。

 そんな事など知らない岳は、真琴の妹と共に、その店内へと足を踏み入れる。

 光琴は待ち合わせていた友人を探し、見つけ出すと、その席に駆け寄っていった。


 彼女の性格から、気の強い人物なのだろうと、岳は勝手に想像していたが、それとは逆の雰囲気の女子高生が二人を待っていた。


 長い髪を、肩口で結んで、胸に垂らして、前髪をピンでとめた彼女は、とても大人しそうな見た目をしていた。

 眼鏡を掛けているからか、どこか頭も良さそうで、光琴の友達にしては「意外」という感想が出てくる。

 それを口に出すと怒られそうだと岳は口を閉じて、二人と対面するように、椅子に座った。


「待たせちゃってごめんねー、まいー。こいつが遅くってさあ」

「みぃちゃん、先輩のことを『こいつ』なんて、呼んだらダメだよ」


 友人の言葉遣いを正しつつ、彼女は立ち上がって、一礼しながら、自己紹介を始める。


「椿本先輩。初めまして。私は、みぃちゃんと同じクラスの新村にいむら麻衣まいです。今日はただのみぃちゃんの付き添いとしてここにいるので、二人の話の邪魔にならないようにしてます」

「こちらこそ、初めまして。椿本岳です。ご丁寧にどうも」


 岳も釣られて立ち上がり、礼をすると、彼女は愛想よく、にこりと笑いかける。

 こんなにも真面目な子が横にいる中で、変な事を聞かれはしないだろうと、岳は安心した。


「あたしはミルクティーのアイスで、あんたは?」

「アイスコーヒーで」


 「みぃちゃん?」とまた、新村が呼び方を注意するが、彼女は「はいはい」と言って、それを受け流す。

 岳ももはや、彼女になんと呼ばれようとも、暴言でなければどうでもよかった。 


 新村は既に、ホットの紅茶を飲んでいたので注文はなく、二人の前に飲み物が運ばれてきてから、光琴は話を始める。


「今日、あたしがあんたを呼んで話をしたい理由。分かってますよね?」

「真琴さん関係のことだってのは分かるんだけど、その内容までは……」


 それを聞いた光琴は、わざとらしく大きなため息を吐いてみせる。

 彼女にしてみれば、岳の察しが悪いらしく、眉間にしわが寄せて、不機嫌な表情をし続けている。


「じゃあ、言わせていただきます。姉と別れてください!」

「それはできない」


 岳が即答すると、こんなにもすぐに、言葉を返されるとは思っていなかったのか、光琴は驚いてみせた。

 その様子を見ながら、岳は話を続ける。


「それは、僕と真琴さんの問題だし、たとえ姉妹であっても、そこに口出すのはよくないと思うよ。けど、理由は聞いてみたい。どうして、僕と真琴さんに別れてほしいの?」


 岳の言葉に、彼女の不機嫌だった表情が、真剣に彼と向き合うものへと変わった。


「意外としっかりしてるんですね……先輩の言う通り、あたしが口出ししちゃいけないことだってのは分かってます。でも、あたしは、先輩よりも姉のことを分かってるつもりです。姉が……あんな酷い目に遭った姉が、男の人と普通に付き合えるとは、あたしには到底、思えないんです。絶対に普通の恋愛じゃなくて、無理やり付き合ってる。だから、姉とは別れてください」


 彼女の言う通りだった。

 岳と真琴の関係は、普通の恋愛とは言えない。

 しかし、そんな現実はとうの昔に突きつけられていて、それでも、彼女の助けになろうと、岳は行動を起こそうとしている。

 同じように、姉の事を思って行動した結果、彼女は今、岳と対面している。

 そして、「別れてください」という答えを彼の前で口にした。


「真琴さんと別れることは今はできないし、どういう経緯で真琴さんと付き合っているのかも、僕からは言えない。真琴さんを傷つけることになっちゃうかもしれないから。ただ、これだけは言わせて。真琴さんのことは、僕に任せてほしい」

「任せられそうには見えませんけど……それに、先輩はあたしが何も知らないで呼び出したと思ってませんか?」


 呆れる彼女は、何かを知っているようだった。

 それに、彼女は「別れてください」という言葉を伝えにこの場にいるわけではない。

 岳に聞いておきたい事があると、そう言って呼び出したのだ。


「じゃあ、私からもいいですか?」


 傍観していた新村が、急に二人の会話に入ってきた。

 ただの付き添いとしてここにいると言っていた彼女が、口を挟んだ。

 岳は、その時初めて、彼女がこの場に立ち会っている理由を知る事になった。








「『先輩は殺されてるだけ』って、どういう意味なんですか?」

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