ここは異世界にて御座候

諸行無常

第1話 災い転じて福となす

 その日、田中四郎は勤めている会社を早退し親戚の葬儀へと向かっていた。交差点で信号待ちをしていると突如スキール音が辺り一面に響き渡る。どうやらブレーキの音ではなくハンドルを切った時のスキール音らしい。車がハンドルを切りこちらへ向かい始めた所だった。


 あの顔は忘れない。その車は人を跳ねながらこちらへ向かって来る。人を避けようとしているのか跳ね飛ばそうとしているのか分からない。ただ、驚嘆したような顔をした運転手からすれば自分の行動が予想外の行動であったことが窺える。痴呆老人が運転しているのか、だとすれば老い先短い痴呆老人にまだ先の長い俺が殺されるのは納得いかない、四郎はそんなことを考えながら老人を見つめていた。そして避ける機会を逸した四郎は空中を舞っていた。これで終わりだな。四郎は最後にそう思った。次の瞬間コンクリートに直撃した頭は破裂し脳漿をまき散らしていた。


 目を覚ました四郎は、周りが良く見えない事に気付いた。脳をやられ視力が低下したのだろう、そう予測した四郎は原因を医者に聞くまでは目を閉じ周りをあまり見ない様にした。体も動かない。起き上がる事も出来ない。幸い、点滴等の管は繋がれていない様だ。痛い所も無い。ただ思うように体が動かないだけだった。


 誰かがやって来た。しかし良く見えない。顔が分からない。多分医者だろう。しかし眠い。そのまま眠りについた。目がさ編めれば食事を与えられる流動食の様だ。それほど体が悪いのだろうか。医者が来た時に聞こうと思うがうまく言葉が出ない。何も聞けない。


 暫くすると、漸く目が見える様になってきた。医者が着た様だ。やっと医者

に聞けないにしても書いて意思を伝えることは出来るだろうと四郎は考えた。しかし、医者を見た四郎はどこか懐かしい医者に疑問が生じた。そもそも医者なのだろうか。ここは何処だ。医者の頭には見た事は無いが見慣れたものがあった。そう見た事は無いが見慣れた物、それはドラマでは良く見ていたあれであった。そうそれは丁髷ちょんまげだった。疑問が渦の様に湧き上がるそれと同時に四郎に事故の後の記憶が蘇った。



 目を覚ますとそこには見たことのある顔があった。記憶を辿る、誰だっただろうか。四郎は思い出した。そうだ、あの車の運転手だ。のこのこお見舞いに来たのだろうか、もし、手足の一本でもなくしていたら許さないと決心し話をすることにした。しかし、体を見るとどこも怪我もしていない様だ。痛い所も無い。運転手は話し始めた。


「本当に済まん事をした。」


「いや、誤っても許せない物は許せないでしょう。」


「いや、本当にすまん。俺はお前が居た世界とは別の世界の神だ。」


「は?もうボケちゃいましたか。だから事故ったんでしょうが、本当に事故だったのですか。殺意があったとかじゃないのですか。」


「いや、本当に事故じゃ。殺意などありゃせんかった。そして俺は本当に神だ。お前は俺のせいで死んだ。謝っても許せぬ事は良く分かる。俺がお前の立場なら相手を殺してやる所じゃな。わしのせいで死んだ者が十数名居る。その者たちにわしの世界で転生できるようにした。だからそこで生きてはくれんか。」


「あなたの世界で生きろと言うのですか。俺が今まで築き上げた物全てあなたの所為で捨てて、あなたの世界で生きろと?」

「そうじゃ。」

「だとしたら、その世界で生きていく上で楽に生きていく為のチートな能力を貰えませんか。例えば魔法とか。」


「分かった。魔法と他にも特別な能力を授けてやろう。」


「もしかしてあなたの世界と言うのは剣と魔法と暴力の支配する世界ですか。」


「そうじゃな。剣と暴力の支配する世界じゃな。」


「分かりました。あなたの世界で生きます。よろしくお願いします。ところであなたの世界はどういう世界ですか。」


「俺の世界は、この世界とは多重世界の一つだな。パラレルワールドだ。そのパラレルワールドは少しずつ時間がずれている。だから俺の世界とこの世界は少々時間がずれているから文明は未だ未発達だ。だが頑張れよ。チートな能力があるのだから。」


 四郎は異世界の剣と魔法と暴力の支配する世界に憧れていた。不幸中の幸いと言うべきか臨んだ異世界に行くことが出来る。周りは金髪の美女が沢山いるだろう。魔法で戦い相手をチートな魔法で打ち負かせるだろう。そして金髪美女のハーレムを作れるだろう。パーティーを組んでダンジョンを探検する。冒険者ギルドにも登録する。上手く行けば貴族になれるかも知れない。俺も生まれ変わればこの日本人顔とはおさらばして北欧風の彫の深い顔に生まれ変わるだろう。多分金髪だろうな。やった、整形なしで北欧風の顔になれる。周りも北欧風の金髪美女ばかりだろう。スタイルもボンキュッボンだ。ケモミミもいるはずだ。絶対にモフモフしてやる。エルフも楽しみだ。巨乳のエロフも居るだろう。本当に楽しみだ。早く来い来い、異世界だ。そんな楽しみを待ち焦がれながら四郎は眠りについた。


 そうだ、俺は転生したんだ。金髪美女は何処だ?西洋風のお城は?建物は?周りにいる男は全て丁髷をしていた。堀の深い西洋風の顔ではなく平らな日本人顔ばかりだ。女性が来た。母親だろうか、乳母だろうか。年齢に鑑みれば乳母か。目は一重の平たい日本人顔だ。四郎は落胆した。これでは自分も平たい日本人顔なのはま違いないだろう。金髪ではないに違いない。

 周りを見回すと日本風の建物と畳。電灯は無し。そう言えば元の世界と比べれば遅れていると言っていた。これでは冒険者ギルドなど無いのではないか。金髪美女とバーティーを組んでダンジョンで戦う事も出来ないんじゃないのか。金髪美女とのハーレムは?エロフは何処?ケモミミは?四郎は生後数日にして落胆した。


 男が何かを言っている。


「お前の名前は吉法師だ。この俺、小田弾正忠信秀の息子だ。」


 そうか吉法師か。どこかで聞いたことがあるな。でも、眠い。

 四郎は再び眠りについた。



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