【KAC8】お題:3周年

第8話 これが世に言う異世界ハーレムならば、俺はちっとも嬉しくなんかない!!

「3周年記念パーティ……?」


「そ。異世界あそこに私が着任してもうすぐ3周年なのよ。だから、ささやかながら祝いの場を設けて、そこにアンタ達を招待してあげようと思って」


 例によって、みちるとの良い雰囲気が最高潮となったところで登場した駄女神セイシェルの言葉。

 最近はイチャラブモードに突入すると、唐突に現れる光の扉からこいつが登場するんじゃないかと身構えてしまい、イチャラブにイマイチ集中できなくなってるんだよな……。

 いつ出てくるかと戦々恐々としながらイチャラブを続けるより、いっそお約束どおりに出てきてくれた方がスッキリする。

 みちるもそれは同じのようで、彼女の控えめな膨らみにセーター越しに触れていた俺の手をそっと外すと、苦笑いを浮かべて駄女神に視線を移した。


「3周年記念パーティって、いつどこでやるの?」


「来週、こっちの世界にある私の超豪華マンションで行う予定よ」


「ちょっと待て。異世界着任3周年記念パーティなのに、なんでこっちで開催するんだよ? そもそも3周年ってそんなに記念すべき数字なのか?」


「細かいところをいちいち気にする男ね。こっちの世界の方が美味しい食材や便利でオシャレな設備が整ってるでしょ。異世界着任前は五百年ほどこっちで女神やってたから、私も何かとやりやすいのよ。3周年ってのは、私の気分が今ちょうど盛り上がってるからってだけだけど、何か不服でも?」


 不服というか、衝撃的すぎねーか!?

 三年前ついこの前まで、俺らの世界の女神がこいつだったなんて……(震え)

 きっと何か大失態をやらかしたせいで、安全安泰なこっちの世界からハードモードの異世界に左遷されたに違いない。


「どうせ異世界でも数百年って任期があるんだろ? だったら3周年記念だなんてささやかな祝いをせずに、200年とか300年とかの節目で記念しろよ。俺らが一生招待されることのないようにな」


「ひどーい! 私のパーティに呼ばれるのがそんなに嫌なの!?」


「当たり前だろっ!? お前に関わると、いつもロクなことがないじゃねえかっ!」


 ほんの半月前だって、こいつに助けを求められて異世界の危機を救ったっていうのに、俺はその直後に聖獣(見た目ほぼトリ)のつがいにされそうになったんだ。

 みちると逃げ回っている最中に暴れ馬に二人揃って跳ね飛ばされてこっちに戻れたからよかったものの、こいつに関わるのは生命と貞操、両方の危機に繋がるんだ。


 いつもならば、俺の口撃なんてノーダメージのくせに、駄女神セイシェルは碧眼に涙を溜めて俺とみちるを交互に見やる。


「たった一人で何百年も赴任先の栄枯盛衰を見守り続ける女神なんて、孤独そのものなのよ。天部の神々は皆上司か同僚で仕事上の付き合いしかないし、心を許せる友人なんていない。それでも、魔王討伐とかカラス退治とか聖獣カドカワンの進化とか、沢山の労苦を共に乗り越えたアンタ達には、今まで誰にも感じたことのない情が湧いてきているのに……」


「う……」


 男は女の涙に弱い。

 ましてセイシェルは、黙っていれば確かに女神然とした、気高く可憐な容貌の持ち主なのだ。

 そんな駄女神に見つめられると、身に覚えはないはずの罪悪感がふつふつと湧いてくる。


「ねえ、ハルト……。こっちの世界なら、ハルトがトリに迫られることもフクロウに変身しちゃうこともないし、パーティくらいは付き合ってあげようよ」


 困ったような笑顔を浮かべ、小首を傾げて俺を見上げるみちる。

 まったく、異世界でテイマーになるだけあって、みちるは慈愛に満ちている。

 こんな駄女神にまで優しくしてやることなんかないんじゃないかと思いつつも、こんな彼女だからこそ、俺はものごごろついた時からずっと彼女を好きだったんだろうなとも思う。


「……わかったよ。パーティには行ってやる。ただし、金輪際異世界に行くつもりはないから変な企みはするなよ!」


「私の記念パーティに変な企みなんか仕込むわけないでしょう!? 女神の威信にかけて楽しいパーティを企画してみせるわ!」


 さっきの涙は嘘泣きだったのかと確信できる程に一瞬で表情を変えたセイシェル。

 参加を承諾したことを俺が後悔するよりも早く、鼻息荒くそう宣言して光の扉をバタンと閉めていなくなった。


 ☆


「すっごく綺麗でおしゃれなマンションだね……」


「異世界の駄女神がこんな豪邸に住んでるなんて、世の不条理を感じるな」


「何言ってるのよ。大役を果たしてるんだから、このくらいの待遇は当然でしょ」


 魔王討伐とか魔族との戦いとか、危険なことは俺らにやらせときながら、どの口がほざきやがる。


 そうツッコミたいが、一応今日はこいつの祝いの席だからと我慢してやることにした。

 無駄にハイクオリティな内装のエレベーターが最上階に停まると、女神は俺たちを最奥の部屋へと案内した。


「さあ、ここが私の自宅よ」


「お、お邪魔します……」


 扉を開けられ、みちると共におずおずと中へ入る。

 大理石の敷かれた無駄に広い玄関で靴を脱いでいると、パタパタとスリッパの音が聞こえてきた。


「セイシェルさま、おかえりポ。ハルト、ママン、いらっしゃいポ!」


「……え?」


 靴を揃えて振り返ると、駆け寄ってきたのはエプロンを着けた金髪ツインテールの超美少女だった。

 花が綻ぶような笑みを浮かべた彼女が、呆然と見蕩れる俺の腕に自分の腕を絡ませる。


「ハルト、会いたかったポ! ハルトのために腕に寄りをかけた料理を用意したポ! 」

「ちょっ……!? ハルト、この子誰っ!?」

「お、俺も知らねえよっ!」


 随分と馴れ馴れしいが、俺は本当にこんな美少女胸も結構ある知らない。

 セイシェルって呼んでるとこを見ると、駄女神のメイドかなんかだろうか。

 そう考えると、以前どこかで会ってるような気がしなくもないな……。

 しかし、なぜ語尾に「ポ」をつけてるんだ?


 目を吊り上げて俺と美少女を睨みつけるみちるを宥めたいのに、美少女は俺をぐいぐいと奥へ引っ張っていく。

 案内された部屋のテーブルには美味そうな飯がこれでもかと並べられていて、白い壁には “女神セイシェルさま降臨3周年おめでとう!!” と書かれたプレートが派手に装飾されていた。


「さあ、四人でこれまでの功績を賞賛し、今後のますますの活躍を祈念しましょう!」


 シャンメリーを開封しながらホクホクした笑みを浮かべるセイシェル。

 無駄に沈み込むソファに俺を座らせ、腕を組んだままその隣に陣取る美少女。

 楽しそうな二人とは対照的に、燻したような黒いオーラを放ち俺を睨みつけるみちる。


 この状況は魔王との決戦以上に危機感を感じるぞ。

 すぐにみちるの誤解を解かねばっ!


「おい、セイシェル! 乾杯の前に、この子が何者なのか教えてくれよ。さっきからやたらと馴れ馴れしくて困ってるんだが」


 絡め取られた腕をなんとか引き抜き、彼女と距離を空けて座り直すと、金髪美少女はぷうと頬を膨らませた。


「馴れ馴れしいのは当然ポ! ウチとハルトはつがいになる運命なんだポ」


「はあっ!? なんだよ、それっ!?」


「ちょっと待って! 番って……」


 何が何だかわからず、それでも何だか心当たりが見えてきたような気がし始めて狼狽える俺たちに、金髪美少女がにっこりと微笑む。


「お察しのとおり、ウチは聖獣カドカワン。ハルトと番になるために、こっちの世界に転生してきたポ」


「な、なんだってぇっ!?」

「あなた、トリなの!?」


 この美少女が、あの丸っこくてちょっと間抜けな風貌のトリだって言うのか!?


 空いた口が塞がらないとは、まさにこのことだ。

 愕然とした俺とみちるの前で、シャンメリーを飲み始めた駄女神がニヤニヤしながら補足を入れる。


「魔王の再誕を目論む魔族の攻撃からカドカワンこの子を守るためには、こっちの世界に連れてきた方が安全でしょ」


「確かにそれは一理あるが……」


「それに、人間の姿に転生すれば、こっちでハルトと子づくりできるってセイシェルさまが言ったポ」


「おまっ、トリに何てこと吹き込んでやがる!!」


 思わず立ち上がってそう叫んだ俺とほぼ同時に、みちるも立ち上がってトリと向き合った。


「トリ! ハルトはあなたのテイマーであるあたしと恋人同士だって知ってるよね!? いくらトリでも、大切なハルトをそう簡単には渡せないよ!」


「ハルトがママンの彼氏なのは知ってるポ。でも、ハルトとママンはまだ番じゃないポ。より魅力的なメスがオスを惹きつけるのは自然の摂理であって、恨みっこはナシだポ」


「うぅ……」


「みちる、落ち着けって! 相手はあのトリだぞ!? それを知ってて、俺がこいつと番になるわけないだろ?」


「じゃあハルトはこの子がトリじゃなければ、可愛くて胸が大きいからって子づくりしちゃうの!?」


「ちがっ!! そういうこと言ってるんじゃ……」


「キャハハ! 賑やかで楽しいわー。パーティはやっぱりこうでなくっちゃ」


「てめえ駄女神ッ!! 元はと言えば全部お前のせいなのに、何ひとりで飯食ってやがる!!」


「ハルト!! もう帰ろう! 」


「ママンは一人で帰ればいいポ。ハルトはトリと今晩ここで過ごすポ」


 大岡裁きの子争いさながらに、トリとみちるが俺の両腕を引っ張りあう。

 容赦のない馬鹿力で腕が引きちぎられそうだけれど、それ以上にヤバいのは、この駄女神のせいで俺(の貞操)にいよいよ逃げ場がなくなってしまったという厳然たる事実なのであった。




 あと二回でどうなる、俺!?

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