第12話 新たな部下たち


 次の日、東の塔に警備隊長から派遣されてきた男たちがやってきた。

 待ち受けていたクローヴィスは男たちの携えてきた書状を受け取った。内容は単純なもので、「この者たちを東塔付きの警備に任ずる」というもの。その下に彼らの名前があったが、それ以外は読むだけ無駄だった。


「……さんにん」


 ひい、ふう、みい。三人。……おかしい、かの老人の言い方では最低十人は来るはずだと見込んでいたのに。

 当てが外れたクローヴィス。ぽりぽりと頭頂部を掻く。

 

「あのじいさん、意外と影響力ねえのか……? いや、俺もか」


 三人引っ張れただけ良しとするか。

 彼はさっさと切り替え、警備隊の衣装に身を包む三人組に目を向けた。

 一人目はトマスという男。警備隊の割にはがりがりのひょろひょろ。針金のような細さ。しかし、人柄はよさそうで人懐っこくにこにこしている。

 二人目はヤコブという男。こちらは服の下からもわかるほどに筋力がついている。動きも敏捷そうで、腰の剣も様になっている。気になるのは銀縁の眼鏡の下にある切れ長の目。クローヴィスを値踏みしているようだ。人相にプライドの高さと扱いづらさが表れている。

 三人目はカシムと名乗った伊達男。ポケットに赤い薔薇が刺さっている(毎日付け替えているのだろうか)。少しだけ顎に髭を蓄えてワイルドさを演出し、目じりの下がった目元が彼の柔和さを引き立てている。戦闘力は警備隊の並みぐらいではないだろうか。女受けは一番よさそうだ。

 この三人組は、警備隊という集団行動を必須とする場所にいたとは思えないほどに、クローヴィスの前でもめいめいに好き勝手な素振りを見せている。

 昨日行った警備隊で見た面々の練度の方が高いだろう。

 クローヴィスが思うに、この三人は……警備隊の落ちこぼれだ。

 落ちこぼれの余り物を押し付けられてしまった。


「よろしくお願いします!」


 トマスは挨拶だけは元気よく。ヤコブはいかにも「お前を大将とは認めねえ」と顎をつんと上げ。カシムはクローヴィスが何も聞いていないのに、「いやあ、俺、人妻に手を出しちゃったのがばれて、警備隊にいづらくなっていたんで助かりましたー」と話し出した。

 なぜ人妻に手を出すんだ。厄介なことになるのは目に見えているだろう。

 彼の疑問の顔に、カシムが主張するには「人のモノだからこそ燃えるんですよ」とのことである。

 なるほど。これは大変そうだ。


「わかった。俺はクローヴィス。リュドミラ皇女殿下に仕える宝玉騎士だ」

「知っていますよ。名も知れない辺境から来た得体のしれない男が名誉ある宝玉騎士に選ばれたと。まさか自分の上司になるとは思いませんが」


 ヤコブが突然口を挟む。


「家柄も実力も私より劣っていると思いますよ。いかにも役不足な上司がいると煩わしい。さっさと宝玉騎士の地位を下りて国に帰られた方がよろしいでしょう。何なら私がじきじきにお手伝いもいたしますよ」

「え、ちょっ、ヤコブさん?」


 トマスが戸惑った声を上げ、カシムはクローヴィスを見ながら仕方がないとばかりに肩を落としてみせる。


「あのですね、こういうやつなんですよ、彼。周囲との摩擦がひどすぎて、飛ばされたんです。高位貴族の家柄で実力も伴っているから始末が悪い」

「……カシム」

「へいへい。下町育ちの庶民が余計なことを申しました、どーぞお許しください」


 慇懃に礼をするカシムに対し、ヤコブは睨みを利かせている。


「……もう。やめてくださいよ。二人とも怖いです」


 トマスは疲れたように芝生に座り込む。

 クローヴィスは山積する様々な課題をひとまずぶん投げることにして、三人組に声をかけた。


「最初に、お前たちが仕えることになる皇女殿下にお目通りを願おう。ついてきてくれ」


 天に向かって突き出ている東の塔。

 内部の石段をのぼる、のぼる……。


「ぜえぜえ、ひいいいいえええええ。も、もうむり……」


 後方で息を切らす気配を感じて振り向けば、人の好さそうなトマスが彼のすぐ背後で石段に這いつくばっていた。

「早くしろよ、のろま!」とトマスの尻を蹴り上げるヤコブ。トマスは涙目になりながらクローヴィスに顔を上げた。


「……運んでやるか」


 クローヴィスはトマスをお姫様抱っこで塔の上まで運んだ。

 トマスは顔を覆ってさめざめと泣いていた。

 トマス。彼の最大の問題点は運動能力に乏しいことである。


「リュドミラ。今日からおまえに仕えるやつらを連れてきたぞ」


 ノックしながら入った皇女の居所。

 ベッドの上で本を読んでいたリュドミラの白皙の美貌が三人組に注がれる。だがすぐに逸らされた。この三人組に興味を持っていないらしい。

 しかし、それでは困るので、リュドミラの元へずんずんとやってくるクローヴィス。本を取り上げ、蝋板と鉄筆を持たせた。

 リュドミラは頬を膨らませて、遺憾を示す。


「それではだめだろ。おまえに仕えることになるんだ、やつらの士気を上げられるのは、俺ではなくおまえだけだ。それに自分の身を守ってもらうわけだから、労をねぎらうのは人として大事なことだろう」


 するとリュドミラは猛然と蝋板に字を走らせた。ふん、という鼻息をともに突き付けられた蝋板には、『クロに言われるとムカッとする!』とでかでかと書いてあった。

 

「なんでだ」


 腕を組んだリュドミラ、わかりやすくそっぽを向いた。彼女は、話すよりも書き言葉の方が少しだけ意地悪だ。

 ややあって蝋板をひっくり返したリュドミラ。空白の蝋板にまた鉄筆で文字を綴る。それを視線で三人組に見せるように促した。

 そこには『リュドミラです。私はここから滅多に動けません。そのため、みなさんが私を守る最後の砦になるでしょう。どうか任務への使命感と、一片の忠誠心で私をお守りくださるよう、よろしくお願いいたします』と書いてあった。

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