二次元少女に愛されて(第二章・異世界編)

読み方は自由

第二章 異世界編

第1話 異世界

 異世界に飛ばされた感覚は……何だろう? 言葉では、上手く言い合わせない。意識がスッと抜けたと思ったら……次の瞬間には、地面の上に横たわっていた。ぼやけた思考を動かして、地面の上からゆっくりと立ち上がる。

 

 僕は服の汚れを払うと(遠くから聞こえた鳴き声に脅えたが)、不安な顔で自分の周りを見渡した。僕の周りには、深い森が広がっている。まるで絵画の、風景画の一枚を丁寧に描いたように。遠くから聞こえた鳴き声にも、それを彩る色、音、空気が描かれていた。

 

 僕は、それらの音色に震え上がった。「不気味な場所だな」と。ここはたぶん……いや、人が居て良い場所じゃない。さっきの声を聞いても。ここは、人の侵入を拒む世界だ。本来なら、絶対に入っては行けない場所。「う、ううっ」

 

 僕は不安な顔で、その場からゆっくりと歩き出した。一歩、二歩、三歩……。十歩目の所で自分の後ろを振りかえったが、「それ」が「森の小動物だ(目が三つあったような?)」と分かると、自分の胸を撫で下ろして、正面の景色に向き直り、森の一本道をまた進み出した。

 

 僕は無言で、森の一本道を進みつづけた。道の脇に綺麗な小川が見えた時も、そして、その小川が見えなくなった時も。僕は森の一本道を進み、その一本道を抜けるとすぐ、近くの開けた場所に行き、荷物の中から容器(水筒のような物)を取り出して、その中身をゴクゴクと飲みはじめた。


「う、ぐ、ううっ」


 僕は、容器の蓋を閉めた。本当はもっと飲みたかったが、これからの事も考えて、「節約しなきゃダメだ」と思ったからだ。鞄の中に容器を仕舞う。僕は近くの岩に腰掛けると、額の汗を拭って、自分の周りをまた見渡した。

 くそ! こんなに歩いたのに。出口がちっとも見付からない。自分の周りを見渡しても……視界に入ってくるのは、果てしない森と怪しい鳴き声だけだ。森の空を仰ぐ。

 

 僕は、その空に苛立った。


 だが、「え?」

 

 僕は、岩の上から立ち上がった。不気味に揺れる、近くの茂み。僕は、腰のロングソードに手を伸ばした。


「なんだ? 一体、何が出てくるんだ?」


 茂みの動きに震える。その中から巨大な物体が出て来た時にも。茂みの中から出て来たのは、現実あっちの生き物とは似ても似つかない、熊のような化け物だった。僕は、腰の鞘から剣を引き抜いた。


「くっ」


 こんな所で死んでいられない。


「僕には、叶えなきゃならない願いがあるんだ!」

 

 僕は、自分の剣を構えた。

 

 熊擬は、僕に襲い掛かった。「それが本能だ」と言わんばかりに。僕の身体に右腕を振り下ろす動きにも、躊躇いがまったく見られなかった。熊擬は「ガルル」と唸って、自分の腕を何度も振り下ろした。

 

 僕は(それに脅えたものの)、相手の攻撃をスルリと躱して、その腕を切り落とした。

 

 相手は、その痛みに悶えた。呻きにならない呻き声を出して。相手は地面の上に倒れると……それでも僕を睨みつけたが、しばらく「ガガッ、グルル」とのたうち回り、その動きに疲れ出すと、悔しげな顔で空を仰ぎ、そして、じっと動かなくなった。

 

 僕は、熊擬きに恐る恐る近付いた。


「し、死んだのか?」


 剣の先で突いてみる。一回、二回、三回突いた所で止めた。何回突いても、相手の身体は動かない。ただ地面の上に倒れて、その目を見開いているだけだ。鞘の中に剣を戻す。

 

 僕は戦闘の勝利にホッとする一方、真面目な顔で神様の言葉を思い出した。

 

 最強とまでは行かないが、君が生き抜けるだけの力は与えてやろう。


「ああ」


 これが、その力なのか。大抵の敵なら、こうして倒せる。神様は「最強」を与えない代わりに、十分な安心と警戒心を与えたのだ。「過ぎた力は、災いしかもたらさない」と。警戒心があれば、それだけ気持ちも引き締まるし、余計な野心を抱かなくて済む。「僕は、とても幸運だったんだな」


 僕は鞘の中に剣を戻し、熊擬の死骸から視線を逸らして、森の中をまた歩き出した。熊擬の死骸を背にするように。僕は無言で、森の中を歩きつづけた。森の外に出たのは(たぶん)、一週間後の朝だった。

 何体もの怪物……いや、モンスターを倒して。森の中で食べた食事は(アレを食事と言えばだが)、恐ろしい程味気なく、そして、不味かった。木々の枝に生っている木の実ならまだしも、地面に生えている草は全部ダメ。

 それを口に入れた瞬間、思い切り吐き出してしまった。小川の水も、場所によっては砂が混じっている物もあったし。

 

 僕は自分の胃袋に感謝しつつ、顔や服の汚れをパッパと落として(全部は、流石に落ちなかったが)、目の前の広がる草原を一歩一歩進み出した。草原の中は、静かだった。森のような、不気味なモンスターはいないし、僕の近くで草を食べていた羊擬も……人間が珍しいのか、こちらを何度か見たりするが、その姿をじっと眺めるだけで、しばらくするとまた、地面の草を食べはじめてしまった。

 

 僕は、その光景にホッとした。「ここには、危険な生き物はいない」と。人間に危害を加えるモンスターは(たぶん)、森の中にしかないのだ。草原の中を進みつづける。僕は、草原の地平線に目をやったが……。


 異変が起きたのは、正にその瞬間だった。頭上に現れた、一つの巨大な陰。陰は草原の上を飛んで、その上空からサッと急降下した。

 

 僕は、その光景に仰天した。空から突然現れたワイバーンに。僕はマヌケな顔で、そのワーバーンを眺めつづけた。

 

 ワイバーンは、一匹の羊擬に襲い掛かった。その凶悪な口を開けて。ワイバーンは獲物の身体に齧り付くと、その身体を骨ごと噛み砕いて、自分の喉に「それ」を流し、まるで子どものように「ニコリ」と笑った(ように見えた)。

 

 僕は、その光景に嘔吐した。映画のグロ映像が「しょぼい」と思えるくらいに。今の光景には、生き物の残虐さ、特に強者の傲慢さが、ありありと浮かんでいた。

 

 僕は(本能的に)、その場から逃げ出そうとした。

 

 だが、「グルルル」

 

 野生の本能は、「それ」を許してくれない。僕がその場から逃げ出そうとした瞬間、ワイバーンが「ギロリ」と睨んできた。

 

 僕は、その場に立ちすくんだ。

 

 ワイバーンは、地面の上から飛び上がった。

 

 僕は慌てて、腰の剣を引き抜いた。逃げるのが無理である以上……本当は今すぐに逃げ出したかったが、命のやりとりをするしかない。相手は、言葉の分からない猛獣なのだ。こっちがどんなに頼んでも、その本能を止める事はできないだろう。

 

 僕は覚悟を決めて、目の前の敵を迎え撃った。

 

 ワイバーンは、僕に襲い掛かった。鋭い爪の攻撃、一撃必殺を狙った噛み付き、僕の身体を吹き飛ばそうとした両翼。それらがすべて躱されると、今度は僕に向かって体当たりした。

 

 僕は、その体当たりを躱した。


「あぶ」

 ない、と言い切る前に、もう一撃。


 ワイバーンは(僕の動きに苛立ったのか)、頭上の空に舞い上がると、何回か旋回して、僕が隙を見せた瞬間に、その身体に向かって思い切り急降下した。

 

 僕はその動きを利用して、ワイバーンの身体に剣が当たるように、自分の剣を構え直した。……ワイバーンの翼が切れた。僕の意図に気付いた(と思う)所は良かったが、それに気付いた時にはもう、僕の剣に翼を切り裂かれていた。

 

 ワイバーンは体勢を崩して、地面の上に倒れ込んだ。

 

 僕は、残った片翼を切り裂いた。

 

 ワイバーンはその痛みに悶えたが、「獲物に殺られるのは恥」とばかりに、地面の上から何とか立ち上がって、僕の目をじっと睨むのと同時、その身体に向かって体当たりした。

 

 僕はその攻撃を躱し、相手の左目を潰した。

 

 ワイバーンは(その痛みに悶えながらも)、僕の腕に噛み付こうとした。

 

 だが、「遅い!」

 

 敵の攻撃に目が慣れてきたのだろう。僕は「それ」に怯む事無く、相手の動きを躱して、その左脚を切り落とした。

 

 ワイバーンはまた、地面の上に倒れた。「グルルルッ」と、潤む瞳。ワイバーンは悔しげな顔で、僕の目をじっと睨みつけた。

 

 僕は、敵の喉元に剣を突き刺した。それに合わせて、ワイバーンの瞳から生気が消えた。今まで「ギャオン」と吠えていた口からも。

 

 僕は真面目な顔で、ワイバーンの喉元から剣を抜いた。


「勝った」

 の一言に打ち震える。


「僕は、この化け物に勝ったんだ」


 僕は「巨大な化け物を倒せた事」を、そして、「自分が生きている事」を心の底から喜んだ。


「うん」


 僕は鞘の中に剣を戻し、化け物の前から離れて、草原の中をまた歩き出した。

 

 それからの旅は、本当に楽しかった。さっきのようなワイバーン、つまり、巨大な怪物に襲われる事もなく。草原の地平線に太陽が沈んだ時は、その風景に(まるで作画の良いアニメを観ているようだ)言いようのない浪漫を感じてしまった。「自然って言うのは、こんなにも美しかったんだ」と。僕がいた町は(秘密の場所を除く)、ここよりもずっと汚れていた。

 

 僕は野宿の場所を決めると、鞄の中から食料(森の中で集めた物だ)を取り出し、今日の分量を決めて、その食料を食べ、「それ」を食べ終えると、適当な食休みを挟んで、布の上に寝そべり、空のパロラマを眺めながら、ゆっくりと眠りはじめた。

 

 朝の匂いで目を覚ました。僕は今日の朝食を食べ、周りの荷物を片付けて、背中の鞄を背負い直し、草原の中をまた歩き出した。草原の中は、やはり静かだった。視界に入ってくる景色も、昨日とほぼ同じ。違っていたのは、自分の頭上に陰が現れなかった事だった。

 

 僕は目の前の景色に微笑んだが、その向こうに町らしき(昨日は暗くて分からなかった)モノを見付けると、今までの気持ちを忘れて、その町をぼうっと眺めはじめた。


「あ、ああ」と、声が漏れる。


 僕は、その場から思わず走り出した。


「ま、町だぁ!」


 僕は、その町に向かって走った。

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