26 本部

 ぼろぼろの刀でゴブリンを切りつける。的確に首元を狙って。刃こぼれが酷く、一撃受けても致命傷にはなりにくい。それでも何度も切りつけるうちに、ゴブリンの動きが鈍くなる。


 ゴブリンも生きようと必死になって抵抗するが、片瀬に太刀打ちすることができず、切り刻まれるのであった。


 服は血まみれだが返り血を浴びているだけで、片瀬に怪我はない。

 無惨に転がる死骸。体と頭は離れている。

 ここがアナザーである以上、ハイエナのように、他のモンスターが来てはその血肉を食らう。死骸を放置しても、誰かの血となり、やがて土に返る。

 刀だけを持ったまま、ゲートへと戻ることにした。



「お怪我は?」

「全部返り血だ」

「よかったです。それにしても何が?」

「……人がゴブリンに襲われていた。そいつは逃げたが」

「人ですか? しかし、このゲートを通過した者はおりませんが……」

「だろうな。もしかしたら、人でない可能性もあるが……このまま本省に向かう」

「承知しました。どうぞ」


 ゴブリンが持っていた刀は、ゲートを守る男に渡し、再び現世へと向かう。

 アナザーで飯田瑞樹に遭遇したことを伝えなければならない。片瀬だけの判断で探索に向かうことはできない。

 上への報告と今後の動きを聞くために、一度本省へ向かわなければ。


 現世側のゲートで、本省へ向かうための車を頼めばすぐに来る。

 運転をしてきた男は、血まみれの片瀬に驚いていたが、片瀬の方が立場は高い。乗車拒否をすることもできず、片瀬を乗せて特異省へと向かった。


 ゲートから特異省まで、さほど離れてはいない。

 徒歩で行くと時間はかかるが、車ならば十分かからずに着く。

 片瀬はもともと多弁ではない。運転手と何も会話もないまま、目的地に着いた。


「はあ……行くか」


 片瀬は深く呼吸をしてから建物の中へと入って行った。






「きゃあ!」


 血まみれのスーツで建物内に入ったときには、受付の女性が悲鳴をあげる。


「どうかしましたっ!?」


 警備員が走ってくるも、片瀬の顔を見るなり察したようだ。片瀬は省の中でも幹部クラスであるため、警備員は顔を知っている。だが、ほとんどをアナザーで過ごすため、新人らしき受付の女性には知られていなかったようだ。


「失礼致しました! ですがその服では少々問題が……」

「あ……」


 ゴブリンの血で汚れたスーツ。確かにこのままの姿では驚かれてしまう。


「着替えがありますので、こちらへ」


 警備員に案内されて向かった部屋は衣装部屋であった。


「片瀬さんのサイズ……こちらでしょうか?」


 警備員が手渡したスーツのサイズを確認すると、それはちょうどいいサイズだった。


「問題ない。ところで、なぜこんなにスーツがあるんだ?」


 勤務先ではあるが、用のある場所にしか行かないため、このような衣装部屋があるとは知らなかった。


「本部で勤務する方にはスーツを支給されてるんですよ。だから皆さんがおそろいになってしまうんですけど」


 そういう警備員の服は、手渡されたスーツと同じであった。

 片瀬はアナザー勤務であるため、服装は自由である。だが、たまに本部へ行くともあるためスーツを着ている。それは自腹で買いそろえたものだ。そんな制度があることは知りもしなかった。


「あちらのボックスに脱いだものを入れておけば、後日クリーニングして戻ってきます。自分がアナザーの方へ送るよう手配しておきますので」

「すまない、助かる」


 警備員はそのまま出ていく。

 片瀬はその場で手早く着替えて、部屋を出た。





 ――コンコンコンッ。

 最上階にある部屋の扉を叩く。

 すると中から「どうぞ」と声がするので、中へと入った。

 座り心地のよさそうな椅子に座る、ヒゲを生やした白髪の小柄な老人。この老人が、特異省のトップである。その名をやなぎ鋼太郎こうたろう。片瀬が受けた更生プログラムの監督でもあった。そんな関係があって、片瀬は柳を先生と呼ぶ。また、普通なら事前にアポイントメントを取ってからでないと面会することができないが、片瀬が面会することは容易い。


「ご無沙汰しております」

「うむ。それで、今日はどうかしたのかね?」

「ええ、先ほどアナザーにて我々以外の人間がいたので報告に」

「ふむ……」


 柳は前のめりになり、話せといったような姿勢を見せる。

 今担当している俊に起きた、魔法以上の出来事。そして先ほど会った、死んでいるはずの飯田瑞樹がアナザーにいたこと。細かく伝えた。

 全てを話したとき、柳は静かに目を閉じていた。


「ぐう……」

「先生?」


 明らかに寝ている柳。片瀬はもう何度もこのようなことを経験している。なのでどうしたらいいのかも分かっている。

 片瀬は眠る柳の耳元で叫んだ。


「先生っ!」

「ふぉ。ん? やあ、久しいのう。元気だったか」

「先生……そろそろ引退してもいいのでは?」

「冗談じゃ」


 片瀬は大きなため息をついた。

 柳は片瀬を見て笑っていたが、すぐにキリッとした顔になる。


「更生中の奴はそのまま更生を続けろ。だが、その飯田瑞樹という少年には注意しろ。きっと何かを企んでいるはずじゃ。死んだはずのやつの情報をこの世界から見つけ出すことは難しいだろう。ならば、親友という花崎俊から何が何でも引き出すのだ。更生と銘打って拷問でも術を使ってでもいい」

「拷問……そんなこと少年にやるなんて無理だ」

「問題ない。やつはその程度じゃ死にやせん」

「待ってください。それはどういう意味ですか?」

「……本人に思い出させろ。何が何でもだ。おぬしならそこから現状を打破できる方法を見つけ出せるだろ? 現世のことは儂らがどうにかするから、おぬしはアナザーで動き回れ」

「……わかりました。失礼します」


 報告はした。柳の指示は理解した。片瀬がぶつけた質問には答える気がないようだ。

 そこで言い争っても勝てる気がしないので、足早に部屋から出ようとすると、柳に止められた。


「片瀬。人間の考えは他のやつにはわからん。飯田瑞樹という少年……無茶をするだろう。気をつけろ」

「……肝に銘じておきます」


 片瀬は部屋から出て、まっすぐアナザーへと向かった。


「お前さんの言うとおりに事が進んでるのう……」


 柳の言葉は、誰の耳にも届かぬまま消えていった。

 

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