22 異変

 眩しさで目を閉じたが、ハッと目を開く。

 白い天井がその目に映る。慌てて体を起こすと、そこはベッドの上だった。


 ――夢?

 今まで見ていたのは夢だったのだろうか。真っ黒な空間から出られたことに違いない。俊の目元に、涙が乾いた後があった。


 体を起こした時に、何かがベッドから落ちた。何が落ちたのか見ると、そこには子供のような人が落ちて気を失っていた。

 ピンク色でパーマがかかったような長い髪を持った子供は、ぱっと見は人であるが、わずかに異なるところがあった。それは耳だ。人の耳とは違い、とがっている。

 特殊メイクなのかと、耳に触れたとき、その子供はいきなり青い目をパッと開き、俊を見た。


「きゃあああ!」


 子供は叫びながら、部屋の唯一の出口である扉に向かって走る。身長が低いせいで、精一杯背伸びをしてドアノブに手を伸ばす。

 その時、部屋の外から誰かがドアノブにに手をかけていたようで、ガチャっと扉が開かれた。


「失礼しまーす」

「ぴぎゅっ!」

「ん?」


 ノックがなく開かれた扉と壁の間に子供は挟まれた。

 扉開けたのは白雪。挟まれた子供を見つけて驚いていた。


「ごめんね! 痛かったよね、大丈夫? 大丈夫だよね! そんなに勢いなかったし」


 白雪は謝るが問題ないだろうと子供の頭を撫でた。


「大丈夫じゃないわ! 挟まれて痛かったんだから!」

「うんうん、大丈夫だって!」


 子供は大丈夫じゃないと言うも、白雪は大丈夫だと言っている。白雪が話を聞いていないだけだろうか。


「大丈夫じゃないって言ってるけど……? いいの?」


 俊が戸惑いながら白雪に聞くと、白雪は驚いた目で俊を見た。


……? 俊くん、わかるの?」

「わかるもなにも、その子供が言ってるし……」


 俊の言葉で白雪だけでなく、子供も目を丸くした。そして子供はベッドに座る俊に駆け寄り、顔をのぞき込んだ。


「私の言葉がわかるのっ!?」

「わ、わかるけど……?」


 青い目にまっすぐにみつめられ、戸惑いながらも答える。

 白雪はポケットから小さな薄い本を取り出していた。


「彼女に言って! プリンじゃなくて、ケーキがいいって!」

「ええ?」

「言って!」


 子供は俊の足をつねりながら急かす。俊はしぶしぶ白雪へ言葉を伝える。


「あの、この子がプリンじゃなくてケーキがいいって言ってる」

「本当に!? ケーキだったかー……って俊くん、言葉がわかるんだね。どういうこと?」

「どういうことって、普通に……」


 白雪にそのまま伝えるも、話題を切り替えられた。扉を開けたまま話していたので、何事かと片瀬がゆっくりと部屋に入ってきた。


「うるさいぞ、何をしている……」

「あ、先輩! 聞いて聞いて。俊くんがムーちゃんの言葉が分かるんだって!」


 白雪は「ムーちゃん」と呼ぶ子供を指さして片瀬に言う。片瀬は表情を変えずに、俊を見た。


「言葉がわかる? どういうことだ?」

「いや、普通にこの子供が言ってるから何とも」

「……ふむ」

「あのね、あのね。この子はアナザーで生まれ育った……ドワーフなの」

「どわーふ?」

「うーん……ほら、白雪姫って知ってる? あれに出てくる小さい人達いるでしょ? あれがドワーフ」


 白雪姫の大まかな話を思い出した。絵本で描かれていたのは、ヒゲを生やした老人のような小人だ。それと目の前にいる子供とでは姿が大きく違うのでモヤモヤしていた。


「お前はここの言葉を理解できるのか? ならば……白雪、あのウサギを連れてこい」

「はーい」


 白雪は走って部屋を出たが、すぐにウサギを連れて戻ってくる。それは森で俊と過ごしたウサギだ。


「やあっ! 元気?」


 ウサギは白雪の腕の中で、俊に向けて挨拶をした。


「えっ? 何でウサギが喋っ……キュッキュッしか言わなかったのに?」

「やはりお前には言葉がわかるようだな……我々にはキュウと鳴いただけに聞こえている」


 片瀬が何かを考えているようだったが、混乱している俊にはどうでもよかった。


「何でわかるのかな? 私だって、筆談しなきゃちゃんとしたことは分からないのに」

「俺にも何だか……」

「ふーん……まあそれは後で詳しく聞こう! まずは第二段階終了おめでとーう!」


 白雪の顔が明るくなり、静かにしていたドワーフがパチパチと拍手をした。

 未だ頭が追いついていない俊は、さらに混乱する。


「ムーちゃんに協力してもらって、俊くんの過去をこじ開けたんだけど……そこで何かあったの? ちゃんと見ていたんだけど、急に映像が乱れたんだよね」

「映像? 過去? ……あれを見られてたのかよ、はずっ」


 俊の顔は赤くなる。それを隠すように手で覆った。


「なんかね、俊くんがもうダメだーってへこんじゃってその後が乱れちゃったの。でちゃんと映るようになったときには、俊くんはここで目覚めたの。ねえ、何があったの?」


 白雪の話を聞く限りでは、瑞樹に会った時は見られていなかったのだろうか。


「瑞樹……そう、瑞樹に会ったんだ。親友だったんだ」

「会った? 白雪、そういうことがあるのか?」


 ずっと何かを考えていた片瀬が間に入ってきた。


「ううん、ないはずだよ。ね、ムーちゃん」

「そうね、ないわ。私の魔法では過去の映像を流すまでだもの。事実の映像だけよ」


 ドワーフは首を振ったことで、白雪は理解している。しかし、俊には言葉がわかる。だから何かおかしいことが起きたということだけがわかった。


「瑞樹というのは飯田瑞樹か? お前の封じ込められた記憶のキーパーソンだな。それが話しかけてきたのか?」

「ああ、そうだけど? 瑞樹がいろいろ教えてくれた」

「例えばなんだ?」

「例えばって……アナザーの歴史とか、魔法とか。ああそうそう。アナザーで過ごす人達の中に、あんたら二人に似た人もいた」

「ん? 詳しく聞かせろ」

「どれについて?」

「俺達がいたっていう話だ」

「えっと……なんか片瀬、サン? みたいな人はもう一人の小さいやつにつきまとわれてたな……アニッ、白雪サン? は鬼みたいなやつの頭を撫でてた?」


 片瀬と白雪、二人揃って目を大きくして動きが止まった。

 ウサギが「不思議だね」と言いながら、白雪の頬を触っている。

 片瀬はすぐに腕を組んで考え始めた。


「え? 俺、どしたら……?」


 誰も声を出さなくなった空気に困惑し、ドワーフに目をやった。


「あなたはイレギュラーな体験をしたの。それこそ今までになかったことよ。だからあの堅物の片瀬も混乱しているわ」

「あの表情が変わらない人が混乱……」

「二人が何も言わないから私が言うけど、今回はあなたの過去を乗り越えるのが課題だった。無事ここへ戻ってきたのだから乗り越えたのだろうけど、過程が不透明なのよね」

「へえ……」


 ドワーフが説明してくれたお陰で、第二段階のことが少し理解できた。

 二人が話していると、片瀬が声をあげる。


「とりあえず、だ。しばらくこの件に関して調べてみる。第三段階については時間をあけることとする」


 言いたいことだけ言うと、片瀬は部屋から立ち去った。白雪も黙って部屋を去ってしまった。部屋には俊とドワーフが残された。

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