素行不良の少年は、異世界で更生する

夏木

プロローグ

01 プロローグ


 二一〇〇年。

 この節目の年に日本で無名の研究者がある報告書を提出し、それが世間を賑わせた。

 その内容とは『異世界』が存在するというものであった。

 この報告書を基に国がさらなる調査を行なった。そしてこの異世界の存在を正式に認め、異世界のことをここではない別の世界として、『アナザー』と呼んだ。

 この世界を何かに使えないかと検討され、実際に利用するようになったのは報告書が出されてから半世紀も経ってからだった。




 一般の人々はアナザーが存在するということはなんとなく知っているものの、具体的にどんなものなのか、何があるのかについては知らない。行ったら帰れないところだとか、太陽が昇らない真っ暗な場所だとか噂は色々ある。数少ない実際に行って見てきた人――つまりアナザーの管理者が口にする言葉しか情報がない。

 管理者は、常々危険な場所であるとしか言わない。なので、憶測だけが飛び交っている。

 化学技術も進歩しているこの時代に珍しく、写真や映像が全く出回らない。そんな見たことがないアナザーを一般の人々は言葉巧みに利用する。例えば、親が子供にしつけるときに「悪いことばかりしていると、アナザーに連れていかれちゃうんだからね」と言ったように。




「花崎俊……お前は一体何度言ったらわかるんだ! 今日で何度目だと思っている?」

「はあ……」

「はあじゃない! いい加減にしろ。高校二年でこんなことがもう七回目だぞ。このままじゃ卒業どころか進級もできないし、退学の一歩手前なんだからな!」

「だって俺のせいじゃねえし」

「お前のせいでもあるだろ。手を出したらいけないんだよ、特にお前は。そんなの言われなくてもわかるだろ?」

「はあ……」


 小太りの中年の男は頭を抱え溜息をついた。

 その前に座る少年、花崎俊。

 少し癖のある長めの黒髪。ギリギリ後ろで縛ることもできるほどの長さだ。顔にかかる髪の隙間からは、紫色になった皮膚がのぞいている。頬は殴られたことで痣となっているのだ。わずかだが、そこには痛みがあった。



「未成年だからってなんでも許されるものじゃない。若いうちにやんちゃするのもわかる。だが、どれも限度があるだろう?」

「わかってるし。でも俺が手を出したんじゃねえ」

「相手が先に手を出したんだろ? 相手が喧嘩を売ってきて、それに乗ったらしいな。それに一対五だったとか。なのにお前の完封勝利。相手の中にはは骨折した人もいるらしいぞ。向こうの先生から連絡があったし、警察からも連絡があった。こういうのは本当はお前の保護者の方にも話すべきなんだが……まあ、事情が事情だ。したくてもできない」

「言いたきゃ言やぁいいじゃん。ま、どうせ聞こえてねえけど」

「なんでそんな言い方ができるんだ、お前は! 生活を変えようとも思わないのか!」


 うるさい、うるさい、うるさい。

 実際そうなんだからこんな言い方にもなるだろ。

 苛立ちが態度にも現れる。


「んで、どーすん? 今度は退学?」

「はあ……。まずは反省文だ。もう何度も書いてるから書き方はわかるよな?」

「あー、あれ。めんどくさ」


 男は再び深い溜息をついた。

 そして腕を組んで椅子の背に持たれかけると、ジッとこちらを見た。


「今回は反省文だけじゃない。反省文に加えて停学だ。休んでる間に今後のことを決めていく」

「どんだけ休めばいいんだよ」

「こちらからの指示があるまでだ。まあ、一週間は確実に停学だ」

「うっしゃ」

「喜んでるんじゃない。停学は遊ぶための時間じゃないぞ。反省するための時間だ。ちゃんと家にいるかどうか確認するからな?」

「は?」


 何度目の停学か忘れたが、毎度停学期間=バイト期間としていた。近所だと見つかったときに色々めんどくさそうだから、わざわざ隣街の人が少なそうな場所へ行ってバイトしていた。

 今度も稼ぎがいいところを探そうと思ったのに。


「毎日モーニングコールして、昼、夕方に電話する。お前の家は近いからな、課題も届ける」

「は、来んなし」

「おはようからお休みまで付き合うぞ。こんなに手厚くしてくれる学校なんてどこ探してもないぞ」

「まじきめえ」


 ありえない。

 教師とはそんなに暇なのか。朝から電話で確認されるなんて迷惑だ。

 交通費がかからないからという理由で、家から一番近い高校にしたのがあだとなった。

 電話での確認にプラスして家庭訪問なんてくそくらえだ。


「家にいなかったらどーすんだし」

「帰ってくるまで待つ」

「きもすぎんだけど。ストーカーかよ」

「お前のためだ。何もずっと家にいろっていうような軟禁じゃあない。朝は九時から夕方四時まで、あとは夜八時以降は自宅にいること」

「家から出られる時間ねえじゃん」

「四時から八時までの時間なら外出オッケーだ。その間に買い出しにいけ」


 軟禁だろ。俺の自由を返せ。

 買い出しだって近場しかいけねえよ。行ってすぐ帰らないとアウトじゃねえか。

 隣町のスーパーでやってる、夜八時からの安売りタイムセールに行けない。


「何か質問は?」

「破ったらどうなんだよ」

「私がお前の家に泊まろう」

「きっしょー! こんなクセえおっさんと一日過ごせるかよ」

「言葉に気をつけろよ……で、他に質問が無ければこれでしまいだ。いいか? まっすぐ、まっすぐに寄り道せず家に帰れ」

「へいへい、わかぁてるって。二回言わなくたっていいし。帰りゃいいんでしょ、帰れば」


 パイプ椅子から立ち上がり、荷物を持って部屋を出る。ボロボロのパイプ椅子だったせいか、お尻が痛い。

 今日はこの呼び出しのためだけに学校へ来たからバッグは軽かった。手ぶらなのもかっこ悪いかと思って一応持ってきたのだ。中にはスマホと財布しか入ってない。バッグは持ってこないほうがよかったなと、ちょっとだけ後悔した。


 指導室を出て向かう下駄箱。そこまで男はついてくる。

 男は階段や廊下で、「悪さするなよ」としつこくずっと言っていた。

 俺だけのせいじゃねえのに、なんでいつもこうなるかなあと思いながら、耳にタコができるくらい聞いていた。



 男と別れて学校を後にする。

 今日は月曜日。日は高く、まだお昼にはなっていない。ほかの人はみんな授業をしている時間である。

 自分だけがこんな目にあっていることに不満を感じながら、校門を過ぎ、まっすぐ家へと向か――……わずにとりあえずコンビニに寄ってから帰ることにした。

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