第11話 特別警戒飛行隊

 冬の入り口のため日没は瞬く間に訪れた。

 電灯に黄色く照らされたブリーフィングルームでは、テーブルに地図を広げて数人の男たちが眉間にシワを寄せて話を続けた。

「往路の護衛を終えて、12機がまとまって西に飛びました」

 ショーティが真剣な面持ちで説明した。

「ドイツ軍の基地を見つけて、小隊ごとに上空の援護を交代して機銃掃射を行いました。対空砲火がかなり激しかったのですが、12機全機が無事に基地を離脱しました。自分も2回機銃掃射を行い、続いて集合場所に指定した湖で旋回して待ちました。数分でイエロー、ブルーの小隊が揃い、12機で西に向かいました。爆撃機の護衛も含めて、戦闘機の迎撃は一切なかったです」

 ゼウスは黙って話を聞いた。機銃掃射で4機の爆撃機を破壊したという報告だった。ガンカメラの映像でじきに確認できるだろう。

 テーブルからやや離れた椅子では4人ほどのパイロットが座って煙草をふかしていた。電灯が顔に濃い影を落とし、長時間の作戦による疲労がありありと分かった。

「高度をとってライン川の河口を目印に飛びました。フィンガー・フォーの編隊を維持し、周囲の警戒を怠らないよう指示しました。しかし…」

「オランダに着く前に、『2機が姿を消した』ということだな」

 エプロンでショーティが語ったことをゼウスは繰り返した。

「無線で何の連絡もありませんでした。違和感を覚えて、体を捻って後ろを向いて確認して、それで初めて第2セクションの2機が消えていることに気づきました」

 ブルー小隊の隊機長を務めたモルツ大尉が語った。

「無線で呼びかけながら、50マイルほど戻って探しましたが、煙一つ見つかりませんでした」

「捜索の時ホワイトとイエローは上空援護につきました。ドイツ機の姿はまったく見えませんでした。高射砲陣地の上も飛んでいないはずです」

 ショーティは地図の上に人差し指を伸ばし、直径50マイルに該当する円を3回ほど描いた。

「燃料の余裕を考慮して、基地への帰投は私が指示しました」

「ビーンとスプリングはそこにいるというわけですね…」

 声を震わせながら、ユングは言葉を絞り出した。

「脱出できていれば…」

 飛行隊長の言葉を、ユングはうつむいて聞いた。両手の拳を地図の端に置き、がっくりと項垂れた。

 かける言葉もなく、ゼウスはその肩に手を置き、自分の胸に引き寄せた。


「ドイツで連合軍の機体に、不可解な犠牲が出る理由に心当たりがある」

 一通りのデブリーフィングのまとめにゼウスが口を開いた。

「名前はわからない。だが、一人の『エクスペルテ』が率いる4機のMe109の小隊が、思うがままに飛び、我々の機体を毒牙にかけている」

 今日の損害が彼のせいだという証拠はどこにもなかった。しかし、彼の第六感っがその可能性を頭のなかで囁き続けていた。

「広いドイツで小さいメッサーシュミットの、わずか4機の行動を把握することは困難だ。しかし、天候が比較的マシであればドイツのほぼ全土に連合軍の機体がいる。これから第8空軍に掛け合ってみる。まず、怪しい1個小隊に遭遇した場合の連絡用の周波数を決める。我々はその周波数を開けておき、可能な限り連絡に応じて駆けつける。この飛行隊を『特別警戒飛行隊』とすることを提案する」

 ゼウスはそう告げ、ブリーフィングルームで電灯の影からこちらを見つめる二十いくつの瞳を見回した。

「通報用の統一した周波数を設けるのはいいですね」

 ショーティが同意した。

「ですが、広いドイツを1飛行隊でカバーできるんですか?」

「やり方による。航続距離が長く、高度をできるだけとれる機体なら、おそらく相当な距離があっても急行できるはずだ。最初は何回か空振りするかもしれない。しかし、広範に情報を集めれば、神出鬼没に見える相手も居場所を突き止められるかもしれない。そうなれば、戦力を集中して叩くこともできる」

 ショーティはなるほどといった顔でゼウスを見つめ、口から煙草の煙を吐き出した。

「あとは、我々が爆撃機の護衛任務から外してもらえるかどうかでしょうか」

 彼はゼウスに完全には同意せず、懸念事項を口にした。

「第8空軍の司令部がどう判断するかだ。とにかく掛け合ってみる」

「やりましょう!」

 ゼウスがとにかく今できることを話すと、声を張り上げてユングが駆け寄った。長く若々しい指がゼウスの右拳をつかみ、上下に振った。

「その時は僕が中佐を補佐します。ウイングマンにしてください! 絶対にあいつを落とします!」

「ああ」

 ゼウスはうなずいた。

「やり遂げよう!」


 夕食をとりながら具体的なアイデアをまとめ、ゼウスは執務室の電話の受話器を上げた。

 第8空軍の司令部のいくつかある窓口の番号をつぎつぎに回した。

 電話をとったのはどれも担当の士官や下士官だった。上官に取次ぎを申し出たが、時間が悪く、「食事中」や「外出中」といった答えばかりだった。

「どうですか? ドイツの森に隠れて連合軍の機体を毒牙にかけるヘビを狩る作戦です」

 ようやく繋がった参謀の少将にゼウスは考えを伝えた。話す声が興奮に震えることが自分でも分かった。

「君はたかが1個小隊のドイツ軍のために、爆撃機の護衛を放棄するというのかね?」

 半ば呆れたような声が帰ってきた。

「我々が護衛についていても、今やドイツ機などめったに来ないじゃないですか?」

「それは戦闘機の姿が見えるからだよ。1943年の護衛がなかったときの出撃を忘れたわけではあるまいな」

 少将は爆撃機の護衛に穴を開ける提案にあからさまに反対した。

「少なくとも今夜一晩頭を冷やして考えることだ。こんな時間に電話をかけてもどうにもならないことぐらい分かるだろう」

「お、おっしゃる通りです。失礼しました…」

 力を失った声で軽く詫びると、ゼウスは受話器を置いた。

 電話ではどうにもならない。

 リーン!

 急に鳴った電話のベルにゼウスははっとした。

 自分の考えに興味を持った将官が折り返しかけてきたのかもしれない。

「ジェイコブソンです!」

 受話器に彼は声を張り上げた。

「中佐、まだ机にいるんですか?!」

 ショーティの声だった。

「いるさ!」

 バーへの誘いだとすぐ分かった。

「今日は酒どころじゃない!」

 受話器をやや強めに降ろし、チンと余分にベルが響いた。

 隣の部屋の事務官の机からタイプライターを運ぶと、紙をセットしてカタカタと打ち始めた。

 夜に電話で話をしてどうにかなる話ではない。確かにその通りだった。ゼウスは封筒をいくつか用意すると、それぞれに対して、自分の考えを記した手紙を打ち始めた。

 光がもれないよう厳重にカーテンを閉めた窓の外から、夜間爆撃に向かう英軍の爆撃機の音が静かに響き始めた。

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