第38話 くまあ(見ていない)

「くまああ」


 勝利の雄たけびをあげ、後ろを振り返る。

 ゲオルグはうつ伏せに倒れ込んだままだ。

 いつ起きるか分からないから、急いで人間形態に戻らないと。

 

「くまああああ(トランス解除)」


 ふう。

 額に手を当て胸を撫でおろす。

 

『ソウシはくまーだから、俺様と会話できたのかうそ』

「え? そうなの?」

『うしはそもそも言葉を理解しないうそ。だから話ができないうそ』


 とても複雑な気分なんだけど……。

 俺は断じてくまーではない。人間な、人間。

 あくまでトランスしてくまーになるだけであってだな。

 

 しかし、かわうその言うことが本当なら、俺は喋る動物と会話することができるってわけか。

 思わぬところから、新仕様が発覚してしまった。

 

 残念ながらトランスができる仲間たちのうちで、動物形態に変身するのは俺だけだ。

 本当にかわうその言う通りなのか検証できないのが残念だけど……会話が通じてラッキーと思うことにしよう。

 

 ん?

 待てよ。

 

「かわうそ。お前と話すことができる奴って、俺みたいに変身するのか?」

『知らんうそ。見た感じ人間だったうそ?』

「分かった」


 相変わらず使えねえ奴だ。

 忘れがちだけど、俺たち五人以外にトランスが使える者が最低でも二人いる。

 鈴木以外は会っていないけど、一緒に転移してきた元ギルドメンバーがいたんだよな。

 そのうち一人は動物形態に変身する。俺以上に気が抜ける変身形態なんだけど……。

 彼は鈴木から聞いた情報によると、異世界でノンビリ暮らしたいから帰りたくないって言ってたと聞く。

 彼の生活を邪魔すまいと思って会いに行っていなかったけど……かわうそと出会っていないか聞いてみたいところだ。

 みんなと相談するかなあ。

 

 別の理由で個人的に彼と一度会ってみたいって気持ちもある。

 何故かというと……彼は中の人は確実に男なんだけど、キャラクターを女の子にしていたんだよね。

 一体この世界でどっちの性別で出現したのか興味が尽きない。

 

「む、むうう」


 おっと、ゲオルグが目覚めたようだな。


「ポーションをどうぞ」

「かたじけない」


 ゲオルグは俺から受け取ったポーションをすぐにごくごくと飲み干す。

 

「少し相談があるんですが」

「相談事なら勇者様にお願いします」


 いいのか? ゲオルグ?

 かわうそに判断力など無いが?


「かわうそ」

『何うそ?』

「今日一日、俺に付き合ってくれないか? ゲオルグさんはポーションで回復したとはいえ怪我をしているし」

『構わないうそ。ゲオルグもたまには休んだ方がいいうそ』


 かわうその言葉をゲオルグに伝えると、彼は感激した様子で両手を握りしめる。

 

 ◆◆◆

 

 そんなわけで、一旦戻って再び探索に向かう事となったわけだが……。

 

「何だか久しぶりだねー」

「一気に稼ぐわよ」


 わくわくした様子のユウと気合の入ったスイ。

 

「お店は一旦休業よお」


 アヤカがくねくねと体を捻る。相変わらず不気味だ。

 

「鈴木。先導を頼むぞ」

「任せておくがいい」

 

 鈴木が床へ染み込むように沈んで行く。

 

 せっかくもらったチャンス。ザ・ワンにいる全てのデビル化モンスターを浄化してやるぜ。

 事情を説明したらみんなもすぐに協力してくれて今に至るってわけだ。

 

 もちろん、かわうそとうしも連れてきている。うしの動きが遅いことも関係ない。

 何故なら、エレベーターと転移魔法を使って移動するからな。

 

 カルマを集めることよりも、久しぶりにみんなと戦えることに高揚している俺がいる。

 

「みんなパーティは組めたかな」

「大丈夫よ。でも、この子たちに秘密が知れてもいいの?」


 スイがかわうそをチラリと見やる。

 かわうそはユウに顎をゴロゴロされて目を細めていた……。

 

「俺以外と会話できないから問題ないと思っている。俺の他にもう一人会話できる人がいるみたいだけど……」


 スイに俺の推測を述べる。

 すると彼女は納得したように頷き、顎に指先を当てた。

 

「ももかんのことかな?」

「ももかんさんだったら、まあ俺たちのことが知られても問題ないさ」

「そうね」


 帰還を望まなかった一人であるももかんの目的は、「異世界で悠々自適の生活が送りたい」ということだ。

 鈴木から俺たちの目的は伝わっているだろうし、俺たちのことを吹聴する気もないと思っている。

 もし、その気があるんだったら、既にトランスのこととかが知れ渡っているはずだからな。

 そうしないってことは、彼にその気がないってことに他ならない。

 

『深部から行くか? それとも浅いところから行くか?』


 鈴木からメッセージが届く。

 

「どうする?」


 みんなに目配せすると、スイとアヤカがそれぞれ意見する。


「そうね。かわうそとうしを守らないとだから」

「間を取るのはどおん?」


 深い階層じゃなきゃ、俺とスイだけでも十分対応できるからアヤカとユウを守りに回せる。

 安全を取るならアヤカの意見がよさそうだな。

 

「おー。じゃあ、レンくんー。二百階くらいでーいるかなー」


 いつもながらマイペースのユウだったが、二百ってのは最初に行くには手ごろな階層だと思う。

 

『いる。二百八階だ』

「よっし、じゃあ、そこから行くか」


 よおおし、燃えてきたぞおお。

 

『ソウシ』

「ん?」


 突然かわうそが俺の名を呼ぶ。

 

『このダンジョン、そんなに階層があったのかうそ』

「おう、なんと七百七十七階まであるぞ」

『うしの足だと数か月かかりそう……うそ』

「確かに……」


 いや、途中で動かなくなるだろ……うしならさ。

 しっかし、かわうそも驚くポイントが何だかズレてる気がするんだけど……ま、いいか。

 

 ◆◆◆

 

 ――二百八階

 休憩所に転移した俺たちは、全員トランスする。


「くまあ(ビキニ)」


 久しぶりに見るスイのぺったんこビキニに鼻の舌を伸ばしていたら、察したのか彼女にぐーぱんされた。

 酷い……。

 いや、それよりなによりユウの方が俺の気持ちを惹きつけるのだ。

 

 ユウは上半身が人間で下半身が蜘蛛というアラクネーである。上は水の羽衣みたいなふわっとした絹のローブなんだけど……彼女が歩くと揺れる。

 下着を装着していないんだろうか?

 アラクネーという設定だから、上からローブを羽織っているだけ?

 この前は揺れてなかった気がするんだけどなあ。

 

「おー、ソウシくん、気が付いたかね?」

「くま?」

「装備を変更したのだよ。へへーん。状態異常に特化したのだー」

「くま(なるほど)」


 悪くない選択だと思う。

 俺たちは七百七十七階まで踏破したけ。途中多くのモンスターと戦ったけど、範囲魔法攻撃を稀に喰らうくらいでうざったかったのは麻痺やら眠りだったんだよな。

 ユウはアヤカほどじゃないけど、回復系統の魔法を使うことができる。状態異常を治療するのなら、彼女にだってできるんだ。

 つまりアヤカが動けなくなった時、彼女が残っていれば治療可能。

 で、アヤカはHPを完全に回復する神聖魔法を使えるから、ユウのダメージが多少増えてもこっちの装備の方が安定するってわけだ。

  

 それにしても、いちいちゆさゆさっとされると気になって仕方ない。

 

「ソウシ、チラ見しているつもりなんでしょうけど、ガン見よ?」


 スイから氷のような視線を感じる。

 

「くまあ(見てない)」


 両手をあげて否定する俺であったが、スイの視線は変わらず……ユウはにこにこと俺を見上げてくるではないか。

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