第33話 うそうそ

 突貫工事で厩舎を作り上げ、そこへうしとかわうそを放り込んだところ……生意気にも藁を要求してきやがった。

 藁なんてねえんだよ。乾燥させた草なんてのも無かったと思う……だって、ここで農業なんてする気は無かったから。

 アイテムボックスにはまだまだ豊富に食材は入っているし、例え食材が尽きたとしても街で仕入れることだってできる。

 お金は腐るほどあるんだから、枯渇を心配する必要性は皆無だ。

 

 そんなわけで、ユウとアヤカの趣味の家庭菜園以外に植物育成の予定はない。

 

「どうする?」


 ため息をつきつつ、ユウとスイを見やる。

 

「んー。布でいいんじゃない?」

綿わたとかあったっけ?」

「『わたしの』でいい?」

「あ……うん」


 ユウよ。そんな色っぽい顔で頬を赤らめないで欲しい……。

 変な気持ちになっちゃったらどうするんだよ。

 

『また発情してるうそ』


 投げ捨てたはずなのにいつの間にか俺の頭の上に乗ったかわうそが要らぬことをのたまう。


「うるせええ! お前ら要らねえ要求ばっかしやがって」

『寝床は必要うそ?』

「ッチ」


 正論で返してきやがった。いちいち面倒なかわうそだぜ。

 一応、騎士ゲオルグから宿泊代を頂いているからな、最低限は揃えてやらないといけない。

 

 かわうそと言い合いをしている間にいつの間にかユウがいなくなっていて、すぐに戻って来た。

 

「どうぞー」


 ユウがアイテムボックスからどさーっとアラクネーの糸で出来た綿を出す。

 スイと一緒に純白の綿を適当に厩舎の壁へ設置した。

 

「これでいいか?」

『うむ。余は満足うそ』


 頭にのしかかっているかわうそをムンズと掴み、綿へ向けて放り投げる。

 もふんと綿がかわうその形にへこみ、すぐにぽよんとかわうそが跳ねた。

 

『思った以上に良いうそ。じゃあ、また明後日うそ』

「へいへい」


 ◆◆◆

 

 ――二日後。

『明日も頼むうそ』

「……えええ……」


 げんなりした顔でかわうそへ不平を漏らすが、ゲオルグにお願いされたから仕方なく明日も依頼を受けることにした。

 しっかし、丸一日かけて最短距離を通って五階だぞ、五階。

 階層ボスまで辿り着けたのが軌跡だ。

 とにかく、うしが鈍い。「ふもふも」鳴きながら、すぐ立ち止まってゲオルグから牧草をもらっていたし……置いてきてよかったんじゃね?

 幸いだったのは、ゲオルグが強かったこと。パーティを組んでいないからレベルは分からないけど、獣耳パーティくらいのレベルはありそうな気がする。

 つまり……レベルは七十台辺り。ひょっとしたらそれ以上かもしれないけどね。

 

 でも、ゲオルグ一人となれば、二十五階の階層ボスは難しいんじゃないかな。あれだよあれ、二十五階といえばブラックスライムだよ。

 やったら防御力が高いからダメージを与えることができないんじゃないかなあ……。

 

 しかし、二十五階まで辿り着くにはあと四日はかかるのか。

 そのうち飽きるだろ。

 

 なんて思っておりました。

 前金で一週間の依頼を受けてしまった俺の大失敗だ……。

 でも、客によって態度を変えることは俺の矜持が許さない。依頼されれば依頼を受けた順にこなすのが俺の流儀。

 向こうから「もうやめる」と言ってくれればその場で依頼放棄できるんだけど、こいつら……粘りやがる。

 

 何のかんのでゲオルグ一人で二十階まで来てしまったのだ。

 彼は強い。ひょっとしたら今まで会ったハンター達の中で一番強いんじゃないだろうか?

 いや、彼はハンターではなく王国の騎士だった。

 

 うしはモンスターなどどこ吹く風で「ふもお」と呑気に鳴いているだけだし、かわうそは俺の頭にへばりついたまま「うそうそ」言ってる。

 初日から今日までゲオルグはたった一人でモンスターを全て打ち倒し、ここまでやって来たんだよ。

 

「ゲオルグさん、レベルを聞いちゃっても?」

「もちろんですとも。外ならぬ勇者様の無二の親友たるソウシ殿に隠し事などしたくありません」

「は、はあ……」

「私のレベルは九十一です。これでも王国で三番目に強いと自負しております」

「さ、三番……上が二人もいるんですね」

「そうですとも! そこにおわす勇者様とうし殿こそ……」


 あちゃー、ゲオルグが熱っぽく語り始めてしまったぞ。

 どう見ても、うしとかわうそは戦力にはならんだろ。一体何が彼を狂わせたんだ……。

 頭を抱えようとしたら、かわうそが邪魔でため息だけをつく。

 むむ。その時、俺のセンサーに何かが引っかかった。

 

「ゲオルグさん、その先……何かいます。ご注意ください」

「了解した。貴殿の気配感知に感謝を」


 ゲオルグさんは剣を掲げ俺へ感謝の意を示す。

 そのまま彼は行き止まりまで慎重に歩を進める。

 行き止まりは右手に折れており、その先に気配があるんだ。

 

 彼はこちらに顔だけを向け「行きます」と目だけで俺へ合図を送る。

 

「ここにも居たか! 悪魔よ!」


 ゲオルグの声だ。

 悪魔? そんな奴、二十階にいたかなあ。

 首を捻り、うしとかわうそを連れてゲオルグの元へ向かう。

 

――ふんもおおおおおおお!

 耳をつんざく物凄い咆哮が響き渡った。

 

 急ぎ右の通路へ目をやると――。

 

「うしじゃねえか……」


 そう、ゲオルグと対峙していたのはホルスタイン柄をしたうしだった。

 でも、色が違う。白と黒じゃなくて赤と黒なんだ。

 血のような赤色をしたホルスタイン柄はこの上なく不気味だけど……うしはうしだろ?

 

「うしではございませぬ。あやつは……あやつこそ……悪魔……」


 正面を見据えたまま、ゲオルグが息を飲む。

 彼の緊張した様子へただ事ではないと分かるんだけど、相手はうしだもんな……。

 なんて思って遠い目をしていたら、赤いホルスタインは大きな口をがばあああと開き中から何かを吐き出す。

 

「木片? いや……まさか……」


 奴の唾液と共に床に転がったそれは、年季の入った古びた木片だった。

 この木片、左側が赤く染まっている……あの特徴的な赤色は……トレントの一部じゃないのか?

 

「どうされました? ソウシ殿」

「二十階の階層ボスを喰ったのかもしれないです。この赤いうしが」

「悪魔め……奴らは節操なく何にでも襲い掛かります。奴らはいつも飢えているのです」

「あれ、強いんですか?」

「ええ、二十階で出会ったどのモンスターよりも強力です」


 ほうほう。突然変異か何かかな。

 あんなうしゲームにはいなかった気がするんだけど……スイなら何か知ってるかもしれない。

 できればゲオルグが討伐して消え去る前にスイか鈴木に奴のステータスを調べてもらいたいな。

 

 ――ガキイイイン。

 俺が考え事にふけっている間にゲオルグがうしへ向け剣を振り下ろしていた。

 しかし、赤いうしは角で彼の剣を受け止める。

 続いて赤いうしが首を軽く振るうと、ゲオルグが剣ごと宙に浮く。

 ドサリという音と共に、彼は壁へと打ち付けられてしまった。

 

 マ、マジかよ……。

 ゲオルグをあっさりと吹き飛ばすなんて、本当にあの赤いうしは強いのか?

 

『ソウシ、戦わないのかうそ?』

「そうしてもいいんだけど、俺はあくまで傍観者たる案内人だからなあ……」


 パーティ全員が気絶したなら話は別だけど、ゲオルグはすぐさま起き上がって健在だし、うしとかわうそは無傷だろ。

 うしとかわうそをパーティメンバーと呼びたくはないけど……。

 

『使えない奴うそ』

「な、何だとおおお!」


 憤る俺は頭に乗っかるかわうそへ張り手をかますが、奴はひらりと俺の頭から飛び降りやがった。

 

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