第31話 鈴木が……イケメン?

「そんなことがあったのか……後二人に聞いてみないとだけど、俺はハルがここで働くことには賛成だ」


 気丈にも笑顔を見せようとするハルの目は潤んでいる。

 ぽんぽんと彼の頭を撫で、そっと抱きしめた。そこで感極まったのか、彼の口から嗚咽が漏れだす。

 すぐに俺の胸辺りが熱い涙で濡れてくる。

 

「頑張った。ハルは頑張ったさ」

「う、うん……」


 ハルが母親のフェアリーの元へ戻った時、彼の母親は笑顔で彼を抱きしめた。

 でも、彼女の体は彼へ触れることが叶わずすり抜けてしまう。

 そう、既に彼女は事切れており精霊へと転じていたのだ。

 フェアリーは元々精霊に近い存在で、長く生きたフェアリーは死後精霊へと姿を変える。

 そうなるとフェアリーは全ての生きる苦しみから解放され、上位存在へと昇華するのだが、俗世に関わることが難しくなるのだ。

 精霊になったフェアリーは個人の意識が薄れ、風の精霊としてこの世にある見えない力の一種……マナの一部となる。

 

 エリクサーを使おうが、精霊に転じた彼女を元に戻すことは叶わない。

 彼の母親はハルへ外界へ出るように促し、彼にお別れを告げたという。

 

 といっても、これまでフェアリーと共に暮らしてきた彼にとって街で生活することは何ら宛もなく困難を極める。

 行く当ての無かった彼は、自分にいろいろよくしてくれた俺とスイに会いにここへ来たってわけだ。

 

「きゃー。ソウシくんったら今度はこんな小さな子にー」


 おや、この声はめるふぇん店主のおっぱいぷるるんことユウさんじゃないですか。

 夕飯を食べに来たのかな? ちょうどいい。

 

「ユウ、一つお願いがあるんだけど」


 ハルから体を離し、口元に手を当てて喜んでいるユウへ声をかける。

 

「どうしたの?」


 俺のいつになく真剣な声色から察したのか、ユウは途端に真面目な顔になって問い返してきた。


「この子……ハルって言うんだけど、ここのウェイターとして働いてもらおうと思ってて」

「何か事情があるみたいだねー。聞かせてもらってもいいかなー?」

「うん、ハル、俺から話をしていいか?」


 ハルがコクリと頷いたことを確認してから、ユウへ先ほど俺が聞いた涙ながらのお話を語る。

 

 ……。

 …………。

 

「ぐす、ぐす……そうだったのー。ハルちゃん! ずっとここにいていいからね!」


 古い。反応が昭和のお母さんみたいに古いけど、ユウは滂沱の涙を流しハルをぎゅーっと抱きしめていた。

 そこへスイもやって来て、ただならぬユウの様子へ形のいい眉をひそめる。

 

「どうしたの?」

「あ、この子、ハルなんだけど……」

「ハル? あ、ああ。エリクサーの。女の子だったの?」

「あ、衣装はアヤカの趣味で……それはともかく、あの後、悲しい事件があってさ」


 スイへも同じことを語ると、彼女も目に涙をためて「もちろんじゃない!」とハルがここで働くことに同意してくれた。

 

 二人に聞きに行こうと思っていたけど、向こうから来てくれたから手間が省けた。


「みんなの同意も取れたことだし、ハル、遠慮なくここにいてくれていいからな」

「う、うん。ありがとう兄ちゃん!」


 よしよし。

 さて、話をしている間にまた腹が少し減ってきた。

 ソーセージでも食べながらビールでも飲むか。

 

 さっそくハルへオーダーを行い、椅子へ腰かける。

 ユウとスイもそのまま食事からのアルコールへ移行するつもりみたいだな。

 

 ◆◆◆

 

「うめえ。やっぱアヤカの料理はうめえ」


 ジューシーなソーセージは噛むと中から肉汁がじゅわーっと出て来て、そいつを流し込むようにビールをごくごく飲む。

 これが本当にうまい!


「相変わらず行儀が悪いわね」

「いいじゃない。男の子なんだし。油で汚れちゃったらスイちゃんが拭いてあげればいいのよー」

「え、嫌よ。こんな汚いのの」


 女子二人が何やら言い合っているけど、今の俺には聞こえてこない。

 目の前の料理とビールに必死だからな。

 

「駄熊。あの幼子は何者なのだ?」


 珍しく人間形態の鈴木が俺の横へ腰かけた。

 

「珍しいな。いつも一人で食べるのに」

「我もたまには下界の喧騒を楽しむのだ」


 ふふんと顎をあげ謎の決めポーズをとる鈴木であったが、俺の知ったこっちゃねえ。

 無視を決め込もうとした時、ハルがやって来た。


「おまたせしましたー」


 冷酒とつけもの、ちくわにしめ鯖と何やら渋い品々がテーブルに置かれる。

 

「ありがとうな。ハル」

「ううんー。またね、ソウシ。あ、そこの黒い色をした兄ちゃんも!」

「っぷ!」


 確かに黒い色をしているな!

 言い得て妙だ。なかなかうまく表現するじゃあないかハルよ。

 

「駄熊、だからあの幼子は何者なのだ? 我の預かり知らぬところで新たなギルドメンバーが見つかったのか?」

「いや、そうじゃない。あの子は異世界の人だよ。これこれこういうことがあってな」

「ふむ。それならば仕方あるまい。我も鬼ではない。認めようではないか」

「おう」


 最初から鈴木の同意なんぞ取る気も無かったがな。

 まあ、聞かれたから答えただけだ。ふふん。

 

 それはそうと、いつの間にやら混んできたな。

 ハンター達が冒険を終えて、大迷宮から続々と戻ってきているからだろう。

 しかし、さすがというか何というか配膳スピードがまるで衰えていない。アヤカの料理速度、恐るべしだな。

 

 ミーニャ達のパーティや以前ご一緒した無謀な髭のおっさんのパーティなどなど見知った顔もチラホラいる。

 レストランはまだこれでいいとして、宿の方はそろそろ拡張しなきゃだな。野宿するハンター達もいるみたいだしさ。

 

 しめ鯖をカッコいいポーズ(笑)で食す鈴木へ遠い目を送っていたら、ミーニャが後ろで手招きしている姿が見えた。

 

「ん?」

「ね、ねね。そこの黒い人……案内人さんの知り合い?」


 チラチラと鈴木に目をやりながら、ポッと頬を染めるミーニャ。

 隣にいる犬耳さんもまんざらではない様子で横目で鈴木を見ている。

 

 ま、まさか……。

 

「鈴木に何かあるの?」

「スズキって言うの? 案内人さんの知り合いにこんなイケメンがいたなんて、ビックリしちゃった」

「そ、そう……」


 あのナルシストのどこがいいのか俺には理解に苦しむ……。

 

「あたしは案内人さんの方がカッコイイと思うにゃ」


 猫耳さんが両手で俺の手を握り、コロコロとした笑顔を見せる。

 ぐ、ぐうう。嬉しいけど、またしても冷気を感じるぞ。

 

「ソウシ、モテモテじゃない」

「す、スイ……い、いやこれはだな」

「あああ。この人がうわさの案内人さんの彼女さん! 凛として可愛いにゃ……」


 しゅんと猫耳さんが口を尖らせてしまった。

 一方でスイはというと、ブツブツと何やら呟いてうつむいている。

 

 もう何が何だか分からん。

 場がカオス過ぎて俺の理解を越えてきている。

 

 ――ドオオン、ドオオオン。

 その時、さらなる混乱を誘うかのようにドラの音が鳴り響く。

 

 さささっと扉が開き、赤じゅうたんがくるくると敷かれて行く。

 

 物々しい全身鎧を着た騎士がさっそうと歩いて来て、絨毯の横にかしずく。

 

「勇者さまのおなーりー」


 ――ドオオン、ドオオン。

 またしてもドラの音。

 

 シーンと静まり返るレストラン。

 入口から何者かが赤じゅうたんの上に乗った。

 

「え、えええ……」


 あんまりな光景に俺の口からため息が漏れる。

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