第23話 殴りはほどほどに

「……ス、スイ?」

「ソウシ……」


 同じ言葉を繰り返されると怖さが倍増する。

 無表情で後ろに黒いオーラを携えたスイが俺に一歩、また一歩向かってきた……。

 こ、ここは。

 

「ハル。大丈夫だったか」

「う、うん」


 ハルの後ろへ隠れるようにして、彼を立たせる。

 

「ハル、しばらくこの部屋は安全だから安心してね」


 スイが涼やかな笑みを浮かべてハルの頭をポンポンと叩く。

 彼を自分の後ろへやると、急に表情が一変し。

 

「た、助けようとしたんだって」

「ふうん」

「ほら、剣をさ。抜こうとしてたんだよ」

「そう……」


 両手をバキバキさせて、息のかかる距離までにじり寄り背伸びするスイ。

 少しだけ唇を前に出すと彼女のおでこにキスができそうな……。

 

「お、落ち着け」

「目を瞑っていいわよ?」


 さあ、お前の罪を数えろとばかりに刺すような目線を感じる。

 こいつは……いろいろやべえ。

 

 でも、律儀に俺が目をつぶるのを待っているスイなのであった。

 仕方なく目を閉じたら、思いっきりグーパンを喰らい扉に激突してしまう。

 

「ほ、本気で殴っただろ?」

「私は魔法使い系だから、あなたには大したダメージでもないでしょ?」


 スイはふんと顎をあげ両手を腰にあてる。

 彼女の言う通り、HP自体は殆ど減っていない。でも、痛みは……普通に感じるから……。


「いちちち……」


 頬をさすり立ち上がる。


「反省した?」

「うん」

「許す」

「わーい」


 子供っぽく万歳したら、スイは「しょうがないわね」と呟いて頬を撫でてくれた。


「大人の愛って難しいんだな」


 ハルの呟きが耳に入る。


「あ、愛って……ソウシと私はそんなんじゃ……」


 頬に手を当て赤くなるスイであった。

 微妙な空気が流れる中、何とかせねばと俺が先陣を切る。

 

「これで終わりだよな。クリーピングバインの蔦をちぎってくればよい?」

「まだよ。次は四階まで行くわ」

「おっけ。ハル、前に出ないように気を付けてくれよ」

「うん!」


 ◆◆◆


 四階層に下り、最初のT字路を抜けたところで宝箱を発見する。


「ソウシ、開けてみて」

「俺、罠外しのスキルは持っていないけど」

「分かってるわ」


 言われた通り、目の前にある宝箱を開けた。

 幸い毒針が飛んできただけで、プスッと毒針が俺の腕に突き刺さるが毒をレジストする。

 

「ん、何だか甘い香りが……」


 急速に眠気に襲われる俺……。

 しかし、首元に衝撃を感じ一気に目が覚めた。

 

「あなたが寝てどうするのよ」

 

 俺の首元にチョップを入れたのはスイだったようだ。

 さっきの甘い香りもスイがやったのかな?

 

「さっきのは?」

「スリープの魔法よ。ハルを眠らせるためにね」

 

 ん?

 理解ができず首を捻っていると、スイからハルをおんぶするように指示を受けた。

 いそいそと彼を背負って彼女へ目を向けると、彼女はスタスタと前へ歩いて行く。

 この方向って……。

 

「エレベーター?」

「そうよ」


 エレベーターに乗り込み、五百五十一階へ。


「ちょ、待て、このままじゃ、即死するって」

「うん、だから、トランスするのよ」

「ハルはどうするんだ?」

「そこに寝かせておきましょう。大丈夫。ほし!」


 スイが呼びかけると、即座に床から影が染み出してきて人型を取る。

 

「俺の名を呼んだのは貴様か。オーダーを寄越せ」

「サーチアンドセーフティよ。ここなら安全だけど、ハルが起きちゃったらまた寝かせて」

「了解だ。マスター」


 ……何のノリなんだよ。

 突然の二人のノリに全くついていけない。最初に「貴様」と呼んでいるのに、次に「マスター」になるって意味が分からねえ。

 芝居がかった仕草をしているから、きっと彼の中の中二心がくすぐられているんだろうけど、触れない方がいいか。

 

「スイ」

「何かしら?」

「ここで何をするつもりなんだ?」

「五百五十一階。ゲームの時には何度も来たじゃない?」

「あ、ラダーボスか」

「うん。コアを採りに行くのよ」

「在庫切れ? いや、あ、『ハルの手伝い』か」

「その通りよ。ここで寝ていてもらうけど、一応、『ハルの手伝い』として成立するはずよ」

「分かった」


 スイは最初からここへ来るつもりだったんだな。

 見せかけとして三階のクリーピングを倒した。だけど、本命は五百五十一階のラダーボス「クリスタルボルテックス」だったってわけか。

 こいつのコアを採取して、エクストラポーションと掛け合わせるとエリクサーになるんだ。

 

 エリクサーはHP・MPはもちろんのこと死亡以外の状態異常も全て治療するという万能薬である。

 ハルの母親がどんな症状か分からないから、何にでも対応できるエリクサーを準備するってのがスイの考えだった。

 

「よおし、さくっとグリボルを仕留めるとするか」

「ええ。すぐに向かいましょう」


 ◆◆◆

 

「くまああああ!」


 ふさふさとした白い毛に覆われた右腕を振り上げ、勢いよく振り下ろす。

 か、硬い。

 でも、鈍い音がして俺の打撃を受けたエメラルドグリーンの巨大な宝石にヒビが入る。

 

 対する巨大宝石ことクリスタルボルテックスは目もくらむほどの光を放ち、奴を中心として衝撃派が巻き起こった。

 急ぎバックステップを踏み、スイの前に仁王立ちした俺は両手を広げ衝撃派を真っ向から受け止める。


「くま(割に痛い)」


 HPが多少減った。しかし、体に感じる痛さだけでいえば三階層で喰らった誰かさんのグーパンチの方が遥かに痛い。

 

「ありがとうソウシ。準備はできたわ。時さえも停止せよ。エターナルコフィン」


 スイの持つ杖から絶対零度の冷気が舞い上がり、クリスタルボルテックスへ向かう。

 キイイインと澄んだ音と共に、鳴動するクリスタルボルテックスの動きが完全に停止した。

 

「くまあ(とどめだ)!」


 右でくまーパンチ、続いて左。

 そしてくるりと回転した勢いそのままに更に右。

 

 くまー三連撃によって、クリスタルボルテックスは粉々に砕け散ったのだった。

 

「くま(あ……)」


 やべえ、粉々にしたら……コアが採取できないんじゃ。

 

「凍らせたのがまずかったかしら……」


 スイもタラりと額から冷や汗を流す。

 テクテクと俺の横まで来た彼女は、クリスタルボルテックスの残骸の前でしゃがみ込む。


「……」

「……あったわ。コアよ」

「くま!」

「うん」


 どうなることかと思ったけど、無事にコアが取れてよかったよ……。

 やりすぎ注意と俺は心へ深く刻み込んだのだった。

 

 用が済んだら急ぎエレベーターまで戻る。

 ハルは……お、まだ眠っているな。よしよし。

 俺は彼を背負って、スイと共に四階層まで移動する。元の宝箱の位置まで来たところで、彼を揺すって目覚めさせた。

 

「ハル。戻ろう。素材は集まったよ」

「んー。僕は寝ていた?」

「少しだけな。宝箱の罠で」

「罠って怖いんだね……」

「んだなあ。絶対に罠を外さないで宝箱を開けちゃあダメだぞ」

「うん」


 罠を外しさえしなかった本人が言うセリフじゃないけど、そこはまあ気にしないでくれ。

 短時間で場所を変え過ぎたからしっちゃかめっちゃかになったけど、とりあえず一階層まで怪我もなく戻ってくることができたから良しとしようじゃないか。

 ははは。

 

「じゃあ、私はお店に戻ってクリーピングバインの蔦を調合してくるわね」

「うん。俺とハルは冒険者の宿で待っておくよ」


 ハルに調合のことを説明しながら、冒険者の宿へと向かう。

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