第21話 ぱぱー

 お子様は七歳前後ってところか。小学校低学年くらいに見える。

 ふんわりとした金髪に青い目で、ほっそりと……いや痩せすぎかな。

 泥が所々に付着した麻のズボンに首元が四角く開いた長袖を着ているから、男の子なのか女の子なのかどっちなのか判断に迷う。

 いや、性別なんてどっちでもいいんだよ。

 

 問題は……なんで俺がパパなのかってことだ!

 

「パパ―」


 こらあ、それ禁句な。禁句。

 スイの目がさっきから怖すぎて直視できないほどなんだから。


「スイ。考えてみてくれ。例えば俺が二十歳だとする」

「うん」

「この子供が七歳だとして、おかしいだろ?」

「ソウシ……大人になるまでそういうことしたらダメよ?」


 どうしても俺へ疑いを向けようってのか。

 百歩譲って俺に子供がいたとしよう。でも、この世界へ転移してはこないだろ?

 ここへ来てから三ヶ月しか経過してないんだから、仕込んだとしたってまだ産まれてもない。

 

 つまり、物理的に俺の子供である可能性なんて無いんだって。

 ん、待てよ。

 いいことを思いついた。ニヤアっと口元が緩む。

 

「嫌らしい顔をして……汚らわしい」


 すかさずスイの突っ込みが入る。いつもよりトゲトゲしさが五割増しだ。

 負けじと俺は変な顔をしたまま彼女へ言い返す。

 

「スイ、見てみろよ。この子、金髪碧眼じゃないか。俺は黒髪黒目。そして、スイは金髪碧眼。つまり……」

「ママ―」


 お子様が今度はスイの腰へぽふーとタックルする。

 よっし、擦り付け成功だ!

 今孔明と謳われた俺の知力を尽くした策略……ははははは。

 

「そ、そんな……」


 対するスイはワナワナと体を震わせた。

 まさか本気にしていないよな?

 

 グアシ!

 スイに両肩を掴まれた。

 彼女は眉尻を下げ普段はツンと尖った大きな目を潤ませながら俺を見上げる。

 

「ス、スイ。ご、ごめ……」

「ソウシ。あなた……いつの間に私と……」

「いや、え?」

「この子……」

「いや、待て待て。理性よお。戻ってこいー」


 スイの体を揺するが、彼女は頬を赤く染めたままで何ら反応を返さない。

 ん、でも最初は普通だったよな。彼女は。

 明らかに変な判断をするようになったのは、俺の言葉からだけど……俺の言葉には強制力や思考力を奪う効果は無い。

 となると……。

 原因はこのお子様以外にないはず。

 

 お子様の肩をぐいっと掴み、ゆさゆさと体を激しく揺すってみる。

 すると、彼……仮に彼としておこう……彼の身体から細かな粉っぽいものが落ちてきた。

 指に粉を付けてしげしげと眺めてみる。

 分からん。

 

 アイテムボックスに入るかポーチに手を伸ばすと……お、収納できたな。

 どれどれ。

 

『純真の粉』


 おー。これはまたネタアイテムだな。

 たしか「純真の粉」って「有り得ない馬鹿らしい言葉ほど信じてしまう」ってコメントが付いてるアイテムだったはず。

 でも、スイのレベルなら簡単にレジストできるだろうに。俺だって無意識のうちにレジストしてたんだからさ。

 

 あ、そうか。

 相手が子供だったから完全に信用していたのかな。多少でも疑う意思を持っていたらレジストされる。

 だけど、微塵たりとも抵抗の意思を持っていなかったらレジストそのものが放棄されるんだ。

 確か、スイがそう言ってた。

 

 ネタアイテムには明確なレジストスキルはない。俺の状態異常無効化能力であっても完全に効果を発揮するわけじゃあないんだ。

 現に俺はあの魚に引っかかったわけだしな。

 しかし、あれはまた別の話。使用者のレベルが高いからレジストが難しい。

 なかなかもってネタアイテムの仕様ってのは複雑なんだ。

 

 ともかく、アイテムの効果だってことは分かった。

 なら、一分ほど待てば大丈夫。うん。

 

「ソウシ、突然黙ってどうしたの? やっと現実を理解したのかしら?」

「うん。分かった。だから、二人目を作ろう! な! スイ」


 どうせなら遊んでやろう。ははは。

 いやん。ソウシくん。悪い奴。


「ちょ、ちょっとこんなに人がいるところで言わないでくれない? は、恥ずかしい……」


 かあああっと耳どころか首まで真っ赤に染めてスイはモジモジした様子で俺から目を逸らす。

 可愛い。

 もっといじりたくなる。

 

「じゃあ、家に戻って、な」

「ダ、ダメよ。この子の前でそんな……」


 こ、これはチューくらいいけるんじゃねえか?

 スイの肩へそっと手を置き、そのまま彼女の顔へ自分の顔を近寄せて……彼女は顔を真っ赤にしながらも目をつぶり唇を上へ「んっ」と向けた。

 

「スイ」

「もう、こんな時に名前を呼ばないでよ。恥ずかしいじゃない」

 

 これは……いける。

 そう確信した時、

 ――パシイイインと甲高い音が響く。

 これは、スイが俺の頬へ平手打ちをかました音だ。

 

「ソウシ、何しようとしてくれてるのかしら?」

「あ、戻った……」


 どうやら純真の粉の効果が切れてしまったらしい。


「戻ったって何? あなた、私に何か盛ったの?」

「い、いや、俺じゃなくてだな……そこの」

「パパ―、ママー」


 言い合うスイと俺の間に子供が割って入って来た。

 そもそも事の発端はこの子にある。

 

「スイ、ちょっとこの子を見ててくれ」

「……仕方ないわね」


 二人を残して、キッチン裏まで行きアヤカにホットミルクを作ってもらって戻ってきた。

 

「ほら、とりあえずこれを飲んで落ち着け」

「ありがとう。パパ」

「パパはもういいから……俺の名はソウシ、こっちはスイ」

「ソウシ、ありがとう」


 お子様がやっとパパ呼びををやめてくれたよ。

 はふはふとしながらホットミルクをちびちびと飲んで行く子供を眺めながら、ため息をつく。

 

「スイ、ちょっと……」


 子供に聞こえないようスイの耳元へ口を寄せ囁く。

 彼女も察したようで、席を立ち、カウンターの傍までテクテクと歩いて行った。

 

「あの子供の体に『純真の粉』がいっぱい付着していたんだよ」

「分かったわ……きっとあの子の事情に関係があるのね」


 二人で頷き合い、子供のところへ戻る。

 ちょうどその頃彼はホットミルクを飲み干していて一息ついたところだった。

 

「それで君は何をしにここまで来たんだ?」


 なるべく優しい声で子供に問いかける。

 

「ここへ祈りに来たんだ。女神様ならきっとお母さんを」

「女神……あ……」


 あれか、ぐでえっとしたえむりん像のことか。

 アレに祈ったところでどうにかなるとは思えないけど……。頼りなさそうだろ。

 

「お母さん、どうしたの? 病気か何かなのかな?」

「分からない。でも、体が……普通じゃないんだ!」

「あなた、人間よね? あなたのお母さんって人間なのかしら?」

「ううん。お母さんはフェアリーだよ。アゲハ蝶のような羽が綺麗なんだ」


 やっぱり、そうだったのか。

 純真の粉はバタフライフェアリーの鱗粉なんだよ。

 ここまで旅をしてきて尚、鱗粉が落ちて来るなんてバタフライフェアリーと常に接触しているでもなきゃ考えられないもの。

 

「それが何でわざわざここまで祈りに?」

「お母さんに似ている像があるって聞いたから。ここの女神様はきっとフェアリーの女神様なんだって思ったんだ」

「なるほど……。でも、俺に絡むことは無かったような……」

「ソウシがザ・ワンの案内人って聞いて。ごめん」

「ふむ……」

「大迷宮は不思議な薬や聖なる水があるとか聞いたから……ソウシなら何か知っていると思って」

「そうか。別にもう怒ってないからそんな顔するな」


 ポンと子供の肩を叩き、彼へ笑顔を見せた。

 

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