第13話 ものつくり

「だったらもっと人を呼ぶために、一階を改装してみない?」


 絶対怒ってる。怒ってるよ。だって、スイの口元がぷるぷると震えているんだもの。

 でも、案自体は素晴らしいと思う。

 一階はエントランスでモンスターが出現しないし、仕切りの無いだだっ広いだけの階層だから。

 

「いいわね。あたし、レストランが作りたいわあ」


 ずっと黙って話を聞いていたアヤカが両手を重ね頬に手の甲を当てる。

 くねくねと動きもつけているから、なかなか心に来るものがあるな……。

 何度も言うが、アヤカはスキンヘッドの筋骨隆々なゴツイオネエサンなのだ。

 

「それだったら武器や防具も置いて、宿屋も準備したいな」


 アヤカの意見に俺も自分の思いを被せた。

 この世界では手に入り辛いけど、作成できるレベルの武器防具を揃えたらそれだけでハンターが訪れる理由になる。

 宿があればずっと大迷宮に入り浸ることができるし。


「頑張ってレベルを上げてもらって、しっかりとピンチになってもらえれば最高ね」

「なんだか冒険者育成ゲームみたいだな……」

「言い得て妙ね。ハンターのレベルがあがることは私たちにとって大歓迎だもの」

「うん。強くなればなるほど、俺たちに入るカルマも増えるからな」

「そうと決まればさっそく動きましょう」

「そうだな! うん」


 なんだか楽しくなってきたぞお。

 大迷宮の運営。まずは一階の改装からスタートだな。

 改装が終わったら何とかしてここにハンターを集めないと。

 

 ◆◆◆

 

 一か月後――。

 頭の先から尻尾の根元までで三メートルほどあるトカゲと対峙している。トカゲの名はファイアリザード。

 鮮やかな赤色の鱗を持つモンスターだ。

 

 俺が今いるのは大迷宮の九十七階。エレベーターを使ってスイと一緒にここまで来ている。

 

「くまー(あれでいいのか?)」


 シロクマ形態だから言葉では何も伝えることができない。

 なので、手でファイアリザードを指さしスイへ顔を向ける。

 

「うん。あれあれ」


 一方のスイは人間の姿のままだ。俺がいるからいいものの、五十階以上は一応変身しておいた方が安全だと思うぞ。

 軽く頷きを返し、ファイアリザードへ向けノシノシと歩いて行く。

 

 対するファイアリザードはトカゲのくせにドラゴンのような炎のブレスを口から吐き出した。

 飛来する炎の塊。

 しかし――。

 

「くまー」


 右腕を軽く振るうだけで、炎の塊は消し飛んだ。

 そのままファイアリザードをくまーパンチの射程距離に捉えた俺は、左腕を振りあげ横なぎに腕を振るう。

 

 力を抜いたつもりだったんだけど……ファイアリザードは盛大に吹き飛び壁に激突してしまった。

 奴は衝撃で鱗がひしゃげ、ドサリと床に落ちる。

 

 さて、急いで回収回収。

 モンスターは三時間以上放置すると、大迷宮に吸収されていなくなってしまうんだ。

 なので、アイテムボックスに入れるか一階にもっていかないといけない。実は最上階に持って行っても消えないんだけど、わざわざ最上階に行く必要なんてないよな……。

 後は外に持ち出しても消えない。

 要は大迷宮の中で、モンスターが出現するエリアにモンスターを放置したままにしておくと、消えてしまうってわけだ。

 

 ファイアリザードの尻尾を掴みズルズルとスイの元まで引っ張っていく。


「ご苦労様」

「くま」

「そういえば、ソウシの『くまーパンチ』だっけ?」

「くま?」

「あれってパンチじゃなくて張り手よね。握りこぶしが作れてないもの」

「……」


 た、確かに言われてみればそうだ。

 な、なんてこったあ。いや、くまー張り手だと締まらないから、今後もくまーパンチってことにしておいてくれよ。

 

 地味に心へダメージを受けつつも、ファイアリザードを引っ張ったままエレベーターへ向かう。

 

 間もなく、階層の一番端まで到達した俺たち。

 場所はどこでもいい。外周に当たるところの壁であれば。

 ペタリと壁に手をつけ、心の中で「エレベーター」と念じると触れていた壁がズズズと音を立てて横に開く。

 壁に直立したシロクマ二体分ほどの空間が開き、奥に小部屋が見えた。

 

 この小部屋こそエレベーターなんだ。

 小部屋に入ると、三秒後きっかり壁が元に戻る。

 

「一階へお願い」


 スイが呟くと、下に落ちる浮遊感を覚えた。

 あっという間に一階へ到達した俺たちはエレベーターから外に出る。


 ◆◆◆

 

 一階は俺たちの手によってちゃくちゃくと改装工事が進んでいた。

 変身した時のパワーをもってすれば、工作機械以上の動きができるのだ。

 

 建築素材は外や大迷宮の中から調達した。木材、石材、鉱物……などなど。

 最も重要なのはユウの糸である。彼女の糸を使って釘の変わりに建材同士をつなぎ合わせる接着剤の代わりとしたのだよ。

 

「えっと、これは工房に持っていけばいいんだっけ?」


 人間に戻った俺は隣で歩くスイに問う。

 

「うん。バラシて私とユウが使うわ」

「おっけ」


 ファイアリザードの鱗を使って防具と道具を作るんだそうだ。

 俺は生産スキルを一切持っていないから、素材集めしか協力することができない。

 

 あれ?

 昨日まで工房は一階建てだったよな。それに一階の面積も広くなっているような……。

 工房に辿り着いた俺は首を捻る。

 

 工房は石作りの壁に青い屋根をした平屋だったんだけど、今は二階建てになっていた。

 屋根の色は以前と同じ、濃い青色。入り口は両開きの大きな取っ手がついた金属製の扉になっていて、横に看板が立てかけてあった。

 

 看板には「武器・防具屋」って書かれているじゃねえか。

 いつの間に……。

 

 気になって、工房をぐるりと回ってみたら、裏手に小さな扉があってそこを開けてみたら作業台のある見知った工房の姿を確認できた。

 

「おー。ソウシくん。おかえりー」


 アラクネーの糸を指先から出してシャツを作成していたユウ

 

 がこちらに目を向ける。

 勢いよく振り向くものだから……ぷるるんーっと揺れた。

 何がってのは言わなくても分かるだろう?


「いつの間に改装したんですか?」

「きみたちが行っている間だよー。アヤカ姐さんにも手伝ってもらってねー」

「武器・防具屋を作るとは聞いてましたけど……」

「工房と一緒にした方が導線が短くてよいでしょー」


 導線とか主婦みたいなことを……ユウは主婦だったんだろうか?

 聞いてみようかなあと目を向けたけど、何だか背筋に寒いものを感じて聞くのをやめた。

 な、何だったんだ? 今の気配。

 

「あ、それと。二階を倉庫にーと思ったんだけど、レンくんが地下室を作ってくれたのー」

「あいつ地下好きだからな……」


 ファイアリザードを作業台の机に置き、工房から出る。

 あれ? スイは?

 一緒について来ていると思ったんだけど、どこへ?

 

 スイもお店の準備中だったから、改装に向かったのかな。

 どの施設もオープンに向け着々と仕上げ段階に入っているし?

 

 トコトコと武器・防具屋からスイの店へ向けて歩いて行く。


「え……?」


 ちょっとこれはやりすぎじゃないだろうか……。

 スイの店を見て頭を抱える俺なのであった。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る