第11話 くま(尻)

 モンスターを倒しつつ、いよいよ俺たちは七百七十六階へ上る階段の前まで来ていた。


「くまー(いよいよだな)」


 登り階段を見上げ、ゴクリと喉を鳴らす。

 

「ここまで、メタモルフォーゼオンラインと全く同じ作りをしていたわ。だから上もきっと」


 スイが杖を両手で握りしめ、ブルリと肩を震わせる。

 ゲームと同じなら、七百七十六階は広大なワンフロアになっているはず。

 そこには、ヘブンズドアへ向かうプレイヤー達に立ちふさがるボスモンスターが控えている。

 

 そのボスモンスターの名は「覇王龍」。その名の通り、メタモルフォーゼオンラインでは最も巨大でレベルの高いドラゴンなんだ。

 奴はとにかく硬くて、ブレスのダメージも痛い。

 ゲームでは奴のブレスの方に目が行っていたけど、リアルとなると話は異なるんだ。

 

 危険なのは「即死魔法」である。

 ゲームなら死んだとしても、エリクサーといったアイテムなりリザレクションの魔法やらで即復活させることができた。

 しかし、現実世界となれば死んだ人が本当に復活するのか果てしなく不安だ。

 

 俺はいい。即死も状態変化の一種だから「効かない」。だけど、他の仲間たちは違うんだ。

 だから、ここは、俺とスイの二人で突入する。

 

「アルティメット」


 気を付けてねの変わりにユウから補助魔法が飛んで来た。

 彼女は不安そうに目を瞑り、両手で俺の手を握りしめ肩を震わせる。

 

「プロテクション」


 アヤカががっしと男前に俺の肩を掴み、静かに頷く。


「お前は大丈夫だろうが、スイをちゃんと護れよ」


 鈴木も珍しく普通の言葉で俺を激励してくれた。


「くまあ(行ってくる)」


 右腕をあげ、スイと並んで上へと向かう。

 

 ◆◆◆


 階段を登ったところで、ビンビンと毛皮が逆立つほどの圧倒的な気配を感じとる。

 前を向くと……予想通りの覇王龍がこちらに目を向けていた。

 

 覇王龍は白銀の鱗に包まれた神々しいドラゴンだ。

 奴はモンスターといえども気高く、最深部へ行く価値があるのかプレイヤー達を見極める存在。

 こちらが攻撃を仕掛けるまで、動くことは無い。

 

 これこそがチャンスなんだ。

 

 一撃で決める!

 スイと目配せし、お互いに頷き合う。

 

「優しく扱ってね……」


 スイはポッと頬を染める。言葉が通じない代わりに彼女の肩を抱き、ぽんぽんと背中を手のひらで叩く。

 

「くまあ(安心してくれ)」

「何を言っているのかまるで分らないけど、仕草で分かったわ」


 スイは不安そうに睫毛を震わせ、俺の体に手を伸ばす。

 しかしシロクマの体は大きすぎて、彼女の手が後ろまで回ることがなかった。

 

「頼んだわよ。ソウシ」

「くま!」


 俺の体から離れたスイは、両目をつぶり深い集中に入る。

 

「形態変更。モードオン」

 

 そこで一旦言葉を切り、目を開くスイ。

 じっと俺の顔を見つめながら、彼女は最後の言葉を告げる。

 

「全ての魔を払い給え、ザナドゥ」


 彼女の体が光り輝き、その姿を変えていく。

 一際輝いた後、彼女の姿は黄金の光を放つ一振りの大剣へと転じていた。

 

 これぞ、オートマタ最終モード「ザナドゥ」。

 現在残っているMPの全てをつぎ込み、たった一撃だけ振るうことのできる大剣へと自らを転じる魔法。


 メタモルフォーゼオンラインでも一撃の強さだけで言えば最高クラスに入る「ザナドゥ」は、威力の分制約も大きい。

 一つは先ほど述べた通り、問答無用で全てのMPを持っていかれること。MPの量に応じて威力が変わること。

 最後に、大剣になると自分で動くことができなくなることだ。

 

 だから、俺が持つ。

 シロクマは通常の武器を装備することができない。

 例外は他のプレイヤーが武器に転じた場合のみ。

 

 俺の前に浮き上がった「ザナドゥ」の柄をそっと両手で握る。

 

「くまあ(行くぞ)、くま(スイ)!」


 座して待つ覇王龍に向け、一直線に駆けた。

 最大限の加速力を持って、飛び上がり、大剣を振り上げ――。

 

 振り下ろす!

 

 覇王龍の首元を捉えた大剣は黄金の光を放ちながら、肩から腹へ向けて斬り口を広げていく。

 すげええ。くまパンチじゃビクともしない覇王龍の鱗をこうもあっさり。

 

『見事だ』


 聞きなれた覇王龍を倒した際のメッセージが聞こえてきて、奴は白い光をあげながら消滅した。

 

「ちょっと、どこ触っているのよ……」

「くま?」


 一撃入れた後、スイは元の形態に戻る。

 それはいい。だけど、何故か俺の両手はスイのお尻を抱え上げるようにしているではないか。

 やわらかーい感触が肉球から伝わってくるう。

 

 知らないフリしていたら、彼女はダラダラと額から汗を流しつつ耳まで真っ赤になっていた。

 

「もう! 頑張ったから、今だけよ」


 そう言いながら、彼女は俺に抱き着くようにしてお尻を俺の手から離す。

 

「くま(尻)……」

「だいたい何を言っているのか想像がつくんだけど……」


 俺の首に手を回し、くるりと俺の背中へ体を回転させたスイがスタッと地面に降り立った。

 ご褒美をくれるぽい発言だったのに、何もないの? ねえ、何もないのお?

 

 俺の心の中の怨嗟の声などどこ吹く風で、スイは階下に残った三人を呼びに行ってしまった。

 

 ◆◆◆

 

 いよいよ、七百七十七階に到達する。

 ここも仕切りの無いガランとしたホールになっていて、中央にぽつんと高さ十メートルほどある扉があるだけだ。

 これこそヘブンズドア。この広間は通称「リセットの間」。

 

「やっと到着したなあ」


 久々に人間形態に戻った俺は感慨深く遠くに見える扉を指さす。

 

「そうね。結局ここまで来るのに一週間くらいかかっちゃったわね」

「広すぎなんだよ。ザ・ワンは……」


 しかし、ここまで来れば後は扉の前に行くだけ。

 最深部はモンスターも出ないから、安心して進むことができる。

 

「あ、妖精さんがいるー」


 ユウの指さす方向を見ると、扉の横に浮かぶ緑色の淡く光る鱗粉を振りまく小さな生き物が目に映る。

 身長はおよそ四十センチくらいの緑のワンピース調の服を着たあの生物に見覚えがあるぞ。

 背中からトンボのような羽を四枚生やした人形のような愛くるしい顔をした妖精……あれはヘブンズドアにいるNPCで間違いない。

 でも、本当にNPCなのか、この世界の生き物なのかは不明。

 

「妖精さんじゃないよー。えむりんだよー」


 ユウの声に気が付いた妖精ことえむりんがついーっとこちらにふよふよと飛んでくる。

 しかし、俺たちの元へ辿り着く前に落下して、床にぐでえっと突っ伏してしまった。

 

 こ、この脱力系の性質……ひょっとするとひょっとするのか?

 

「えむりん、バナナが食べたいのー」


 マジかよ。セリフまでそっくりじゃないか。

 

「えむりんー、どうぞー。バナナだよー」

「ありがとおうー。えむりん、うれしいなー」


 なんだか姉妹みたいに波長があうな、ユウとえむりん……。

 それはともかく、彼女が本当にメタモルフォーゼオンラインのNPC「ぐでぐで妖精」こと「えむりん」なら、ヘブンズドアの制御を司っているはず。

 

「えむりん、ヘブンズドアを使うとどうなるか分かる?」

「んー、えむりんー、ドアを開くことができるよー」

「そ、そうじゃなくてだな」

「バナナおいしいなあー」


 だ、駄目だ。

 ゲームと同じで話がまるで通じない。

 

 どうしたもんかと思っていたら、いつの間にか扉の前に立っていたスイが俺を手招きする。

 

「どうした?」

「扉に手を当ててみて」

「うん」


 スイに言われた通りに扉に手を当てると、頭の中にメニューが浮かんできた!


※明日一日お休みするくま

 

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