第1話

「新聞紙を四十二回折ると月まで届くんだって」

 誰かが言ったその言葉に騒めいていた教室が鎮まる。言った本人は口を手で塞ぎ、教室を白けさせてしまったことにばつの悪さを感じている様子。お調子者の大貫太一が指をピシッと弾く。

「それだ!」

 はてなマークの浮かぶクラスメイト達に大貫は説明する。

「椅子を重ねて月まで届く軌道エレベーターを作るってのはどうよ?」

 その一言に、今まで重苦しい雰囲気が漂っていたクラスが溌溂として沸く。飛び交う大貫に対する称賛の声、大貫はこれくらい余裕だと言わんばかりの態度をとっているがその表情はにやけていてだらしない。

「おい天竺、なんでそんなつまんなそうにしてんだよ」

 頬杖をつき、窓の外を眺め、気怠そうにしている峯野天竺に向かって大貫は話しかける。

「文化祭なんてめんどくさいし」

「そんなこと言うなって。高校最後の文化祭ぐらいぱーっと楽しもうぜ」

ナァ! 大貫の一言にクラスのみんなは、そうだそうだ、ど派手にいこう、そう言った声が飛び交う。天竺はため息をつき、席を立つ。

「どこいくんだよ?」

「トイレ、トイレ」

 峯野は面倒くさそうに手を振り、教室の扉を開けようとしたとき、学ランの袖を軽く引っ張られる。

「なんだよ……」

 峯野はうっとうしそうに払いのける。

「あ、ごめんね峯野くん」

 その声を聞き、峯野はしまったと思う。峯野の服を引っ張っていたのは浅岡牡丹だった。何を隠そう、峯野は浅岡の事が一年生の頃から好きだったのだ。

「ア、 ゴメンコチラコソ」

 気付かない内に日本語が片言になっている。浅岡はクスっと笑い、首を横に振る。揺れた長い黒髪からはシャンプーだろうか良い香りがほのかにかおる。

「いいの。急に引っ張っちゃった私が悪いし」

 そう言って、少し乱れた髪を指先で好き、毛先をモジモジさせる。

「……文化祭実行委員のあたしとしてはね、峯野くんにも積極的に文化祭に参加してほしいの」

 浅岡の頬はほのかに赤みを帯びていて、峯野は見ていてドキッとする。女の子にこんな風にお願いされて、断れる男子はいるのか。峯野は、うん、と軽く返事をし、踵を返し、席に戻る。

「トイレはいいのかよ?」

 一部始終を見ていた大貫はニヤニヤしながら峯野に問う。

「尿意失せた」

「嘘つけ。顔真っ赤だぞ」

「え、マジ?」

「嘘」

「大貫てめぇ」

「ちょっとそこ、今からあたし話すから静かにして」

「「ごめんなさい」」

 浅岡に怒られた二人はシュンとし、お互いを肘でこづく。こうして、文化祭の出し物を決めるホームルームが再開した。



 その後のホームルームで決まったことは出し物と場所。出し物は担任の助言もあり、月と地上をつなぐ椅子の軌道エレベーターから、標高四千メートル富士山さながらの景色が望めるパノラマ椅子展望台へと変更した。場所は万が一倒れた場合を考慮してグラウンドの真ん中で作成することになった。どうやって積むかはやってみないと分からないという結論に至り、積む理論は物理の先生、積むときの補助として体育の先生にそれぞれ協力してもらうということになった。これは大変な作業になるな、担任が呟くと、大貫の掛け声に合わせ、えいえいおー、と教室が揺れるような咆哮が響き、隣のクラスの先生から、うるさいと、お叱りを受けた。

 峯野は少し温度差を感じながらも、浅岡にいいところを見せるべく、文化祭準備が始まった。

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