第24話 優しくもあり、阿呆でもあり

 眼が覚めて庭に出ると西に傾いた陽の影で慈愛邸の敷地を囲むドームに所々大きな穴が開いているのが分かった。

 王族だからって家も不必要に大きいし敷地全体をドームで囲んだ家って珍しい。


 この庭をパタパタ飛ぶのは楽しかったけど口が回らなかっただけじゃなく現世の言葉を理解するのに時間が掛かった。シリウスと愛梨が話していた事の半分も理解出来なくて俺に向けられる笑顔と『愛してる』と言っているのはよく分った。


 仙香に会った時から記憶が曖昧になり翼を焼かれた日に全て封印されてしまったんだと今更になって分かった。

 仙香の記憶操作を見ると寒気がするのは後遺症。はぁぁぁ。


「六時ですよ。プロ君が学校から帰る前にお願いがあります」

「なに?」

「家を守っていた気香ドームが崩れ始めています。直して頂けませんか?」


 このドームは四隅にある鉄の柱とそれをつなぐ梁に気香を這わせ屋根が出来ていてシリウスも簡単な有形化ができたのだと観照する。二連の血か。


「プロキオンが俺には頼むなって言ったの?」

「はい。でも国王の監視からコウ君を守る目的でドームを作ったと聞いています。私は両親を早くに亡くしてお父様、お母様とプロ君に支えられて生活して来ました。ここでの思い出は私にとって温かい……ごめんなさい」


 思い出かぁ。馬鹿シリウス。最後まで俺の事をただの子供だと思っていたのか?


 土地の一角に建てられた太い柱に掌をあてシリウスが作った形そのままに気香を厚く有形化する。支柱や梁までコーティングしてより丈夫なドームに仕上げたら気分が上がる。見たかシリウス! って死んでる。


 後ろでサラセニアのしゃくり上げる声が聞こえるから振り向いて抱きしめる。


「泣かないで。人は儚い」


 サラセニアも髪がさらさらで指触りがいい。人類皆香神の僕。


「コウ! サラセニアに抱きつくな!」

「泣いたから抱きしめたのぃ」


 プロキオンの阿呆!


「有難うございました。食事の用意が出来ていますから家に入って下さい」

 赤い顔をしたサラセニアは優しくて可憐だ。口の悪い俺のハニーとは大違いー。


******************************


 わざわざ貴賓室に並べられた夕食はマッシュポテトにスープ、鳥のソテー。シオンが作ってくれる手の込んだ物とはちょっと違っていた。

 両親を早くに亡くした二人にはこれが普通の暮らしなのかも知れない。


 質素な食事とは不釣り合いな立派な剣が壁に掛けられシリウスの残香が俺を呼んでいる。


「そこの大型剣をあきらに貰う」

「あきらって右近あきらか? 兄貴ずらしてコウにベタベタ引っ付いてるあいつに渡す気なのか?」


 そのベタベタに俺は救われたんだ。


「ふふふ……嫉妬してるの? 嬉しいよ。ははは」

「笑い事じゃないよ。俺がどんなに歯がゆい思いだったか分からないだろ? 父さんの形見で王族の紋章付なのにあいつに渡す義理は無いから嫌だよ」


「シリウスの残香があるからあきらが使ったら冴えるしプロキオンと宮廷に行くのに丁度いいよ。プロキオンは中型のしか使えないでしょ」

「なぁ……確かに剣を持って宮廷に行く用事があるよ。だけど俺にあいつと仲良くやれって言ってるのか?」


「ふふ、プロキオンは賢くなったね。一人で行ったら自虐だよねぇ」


 頭を抱えるプロキオンは本当に嫌そうだけどあきらは強い。


 暗くなってから大翼を広げ慈愛邸を後にした。協会の屋上に降り立ち夜空を眺めればデネブ、ベガ、アルタイル夏の大三角形が輝く。

 階段を降りてドアを開ければ明かりが点いている……忘れてた。


「黙ってどこに行ってたんだ!」


 シオン様が怒っていらっしゃる。サラセニアの爪垢が必要。


「ただ今、そんなに怒らなくてもいいでしょ」

「風呂から出たら京が居ないから。その服なんだ……お帰り」


 シオンが泣いて抱き付いてくると頭の上からコロコロが降ってきて首や背中を転がってこそばゆい。ダブルで翼は生えないよねぇー。

 落着いてソファーにデンと座ったら下に座ったシオンが見上げる。


「泊りで何をしてたんだ?」

「現世の家族に会いに行ってただけだよ。両親は他界して兄に会った」

「兄弟がいたのか! なんで何も言わずに行くんだ!」

「長風呂の間に行ってこようと思ったら時間が掛かっただけぇー」


 怒っていても泣いていても手を伸ばして髪を梳かせばさらさらと指触りがいい、プルンバコ、ツキヌキニンドウ、ディサ、オンシジウム、テコマリア、デルフィニウム、トケイソウ、ツンベルギア……いい香り。


「背中がパタパタしてるぞ。俺も背中に乗ってどこにでも行く」

「ふふ。羽ばたけないでしょ」

「俺の背中にも翼を付けてくれれば飛べる」

「死んでしまぅー。ははは。シオンも愛してるよ」

「京は変わったよな。蓮にもあきらさんにも愛してるって言っただろ?」


 変わったのは俺だけじゃない。

 宮廷に行ってからシオンは俺を抱きしめることを覚えた。


「ふふ、俺は香神の子だって言ったでしょ。民を、皆を愛してるよ」

「大事変が無事に終わったら京は国王になるのか?」

「今まではそうだったけど、今回は環境が違う。ふふ」


 理解できているのかいないのかシオンは黙る。

 もう少しシオンや蓮、泰斗、あきら、修一、幹部の皆と一緒に居たいけどのんびりもしていられない。

 ほら、オメガを背に乗せたオッドアイが現れた。


******************************


 百香の所に飛ぶ前に臨時幹部会を招集し有事に備えて幹部達のレベルアップを図ると提案した。勿論、反対する者はいなかった。


 早速、体育館で四ヵ月仕込んだ繚乱が四人の幹部と対戦すると大等部の黄緑、みちる、大沢とも敗北。大地だけが疲れのでた繚乱を力で押し切って勝利する結果となった。


 香蜜人は中等部卒業と同時に香人協会を卒業すると気香術の訓練をしない。蓮のように年下の蜜人とペア登録でもしない限りは日常生活が優先され香人としての成長を止める。


「対戦訓練は久しぶりでコンビネーションが悪くなった気がするぅ。せめて香弾が撃てればなぁ」


 せめて? 中央ブロック代表黄緑斗真の減らず口。


「香弾は気香量が二五〇以上で一点に気香を集められないと撃てない。まずは気香術のレベルアップが先でしょ」

「やっぱり俺はダメかぁ。虹彩君は幾つなの?」


 俺と比べられても困るけど己の非力を知ってもらう。


「俺は六歳の時に測定器が壊れた。神の子と比べちゃいけない」

「壊れたの? 測定器のMAXは一〇万だよ。そりゃ、神だ」


 いや、そうゆう意味じゃない。黄緑と大沢が床に伸びた。


「あら、私は撃てるわよ。京の特訓を受けてから二五〇超えたわ。ランも頑張って四〇に成ったからもうちょっとで三〇〇超えよ。訓練次第で気香量は上昇するのね。おーほほほほ」


 高笑いする繚乱は本当に強くなった。キング代行は繚乱に決まりだ。

 黄緑と大沢が起上った。はは。


「留守は繚乱に任せるよ」


 繚乱の一言でふて腐れた幹部達が俄然やる気を出した。繚乱の頑張りが他の幹部を引き上げる。ふふ。


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