第7話 軟禁生活の強み

 俺の外出時に誘拐未遂事件が起きたのに臨時理事会が開かれないのは釈然としない。相手は大人だったからオゾン二六〇、いや、香師の差金とは思えない。

 気乗りはしないけど九年もここにいる強みを生かす時でしょ。


 一度勉強部屋に籠って時間を潰し丑三つの巡検に出かける。建物内は二時間おきに警備員が巡回する以外は当然に誰も居ない。小さい頃は誰も居ないと思うだけで怖かったけど今となっては怖いモノなんてない。


 二時の巡回を終えて警備員が仮眠を取る間に監視カメラをフリーズさせ理事長室に忍び込む。机の引き出しの裏側に隠してあるICカードを使いPCを起動。

 理事長が使うときに気香を這わせて手の動きで調べた暗証番号を入力する。


 宮廷とのメールファイルを開けば一目瞭然。

(依頼した香人が失敗したからよしなに頼むよ)

(御意)


 ポイズと直接メールの遣り取りをしてるの? 士官に御意って使わないよね。


(例の件はどうした?)

(数日待っても報告はありません。例の件は放置した方がよろしいかと存じます。こちらで代替案を用意して監視は続けますのでご安心下さい)

(頼んだよ)


 報告はしたでしょ。山根が握り潰した? 

 しかも陳腐な誘拐犯を一国の王が差し向けたのかと思うと情けない。大御所理事長の代替案より先に手を打たないとまたシオンが狙われる。


 理事長室を原状回復し事務局に忍び込んで局長のPCを起動。ICカードを理事長と同じところに隠すのは年が近いからか? 伝統? 

 K関係報告書……分り易い。

 山根から毎日送信される報告書を開く。


(香九七九年、三月三日 終日読書)

(香九七九年、三月四日 終日読書)

(香九七九年 三月五日 午前八時出 南一中等部 午前一〇時帰。問題行動無)

(香九七九年、三月六日 終日読書)


 なんだこれ? 俺は毎日読書三昧か? 当たらずとも遠からず。そこじゃない、二週間も俺の部屋に居るシオンの事が一行も書かれていない。

生真面目は撤回! 山根真のデータを辿る。


 現在四四歳、常人、生まれは東四区。大等部卒業後は一般企業勤務。

 三四歳で公務員に転職し俺の世話係に応募。

 俺の世話係をするために公務員になったみたいじゃないか? 

 学生時代の写真は別人。あらら。

 人に成りすますためには自分は行方不明か死亡でしょ。


 ここは国王の息が掛かった国立協会。ビッグデータは見放題!


 十年前の死亡者一覧を開くと百三十万人もいる! その内、年齢が三四歳で男性を特定しても二万人。違う、年齢はもっと若い。

 俺が生まれた香九六三年から山根に出会った香九七〇年の間に死亡したラベンダー蜜香一一〇の蜜人。おぉー、登録制度が役に立つ。三人!

 

 セダム、三十歳、蜜人・ラベンダー、河骨セダムを知ってる……気がする。


 小さい頃の事を思い出そうとすると頭に靄が掛かる。事典には記憶が鮮明に残るのは海馬が完成する二歳位からと書いてあったけど俺は覚えてる。

 大量の記憶があるのに何かに邪魔されて記憶を呼び起こせないから苛立つ。


 初めて香人協会に来て世話係だと部屋に来た山根は六歳の俺を抱きしめて耳元で囁いた。

『やっと会えましたね。私が守ります』

 誰なのか何の事なのかも分からなかったけど嘘じゃないと感じた。


 小細工を繊細な細工に変えて備えなければいけないと掻き立てられ只管に手が動く。民間だろうが国家警察だろうが全力で書き換える!



 一週間、昼寝を削りシオンに付き合ってジム通いしてから事務局に出向いた。


「山根、ラベンダーのダスティー・ミラーを守護するから登録して。それから調香戦が終わっても協会に住んでもいいか確認してくれる?」

「ダスティー・ミラーさんという人は聞いたことがありませんが親しいのですか?」

「ジムで数回会っただけでよく知らないから蜜人の名簿から探して」

「蜜人登録のある方なら結構ですが君にしては珍しい事を言いますねぇ?」


 疑ってるねぇ。履歴だろうが監視カメラだろうが俺の全力を存分に調べろ。


「それより協会に住んだらサービスも今まで通りして貰えるか確認してよ。シオンがジムを気に入ってるから有料になったら破産だって泣く」

「協会内は便利ですけど料金は高めですから学生のお小遣いでは足りませんね。シオン君のお蔭で京君にも経済観念が付きました。良い事です。ふふふ」


 翌日には返答を山根が部屋まで伝えに来た。


「京君が居住を希望されるのなら協会は大歓迎するそうですよ。勿論サービスはいままで通り協会の物品全て無料でご使用頂いて結構だそうです」

「山根も世話係をしてくれる?」

「ふふふふ。最近は余りお世話をする事もなくなりましたが京君がここにいる限りは世話係も継続になりますね」


 ソファーの下に座るのがすっかり定位置になったシオンが俺を見上げた。


「京は協会にずっと住むことにしたのか?」

「シオンもジムが使えるし俺がマンション借りても生活できないでしょ」

「そうなのか?」


 シオンはまだ俺の不器用加減が分かってないらしい。


「小さい頃はキッチンを真っ二つにして部屋に噴水が出来ました。トレーニングルームの壁を大破させ何度修繕した事か。ふふふ、懐かしいですねぇ。今でも食事をしないで餓死しそうですからマンションを借りるなら京君に雇って頂こうかと思案していましたよ」


 山根が感慨深そう……お世話になりました。


「キッチンを真っ二つ?」

「そうですよ。ふふ。まぁ、怪我はしませんし大した事ではありませんよ」

「大した事でしょ。山根さんは京の事がそんなに大事なんですか?」

「私は協会事務職員ではなく本来は百香様である虹彩京様のお世話係で高給職なんですよ。京君のお世話が無くなれば移動になってお給料も下がってしまいますから困ります」


 サラッと言うと山根は部屋から出て行った。シオンの髪に手を伸ばして訊く。


「早く家に帰りたい? 家って良い所?」

「多分、良い所だ。そうだ! 今日の夕飯は俺が作ってやる」


 シオンはレストランから食材を取り寄せクリームシチューのパイ包みとシーザーサラダと茄子とトマトとベーコンの炒め物を作った。

 棚に並んでいた包丁や鍋が活躍したのは俺が熱を出した時以来で〝トントントン〟とまな板の上で野菜が刻まれるのを見ていたら面白かった。


 埃を被った食器を洗えと言われて棚から皿を出そうとして二枚割れたら何もしなくていいと言われた。

 仙香の所はお湯を入れるだけの保存食かレンジでチンだったし山根は一度だけ風邪をひいた時におかゆを作ってくれたけど熱のせいでよく覚えていない。

 レストランのシェフが作った料理とはちょっと違うシオンのご飯。


「美味しいよ」

「俺は器用だからなぁ。ふふふ」


 シオンが笑ってる。たまにしか笑わないから貴重な笑顔。

 家は良い所かぁ。多分とは?

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