四話 「疑惑」

 学校の門をぬけるころには、額に汗が浮くくらい陽射しが強くなっていた。

 めぐりはフッと息を吐いて自転車から降り、ハンドルを握った姿勢で自転車置き場へ進む。

 ワクワクドキドキしながら、いつものように耳を澄ました。


 弓道場からは矢を打つ音、的にたる音、そして掛け声が聴こえる。

 そっと向ける視線の先に、道着姿の孝蔵こうぞうがあった。

 ささやくように「おはようございます」と口にする。


 陽射しの下でもトレーニングをかかさないのだろう。

 陽に焼けた孝蔵の精悍せいかんな面差しに、めぐりは見惚れてしまった。

 登校してくる自転車の音が、相次いで聞こえてくる。

 ボーっとしていためぐりは、急いで教室へ向かった。

 二組の教室にはすでに数名のクラスメートが来ており、雑談に興じているようだ。


「おはようございます」


 会釈しながらめぐりは自席へ向かう。


奈々咲ななさきさん、おはよう」


 先に来ていた恋歌れんかが挨拶を返してくれた。

 麻友子まゆこの応援部隊六人が、まだ登校してきていない麻友子の席で立ちながら話しこんでいる。


「今度の小説、すごいよね!」


「うん、もう私なんてスマホ見ながら涙流しちゃってぇ、ウルウル」


「今までの『城ノ内じょうのうちイリア』先生とはまったく違うよね。いわゆる、新境地ってところね。

 続きが本当に楽しみよ」


 めぐりは聞こえてくる会話に、麻友子の作家としての技量に感心する。

 わたしも頑張らなきゃ、と己を鼓舞する。

 教科書を通学バッグから抜き出して準備に入った。


 教室後ろの出入り口から、大きな人影がのそりと入ってきた。

 しゅうである。

 おやっとめぐりは首を傾げた。

 なんだか元気がないようだ。

 思い切って、「吾平ごひら室長、おはようございます」と自分なりの大きめな声で挨拶した。

 ところが、周は気づかないのか、そのまま自席にストンと腰を降ろしてしまった。


 恋歌が振り向き、「室長、おはようございます」と声をかけた。

 そのときの周の表情は、まるで泣き笑いのようにめぐりには感じた。

 周は恋歌を視界からはずすように、「お、おはよう」とだけつぶやいた。


 どうしたのだろう?

 具合がかなり悪いのじゃないかな。


 めぐりは心配になり、立ち上がろうとしたときだ


「麻友子!

 読んでるよ、新作は今まで以上に素敵な恋愛物ね」


 大きな声に、めぐりは教室の前の出入り口から入ってくる麻友子を発見した。

 応援部隊が一斉に駆け寄る。

 ところが麻友子の表情は蒼ざめており、「ありがとう」と消え入りそうな返答をしたのみであった。

 そのすぐ後ろから現れたのが瑠奈るなであったことに、めぐりはビックリした。


 いつもならお昼休みにしか顔を出さないのに、なぜ始業時間前に二組にやってきたのか。

 瑠奈はまるで怒ったような目つきで麻友子をにらみつけ、走って窓際のめぐりの席までやってきた。


「お、おはようございます、二井原にいはらさん」


「おはよう。

 それよりもさ」


 瑠奈は怒髪天を突くような憤怒の形相で続けた。


「奈々咲、ちょっといいか」


「えっ」


「廊下まで顔を貸してくれ」


 否をいわせぬ迫力に、めぐりは尻込みしそうになる。


 わたし、二井原さんに怒られるようなことを、しちゃったのかなあ?

 いったいなぜこんなに怒っているのですか?


 疑問を抱くも、瑠奈はめぐりの腕を強引に引っぱっていく。

 廊下には登校してくる生徒たちがちらほら見かけられるが、ふたりに注目する生徒はいなかった。


「奈々咲、ちょっと訊くけど」


「は、はい。

 なにか、わたし悪いことしちゃた?」


 申し訳なそうに顔を歪める。


「奈々咲が書いたあの小説な。

 ウチ以外の誰かに読ませたか」


「えっ。

 そ、そんな恥ずかしくて。

 二井原さんだけですよう」


 いったいどうしたのだろう。

 処女作は二井原さんに読んでもらったあとは、自室の棚に置いてあるのだけど。


 瑠奈は眉間にしわを寄せたまま、スカートのポケットからスマホを取り出す。

 操作して画面をめぐりの顔の前に差し出した。


「これは確か、『小説ラウンジ』のサイトですよね。

 へーっ、こんなにカラフルなんだ」


「いや、そこに感心してる場合じゃないって。

 いいか、ここだ」


 めぐりに見せながら、指をタップさせる。

 そこには「第三回ラウンジコンテスト」と表題され、その下に前日のランキングが載っていた。


「ははあっ、こういう仕掛けになってるのね。

 あらっ、一位の作品って、まあっ、『城ノ内イリア』さんって表示されてる!

 すごいです」


 そこには、『恋のインスピレーションをあなたの胸に』と、ちょっと意味不明なタイトルがあり、作者が『城ノ内イリア』とあった。

 めぐりが手を組んで喜んでいる姿に、瑠奈は低い声で言った。


「この小説な、ウチは読み飛ばそうとしたんだけど、あらすじが気になって連載の途中まで目を通したんだ」


「瑠奈さんが関心を持つってことは、とても面白いストーリーなのね」


「奈々咲、この小説はな、奈々咲が書いたあの物語と瓜ふたつなんだぜ!

 キャラクターの名前や部活動は微妙に変えてあるけど、ストーリー自体はまったく同じなんだっ」


「えっと、それは」


「盗作されたんだ!」


 めぐりは瑠奈の言葉の意味が理解できなかった。


 だって、あの小説は音楽教室で二井原さんにしか見せてはいないし。

 盗作しようにも、いったいどうやって?


「今日の昼休みな、ウチはこいつをプリントアウトしてきてるから、一度読んでみてくれ。

 あのオンナ、盗作して堂々と発表するなんて、サイテーだぜ。

 今から行って文句つけてやる」


 二組の教室へ入ろうとする瑠奈の腕を、今度はめぐりが強く引いた。


「二井原さん、待って。

 よく似た作品なんていくらでもあるし、もし間違いだったら二井原さんの立場が。

 それに、もし万が一わたしの小説を読まれていたら、恥ずかしい。

 だってあの小説は、読むひとが読んだらわかってしまうもの。

 わたしが孝蔵くんに想いを寄せてるって」


 最後のほうは、ほとんど哀願するような耳打ちであった。

 瑠奈は荒い息を吐きながら押しとどまった。


「そうか。

 そうだな。

 でもとりあえず、またお昼にくるから」


 瑠奈は廊下の開かれた窓から麻友子に、きつい一瞥いちべつをくれると四組へもどっていった。

 めぐりは悩んだ。


 いったいどうしてわたしの小説を?


「うっす」


 ハッと顔を上げると、孝蔵が夏の制服である半袖開襟シャツ姿で立っていた。

 あわてて「お、おはようございます!」とめぐりは顔を赤らめながらお辞儀をした。

                                  つづく

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