第53話 先代の龍


 玉鈴は静かに両目を閉じた。すると会ったこともないはずの初代亜王と彼に従う龍の姿が目蓋の裏に映る。龍の血の記憶なのだろうか。この話を教えて貰ってから時折、彼らはこうして現れた。かろうじて輪郭は分かるが顔は墨が滲んだように真っ黒だ。しかし、玉鈴には彼らが笑っているように見えた。


「……龍の血を次世代へと紡ぎ、対となる亜王を補佐するのが僕達の、龍の血を継ぐ者の運命さだめです」


 龍は凱翔が大切だったのだろう。龍という生き物は守り神の一面を持つため、命を賭しても対象を守ろうとする。そのため龍が龍児へ遺した言葉は己の血に呪いをかけるためだったと玉鈴は考えていた。きっと凱翔の血を絶やしたくなかったのだ。


「長い年月が経つにつれ、血は薄まりました。昔の龍の子は全知全能だったといいますが、いつしか武力が必要な時代には力に特化した者が、天災が多い時代には自然を読む力の者が生まれ、亜王を支えたのです」

「お前が幽鬼を見て祓えるのはそのためか」

「そう、かも知れません」

「歯切れが悪いな」

「僕が本物ではないからです」


 玉鈴は己が本物ではないとも考えていた。龍の子としてもてはやされても自分の力は本物には遠く及ばない。未熟な力でも役立てるようにと歴代の龍が残した鬼道を習得したがそれでも自分の力は弱い。

 何より、この容姿が一番の理由だ。玉鈴が持つ龍の特徴は右眼の黄金のみ。それ以外は普通の人間と見た目はなんら変わらない。


「僕の先代……高舜様の対は僕を見つけ出すように言った占い師です」

「占い師が父上の?」

「はい。彼女は天候を読み、幽鬼を祓うことができました。その力は凄まじく、数日後の天候を当て、一番適切な対処方法を知っていましたし、触れるだけで幽鬼を祓うこともできました」


 占い師である先代はその髪と瞳の色を黒衣で覆い隠し、困り果てた高舜の元を訪ねた。対に会うために遠い異国から亜国に戻ってきた先代は本当はそのまま高舜の補佐をするはずだった。しかし、次の龍である玉鈴が現れたことでそれは叶わなかった。先代は力が未熟な玉鈴に裏の歴史を伝え、鬼道を教えて、この世から去ることにしたのだ。


「今、そいつはどこにいるんだ?」

「もう、この世にいません。彼女は元々、長くはありませんでした」


 玉鈴は明鳳の胸元を指さした。明鳳が胸元を探るといつぞや玉鈴から渡された巾着に指先が触れる。


「これがどうかしたのか?」


 懐から巾着を取り出すと明鳳は首を傾げた。


巾着その中に彼女の骨が入っています」

「えっ!?」


 明鳳は驚いて悲鳴をあげる。指から巾着が落ちそうになり、玉鈴は慌てて手の平で受け止めた。


「龍の子が死ぬとその血肉や骨には生前では考えられないような力が宿ります。彼女の遺骨は幽鬼が怖がり近付かないのです」

「なんていうものを俺に持たすんだ!!」

「だって、言ったら所持するのを嫌がるでしょう?」

「当たり前だ!!」


 明鳳は距離を取ると玉鈴を指さした。


「前々から思っていたがお前は少しおかしいぞ!」

「少しですか」

「いや大いにおかしい!!」


 大声を出しすぎたのか明鳳は咳き込む。

 その背を摩ってやろうと玉鈴は手を伸ばすが叩かれた。


「子供扱いするな!」

「子供でしょう」


 失笑され、明鳳はぐっと言葉に詰まる。口では到底、この男に敵わないのは経験済みだがなんとか言い返そうと考えを巡らせた。

 ころころと変わる横顔を見つめながら玉鈴は一つ息をつく。


「僕はずっと隠していたことがあります」


 玉鈴は膝の上に置いた拳を固く握りしめる。

 不思議そうに明鳳が視線を向ける。


「龍の子としての最後の使命は次の龍の子を見つけることです。先代は僕を選びましたが、力も見た目も中途半端な僕は本物ではありません。貴方の本物はどこか遠い異国にいて見つけられないのか、それか——」


 ——とうにこの世に居ないのでしょう。


 その言葉が口から溢れる前に玉鈴は急いで飲み込んだ。言葉にしてもしなくても聡い明鳳は理解している、と思って。

 玉鈴は拳に視線を落とした。明鳳の顔を見るのが怖くなった。先代から話を聞いた時から己が本物ではないことに引け目を感じていたが、それでも高舜のために持てる力を奮っていた。

 なのに、なぜか今、明鳳の顔を見ることができない。

 様々な感情が胸中に渦巻いて強くなり、玉鈴の心を締め付けていく。固く両目を閉じて玉鈴は明鳳の次の言葉を待った。


「父上の対である占い師がお前を指名したのならお前が本物だ」


 明鳳はあっけからんと言った。

 驚いて玉鈴は顔をあげる。


「今更、本物だの偽物だと言われても興味はない。お前の力は俺が亜王として国を統べるのに必要。それ以外はどうでもいい」

「……懐の広さは高舜様に似ているのですね」

「父上と?」


 明鳳は口角を持ち上げる。


「より一層、父上に近付いたということだな」

「百歩中、五歩程度は近付きましたね」

「そんなにもか」


 嫌味でいったつもりだったが明鳳は嬉しそうに笑うので玉鈴は面食らう。


「訂正です。懐の広さは高舜様以上でしょう」


 高舜以上の広さに感服し、謝罪する。

 明鳳はよほど嬉しかったらしく、照れ臭そうに頭を掻いた。


「悪い気はしないが、さすがに言い過ぎだ」

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