第25話 早朝の来訪者


「あの子は揶揄からかいがいがありますね」


 玉鈴は豹嘉の反応が面白いのか肩を震わせた。

 その隣では尭が実妹の行動に「お恥ずかしい限りです」と顔を顰めた。


「いえ、とても面白くて可愛いと思います。本当に真っ直ぐに育ちました」

「素直というより愚直です」


 恥ずかしいそうに尭は頬を掻いた。


「どうしてああ育ったのか……」

「過去を思えばよく笑うようになったと思います。後は目上の人に対しての礼儀作法を学べば完璧です」


 見目美しく、気遣いもできるがいかんせん気が強く我が道を行く豹嘉は相手が誰であれ自分の意見をごり押しする。例え自身が首を刎ねられる恐れがあってもだ。肝が座っていると言えば聞こえはいいが玉鈴と尭から言わせて貰うと生き急いでいるにすぎない。


「これからゆっくり常識を教えていきましょう」


 豹嘉はまだ十七歳。世間では適齢期といわれる年齢だが本人に嫁ぐ意思はないらしく、老いるまで玉鈴に仕えることを望んでいる。まだ猶予ゆうよは十分にある。

 そう述べると玉鈴は欠伸あくびを噛みしめた。話しに夢中になって忘れていたが、眠気はまだ纏わりついたように離れない。


 ――豹嘉は夜具を整えると言っていましたね。


 周美人の宮にはお昼時に伺うと書簡を出しているはずだ。昼近くまで仮眠を取ることもできるだろうが、この才昭媛への呪詛の案件はすぐに解決する必要がある。時間は有限だ。空いた時間は銀針寮から借りた資料を読み込もう。寝るのはその後でいいか、と玉鈴が考えていると側から尭が心配そうに声をかけてきた。


「周美人の宮には昼頃向かいましょう。それまでお休み下さい」

「貴方まで……」


 玉鈴はため息を零す。


「断っても無理矢理、寝かされそうですね」


 行儀が悪いと思いながらも頬づえをつき窓の外へ視線を投げた。気づけば薄闇ではなく、白んだ空が広がっている。

 初夏の嫌なところは陽が昇るのが早く、沈むのが遅いところだ。それすらも歩度を掻き乱される。

 無意識に玉鈴は山岳の斜面から顔を覗かせる太陽を睨みつけた。その時なにやら門が騒がしいと気づく。耳を澄ませば豹嘉の怒鳴り声が聞こえてきた。


「何か騒ぎでしょうか」


 玉鈴は呆れた顔で重い腰を持ち上げると侍女を止めるために早足で門前に向かおうとした。

 豹嘉のこの騒ぎようは相手が明鳳だからだろう。赤宋門せきそうもんで百官の報告を聞くようにと追い返したはずだが、丞相に叱られたのか逃げ帰って、機嫌が悪い豹嘉と会ったのだろう。最悪だ、と玉鈴は乱雑に頭を掻いた。あの二人の犬猿具合からすると下手したら蒼鳴宮を破壊しかねない。






***






 すぐさま二人を止めるべく尭を従え、釣り灯籠の火が仄かに床を照らす回廊を歩けば、先ほどより怒声は大きくなる。しかし聞こえるのは豹嘉一人の声で、玉鈴は首をひねった。相手が明鳳ならばきっと彼も言い返すはずだ。油に水、ならぬ火に油な二人の関係ならば特に。

 回廊の角を曲がれば腰に手を当てて怒る豹嘉が仁王立ちで前方を睨みつけていた。その向こうには泣きそうに俯く翠嵐の姿が見えた。


「豹嘉、おやめなさい」


 素早く近づくと玉鈴は豹嘉の細い肩を捕まえた。そのまま自分に引き寄せ、侍女の拳が翠嵐に届かないように距離を取る。


「でも玉鈴様!」

「でも、ではありません。落ち着けと何度言ったら分かるのです?」


 豹嘉は「う」と言葉を詰まらせると俯いた。大人しくなったのを見ると端にいた尭に明け渡す。その際、豹嘉は反抗したが尭に首を締められるとまた大人しくなった。

 豹嘉が嫌々ながら兄による拘束を甘受かんじゅし、大人しくなったのを見届けると玉鈴は翠嵐に近付き目線を合わせるように地面に膝をついた。


「汚れますわっ」


 慌てたように顔を蒼白にさせた翠嵐が玉鈴に駆け寄り立たせようとするが、その動作を片手で制すると玉鈴は笑う。

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