第29話 TLには天才が棲む

「参ったわね…」


対ゴマモンガラ調査隊、エーゴマ隊。

正式名称をAnti-GOMAモンガラ Obserb and Manage Adaption部隊は海より人類を脅かす脅威ゴマモンガラとその驚異的な成長能力の根幹にあるマエコウの調査、及び対抗策を練る米軍と自衛隊の共同組織である。

そこで若くして研究室室長になったニーナ・ルーデルはタブレット端末を見ながら頭を抱えていた。

研究が開始されて数か月が経過しているがマエコウの研究は遅々として進まなかった。

GOMAネードの一件や日常的に地上部隊が撃破したゴマモンガラの遺体を使っているお陰で研究サンプルについては不自由していない。

既に死んでいるゴマモンガラの遺体からかなり高純度でマエコウを抽出することにも成功している。

予算も十分に払われているし、研究スタッフたちはみな勤勉で優秀だ。

研究環境については充実しすぎていて研究者の火の車のような懐事情に慣れ切ったニーナにとってはすこし怖い程だ。

理由はもっと単純でマエコウの分子構造、及び性質がわからないのだ。

研究都市筑波にある多種多様な分析、計測機器を用いてもマエコウの分子構造一つ分からない。

いや、正確にはその中にマグネシウムやゲルマニウムなどの複数種類の金属イオンは検出できているのだがそれ以外はアンノウンだ。

理解できるのはそれが生物を強化、進化させるという結果だけ。

本当に地球上から発生した物質なのか、いやそもそも

「ラブクラフトの小説はノンフィクションのドキュメンタリーだったのか」なんて言い出す科学者まで言い出す始末。

小説の中に存在する外宇宙の神やら旧支配者やらを信じているわけではもちろんないが、マエコウやゴマモンガラのやりたい放題を見るとあながち間違った理論ではないような感覚すら覚える。


「ダメダメ、そんなのは科学的じゃあないわ。説明のつかない現象にルールを見つけるのが科学よ。こんなところでくじけてられるものですか」


表示されている論文を読む。

「このままゴマモンガラの攻勢が止まらないのなら人類全員をマエコウを使ってA-GOMA手術を施して植物人間にさせて宇宙空間に逃げてしまえ。」といった内容の論文だ。

確かに人類が光合成能力を手に入れれば自前でエネルギーを生産できるので宇宙空間であってもある程度は生きながらえるだろう。

だがそれはただの時間稼ぎでしかないし人類全員を宇宙空間に遅れるほどのロケットだって存在しない。

軌道エレベーターは果たして間に合うのだろうか。


「バカね。バカ丸出しよ。それに成功率2割の手術を誰が好き好んで受けるのよ」


A-GOMA手術の人間への成功率は大体2割。それもベースが海水魚限定で海中に生きる甲殻類、それに淡水魚の成功例に至ってはそれぞれ100回近く手術して各ベースごとに成功例が一件しかない。

植物、昆虫、鳥類エトセトラはそもそも成功すらしていない。

ゴマモンガラたちは食べればそれだけでやりたい放題できるのに人類だと海水魚になることすらままならい。

それは実験体のマウスやラットでも同様で成功率は人類と同じだ。

こちらのほうが圧倒的に人類より多くの手術を施しているのにもかかわらず何も変わっていない。


「お、この実験はなかなか面白いわね。どれどれ…」


ニーナのお眼鏡にかなった実験とは逆に魚を人間に近づけて味方にするというものだった。

ゴマモンガラ近縁種のムラサメモンガラ、クラカケモンガラ、モンガラカワハギなどのマエコウの導入は何故かうまくいき、ゴマモンガラほどではないが進化元の形質を取り込んで進化する能力を表している。

そいつらに人間を食べさせたら一体どうなるのか。

それは確かに面白い試みだとは思うのだが一体全体食わせる人間はどこで賄えばいいのやら。

紛争中の途上国から奴隷でも買い取るかそれともGOMAネードの被害者の遺体を使わせて頂くか。

どちらにせよ『もしできたらの机上の空論』。

いくら今の人類がゴマモンガラに追い詰められているといってもそんなことになったらエーゴマ隊は解体どころの騒ぎではなくなってしまう。

よってこれもボツ。


「どうしてこうウチのメンバーはマッドサイエンティストが多いのかしら…」


背負わされた責任に独り愚痴をこぼす。

以前はただ気ままにマエコウという新物質の研究を続けていただけなのに気が付いたらエーゴマ隊研究室室長だ。

抜擢された理由は理由たただ最初にマエコウを発見して研究を始めたからに過ぎない。

小笠原諸島に旅行に行った際、珍妙に変化した魚を偶然捕獲してそれを分析してみた結果偶然見つけたのがマエコウだ。

捕獲したのは確か黄金色に輝くユウゼン。見つけたときはポケモンみたいな色違いだなあと思っていた。

最初のころに発生したマエコウは進化促進物質というより代謝を高めたり体を若返らせたりといった回復アイテムだった。

今でこそ宇宙物質だのオーパーツだのまことしやかに囁かれているマエコウであったが少なくともニーナが発見したときはそういったものだった。

それで試しにアンチエイジングとして自分に使ったらこんな姿になってしまったのだ。

本当の年齢はまあ言わぬが花だろう。


「はぁ。この体、軽いし腰痛とは無縁だし視力はいいし悪くはないんだけど如何せん科学者としての威厳がたりないのよねえ…せめて身長だけでもなんとかならないかしら」

「お嬢様はそのお姿がお似合いですよ」

「黙れロリコン」


後ろから気持ち悪い発言をした付き人を6文字で一蹴しながら気を紛らわすためにカメラ映像をのぞくと、ゴマモンガラを模した的の端っこが欠けていた。


「ッシャア!!見たかおらあ!!」と水中で叫びながらガッツポーズで喜ぶネオンブルーの半魚人をみてニーナは『若いっていいわね…』なんてくだらないことを考えていた。


その時タブレット端末がメールを受け取ったとの旨の通知で振動した。

件名は流山金属加工場襲撃事件についてという内容だった。


「えーっとなになに…」


スワイプして論文を画面外に放り捨て、メールアプリを起動して中身を見る。

「またGOMAネードの要らない報告か、一研究者に責任なんて求めるな」と憤慨しながらメールを開く。

やれやれまたこれかみたいな態度だったニーナだが、その内容と添付ファイルを見た瞬間、その表情が固まった。

まるで幽霊でも見たかのように青ざめる肌に音を立てて飲み込まれる生唾。

頬を伝う冷汗は空調の利いた部屋には冷たすぎる冷や水だ。


「なに…これ…。はぁ? こんなのありなの?」

「どうしましたかお嬢様」


主の異変を察してかゴリウスは声をかける。

いつも泰然自若としているニーナ(スイッチが入らなければ)のこういったリアクションは珍しく、よくない兆候だ。

だが心配せずとも主はすぐに返事を返した。


「ねえゴリウス。貴方ターミネーターって現実的に作れると思う?」


主の質問に困惑するゴリウスだったが、反転されたタブレットの画面を見たとき彼は自分の正気を疑った。

画面に映るのは6mほどの鋼鉄の蜘蛛のような化け物。

溶けた金属を体から滴らせたその顔はゴマモンガラによく似ているように感じた。

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