第11話 青春18きっぷを買って旅に出よう
ペシャ、ペシャッ。
誰もいない血の海と化した電車の中にゆったりとした足音が響く。
あふれ出るほどにあふれ出た血液は半ば血小板の効果で凝固し、血のりが固まってカピカピしている場所もある。
地上に再現されてしまった御伽噺に出てくるような血の池地獄。その中にナニカがいた。
ーまもなく、終点、つくば、つくば。ー
機械音声が無人のホームに虚しく響く。
もはや意味をなさなくなったそれに、ナニカが反応した。
「マモナク、チュクバ、チュクバ。」
ペシャペシャと車両を渡りながら存在しないはずの肉声が静寂を打ち破る。
舌っ足らずなおうむ返しではあったが、それは確かに
無論、ゴマモンガラは発声器官は持たない。オリジナルがそもそも群れで行動する魚ではないのだ。
故に陸上で音声を発する器官など無用の長物に過ぎない。不要な器官など持つ必要性は皆無なのだ。
『退化』というものは生物種の進化にとって必要なものだ。地上に進出した生物が鰓呼吸ができなくなったように、人類が尻尾をうしなったように。
生きるために不要な要素はたとえそれが強力なものであったとしても切り捨てる。
なぜなら機能を持つこと自体、エネルギーを消費するからだ。無駄なエネルギーを使わないためには使わない機能を切り捨てるのは自明のこと、『退化』は『進化』の一側面なのだ。
だがその原則はマエコウの加護を受けたゴマモンガラには存在しない。
エネルギーの浪費をためらわず、取り込んだ情報をすべて蓄積していく。まるで様々なソフトを入れすぎて処理が重くなってしまったコンピューターのように。
普通なら「ここまでやるとスペックが足りないから止めよう」となるはずのリミッターは既にマエコウが壊してしまった。
そして今もゴマモンガラの中のマエコウは取り込んだ新たなソフトウェアのインストールを始めようとしている。
処理落ちを恐れず、パンクを恐れず、
手始めに、
おいしい所はパリパリしたもので覆われていて、歯ごたえがある。中身はとろっとろで口の中に入れると濃厚なおいしさがぶわっと広がってほろほろとほどけていく。
そとはサクサク、なかはトロトロ。こんなおいしいもの、ここじゃなきゃたべられない。
おいしい。おいしい。おいしい。おいしい。おいしい。おいしい。おいしい。おいしい。おいしい。おいしい。おいしい。おいしい。おいしい。おいしい。おいしい。おいしい。おいしい。おいしい。おいしい。おいしい。おいしい。おいしい。おいしい。おいしい。おいしい。おいしい。おいしい。おいしい。おいしい。おいしい。おいしい。おいしい。おいしい。おいしい。おいしい。おいしい。おいしい。おいしい。おいしい。おいしい。おいしい。おいしい。おいしい。おいしい。おいしい。おいしい。おいしい。おいしい。おいしい。おいしい。おいしい。おいしい。おいしい。おいしい。おいしい。おいしい。おいしい。おいしい。おいしい。おいしい。おいしい。おいしい。おいしい。おいしい。おいしい。おいしい。おいしい。おいしい。おいしい。おいしい。おいしい。おいしい。おいしい。おいしい。
「ノウミソ、オイチイ」
たくさん食べたのでもうおいしいところがなくなってしまった。
もっともっとたべたいのにもうここにはおいしいところがない。
「モット、タベタイ」
車内のおいしい所を食べつくしたナニカは車両を渡り再び元いたところに戻る。
よくわからないボタンを適当に押してみると風景が動き出す。動かし方は何故か知っていた。
知っていたことに疑問は持たない。そんなものに興味はない。
がたん、ごとん。がたん、ごとん。
体が引っ張られるような感覚がする。それはすぐに収まって風景が加速しだす。
ナニカの楽しい旅が始まった。
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