第3話 どうやらお俺はウルトラマンににているらしい

「ホンソメワケベラぁ?なんだそれ?」


そんな魚聞いたこともない。まあ俺の海水魚の知識なんてサメとゴマモンガラと寿司ネタくらいのものなのだが。

あとはせいぜい某映画に出ていたカクレクマノミやナンヨウハギくらいのものか。

しかし俺のそも無知が思いもよらないニーナの地雷を踏み抜いた。


「は?何で知らないのよバカなの?『鏡に映った自分を自分自身と認識できる』めちゃくちゃ頭のいい生物を何で知らないのよ!バカなの?Dr.ホンソメ入ってんのに頭魚類以下なの?」


ニーナは今までの『理知的な理系女子』をふるまおうとしていた態度を一変させてブチ切れしてローキックを連打して罵倒してくる。

これは後で知ったことでだが、人間以外にこのミラーテストという研究対象の動物の体にマークをつけて鏡の前に置くと、その動物が自分の体でマークを調べたり、触ろうとしたりするかどうかを観察する実験があるらしい。それに合格したのは、知能が極めて高い類人猿やイルカ、ゾウ、そしてカササギだけである。

思いのほか頭良かったんだな、ホンソメワケベラ。


「うわちょっとやめry」

「うるさい!なんでぬるぬるしてんのよ気持ち悪い!」

「おまえがぬるぬるになる体にしたんだろうが!」


ローキックが意味がないとみるやニーナは俺をベッドに突き飛ばしてプロレスの真似事をしだす。

後ろのグラサンが恐ろしくて反撃できないのをいいことにニーナに締め技をかけられる。

が、半魚人の無駄な頑強さと体表のぬるぬるで全くダメージがない。

それどころか粘液はニーナの体にまとわりつく。

そのときだった。

病室のドアが大きな音を立てて開き、おふくろが朱鷺子を連れて見舞いに来たときは。


「優二!アンタ目を覚ま────────────────」


おふくろと朱鷺子が病室に入ってきたとき俺は銀髪の幼女(実年齢はわからんが)とベッドの上でぬるぬるして抱き着かれている極めて背徳的なプレイのような状況にいた。

俺が半魚人だから獣姦、いや魚姦か。


おふくろは『覚ま』と続きを言うことなくその場に凍り付き、朱鷺子はいぶかしげな表情を浮かべて俺を見る。

まあ要約すると時が、止まった。凍り付いたともいう。


その後グラサンSPのとりなしによってなんとか誤解は解けた。

誤解が溶けたところであの銀髪ロリとグラサンの主従はいったん俺の病室から去り、おふくろと朱鷺子が残された。

ああ、まずいことになった。

事故だとは言え朱鷺子に幼女相手にソーププレイを敢行した猛者という誤解をさせてしまったことは非常に苦しいものだ。

ただでさえ気が付いたら半魚人なのにここでこの追い打ちはマジで発狂して死ぬ自信がある。

失敗した成功例、自分が半魚人であることを受け入れられずに発狂して狂死したらしいが俺だった十分にそうなる可能性がある。

そんな俺の気分を察したのかしてないのか、おふくろが話を切り出す。


「まあアンタが生きてて安心したよ。前より男前になったんじゃない?ほら、頭のこの辺とかウルトラマンみたいで。」

「それ褒めてねえだろ!それに半魚人のほうがイケメンってそっちのほうが傷つくわ!それにウルトラマンになったところでイケメンに近づくわけじゃねえだろ!」


まったく息子が半魚人になったのに暢気なオカンだ。割と本気でシバきたくなる。

このオカン、この2か月で息子が死人がたくさん出た海水浴場に行ったあげく死ぬほどの重傷を負って半魚人に改造手術されたんだぞ?

一体どういう神経をしていたらそんな態度が取れるんだ?

だが、2か月ということに引っ掛かって考え直す。

俺は目覚めたばかりだがこいつらは2か月間心の整理をしてきたのだろう。

68日、正直その差はデカい。

この気丈なオカンが空元気でも補充するには十分すぎる期間だったんだろう。


「そうそう、見舞いの品。気が向いたら食べてね。」

「ん?どれどれ・・・」


お袋はいかにもその辺のコンビニで買ったような袋を差し出してくる。

もっとなんかないのかと思ったがありがたくその袋を受け取って開ける。

おふくろが持ってきたものは・・・

ちりめんじゃこ、乾燥わかめ、酢昆布、かっぱえびせんとその他・・・


「全部海産物じゃねーか!俺胃も魚になってんのか?」

「あらやだ。ホンソメワケベラは魚の表面に住む寄生虫を食べてくれるってあの子が言ってたわよ。」

「そういう話してねーよ!っつか食うか!なんで好き好んで寄生虫食べなきゃいけねえんだよ!」


サナダムシなのか!サナダムシ食えってのか!!

もうダメだ。この親。早く何とかしないと。

パッケージされた海産物がおふくろの発言同様に宙を舞う。

しかしこのコメディみたいな雰囲気も続くことはなかった。


「あのさ。」


半魚人とオカンのバカみたいな言い争いの空気を朱鷺子が打ち破る。

よく見ると手が震えている。

ああ、そうか。この2か月、一番つらかったのは朱鷺子だ。

おふくろはあんなんで俺は昏睡状態で五郎を失った。

一人取り残され、コイツはずっと耐え続けていたんだ。

その孤独に、後悔に、一人助かってしまった罪悪感に。

心なしか朱鷺子のからだはいつもより細く見えた。


「優二、ごめん。あたしのせいでこんな体にしちゃって。」


朱鷺子が頭を下げる。俺は返答に詰まった。こんな時こいつに何を言ってやればいい?

恋人を見殺しにさせた俺を、勝手にイキって格好つけてケガして罪悪感を持たせた俺がなんて声をかければいいんだ?

逡巡しているとおふくろが口を挟んできた。


「アンタのせいじゃないよ、朱鷺子ちゃん。こいつはアンタの前じゃ調子に乗ってかっこつけたがる。それが今回はたまたま相手が悪かったんだ。だからアンタはコイツと今まで通りにしてやんな。それが何よりの薬さ。」


おふくろが言った言葉は俺が朱鷺子にしてほしいことだったのかもしれない。

あんぽんたんなオバサンの口から出たとは思えないほどにおふくろの言葉は俺と朱鷺子に響いた。


「大丈夫だって。これでもそこのババア曰く前よりイケメンらしいしな。」


無理矢理空元気を振り絞って作り笑いする。

自分のためだけじゃこうはいかない。朱鷺子のためだから俺は笑えるんだ。


「優二、アンタ…」


朱鷺子は涙をためた目を見開いて俺を見つめてくる。

その眼を見て俺は改めて思った。

コイツを助けてよかったって、コイツが死ななくて、俺みたいな半魚人にならなくてよかったって。


「そうね。ホント、アンタってバカね」


目を覚まして初めて朱鷺子の笑顔を見る。

完全に作り笑いなのはわかる薄っぺらな笑顔だったけれども、真実は無いわけじゃあない。

そうだ、俺はコイツの笑顔を取り戻さなきゃいけないんだ。

あの時見殺しにした五郎のためにも、笑顔を失いかけた朱鷺子のためにも、そして俺自身のためにも。


「ああ、バカだよ。なにせ半分魚らしいからな」


自分でもどうかと思うくだらなくて笑えない自虐ジョーク。

俺の戦いはきっとここから始まったんだと思う。


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