第26話 【第五試合】雌鹿と猛獣達
『さあ、それではいよいよです! フェイタルコンバットのクライマックス! 変則バトルロイヤル戦の始まりだぁぁぁっ!!!』
アナウンスの掛け声と共に大歓声が鳴り響く。そしてその歓声の中、遂に試合開始のゴングが鳴った!
ダンッ! とマットを蹴るようにして最初に動いたのは……ボクシングのマクギニスだ。両腕を構え頭を低くした体勢で一気にレイチェル目掛けて突進してきた。その巨体からはゾッとするような速さだ。
その迫力たるや凄まじく、今までのレイチェルだったらそれだけで硬直してしまい、相手のパンチをまともに受けてしまっていただろう。だが事前に雷道山の突進を経験していたお陰で、辛うじて硬直するのは免れ身体が反応してくれた。
素早くバックステップを繰り返し、マクギニスから距離を取るように動く。一対一では逃げるだけでは何の意味も無いが、これはバトルロイヤルだ。しかも彼女を倒した者が『勝者』になる、という変則ルール。
チャールズからはとにかくそのルールを徹底的に利用しろと事前にアドバイスを受けていた。そしてレイチェルが距離を取って捕捉されないようにするとどうなるか……
「むんっ!」
「……!」
すかさず割り込んだブラッドがマクギニスに対して強烈なローを叩き込む。その蹴りの威力はレイチェルなどとは比較にならない程で、牽制でありながらあの巨体のマクギニスが完全に足を止めざるを得なかった。
「邪魔だっ!」
足止めされたマクギニスが激昂してブラッドにフックを打ち付ける。ブラッドは素早く距離を取って拳を躱す。ボクシング対キックボクシングの闘いが始まった。
ブラッドが誰かを足止めして引き付けてくれる事は予想していたしありがたかったが、流石の彼も一人の相手をするので手一杯だろう。つまりここからが本当の意味でのレイチェルの戦いだ。
『敵』は全部で六人。ブラッドが一人を引き付けてくれたので、残りは五人だ。それでも厳し過ぎるがやるしかない。
「キィエェェェッ!」
奇声を上げながら中国拳法のヤンが恐ろしい跳躍力で上方から飛び蹴りを放ってきた。足にはカンフーシューズと呼ばれるシンプルな靴を履いている。
「く……」
外見のイメージ通りの素早い動きに距離を取る暇がなく、ガードを余儀なくされる。小柄ながら体重を乗せた跳び蹴りは、ガードの上からでもレイチェルの身体を揺さぶるのに十分な威力であった。
着地したヤンは間髪を入れず流れるような動作で足払いを仕掛ける。体勢を崩していたレイチェルはそれに抗えず転倒してしまう。観客席からは歓声が轟く。
(しまった……!)
これがヤンとの一対一であれば、仰向けのまま迎撃の体勢を整える所だが、敵は他にもいる。しかも寝たままでは非常に都合が悪いグラップラーが二名も。
その内の一人、ブラジリアン柔術のガルシアが雄叫びを上げながら、まるで獲物に飛び掛かる肉食獣の如き挙動で襲い掛かってきた。
「くぅ……!」
捕まったら非常にマズい。レイチェルは必死に横転しながら距離を取る。だがそれだけで相手から逃げ切れるはずもない。ガルシアが素早い動きで遂にレイチェルを捕捉しかけた瞬間……
「シハッ!」
それを遮るように強烈な蹴りがガルシアの動きを阻んだ。ブラッド……ではない。彼はまだマクギニスを相手中だ。ブラッドにも劣らない程の鋭い蹴り。ムエタイのファーラングだ。
忽ちガルシアとファーラングも互いに乱闘状態に突入する。そこに彼等を避けるようにして白い道着の空手家、オギワラが迫ってきた。レイチェルは何とか立ち上がったばかりでまだ体勢が整っていない。その隙を逃さずオギワラが正拳突きを放とうとして……
「シャアァァァッ!」
ヤンに妨害された。オギワラがヤンの貫手を躱し、お返しに中段蹴りを放つとヤンは大きく飛び退って躱した。互いに無視できなくなった二人が戦闘状態に突入する。空手対中国拳法だ。
これで一対一が三組出来上がった。何とかチャールズと立てた作戦の通りに運べた。
達人級の彼等でも他の連中を相手にしながらでは、レイチェルに攻めかかる余裕は無い。レイチェルを襲っている時に後ろから攻撃されるのも都合が悪い。上手く誘導してやれば、自然まずは他の相手を排除しようという動きになるはずだ。今の所は狙い通りにいっている。だが……
ブラッドを含めて相手は七人。そう……つまり、『奇数』だ。という事は……
「…………」
今まで殆ど能動的に動かず静観に徹していた男が遂に動き出した。
「く、く……馬鹿どもめ。こうなる事も予測できんか。俺は最初からお前の作戦などお見通しだ」
「……!」
ロシア人だが流暢な英語で嘲笑するのは、サンボのバシマコフだ。相変わらず不気味な視線でレイチェルの身体を舐めるように眺め回している。
レイチェルとしては一番警戒していたこの男が残ってしまったのは、ある意味では必然か。
「さあ、お前の関節が軋み、折れる音と感触を味わわせてくれ……!」
熱に浮かされたようなバシマコフが両手を広げて向かってくる。レイチェルはファイティングポーズを取って迎え撃つ。レイチェルの、生き残る為の死闘が始まろうとしていた。
相手が単独では逃げ回るにも限界がある。レイチェルは覚悟を決めて迎え撃つ。牽制のジャブからストレートのワンツーで相手の顎を狙う。
バシマコフは素早く手でガードしつつ、逆にレイチェルが打ち掛かってきた腕を取ろうとする。
「……!」
レイチェルは咄嗟に腕を引っ込めて今度はローキックで相手の足を狙う。それは狙い過たずヒットしたが、バシマコフは表情を変える事無く再び掴みかかってくる。
「く……!」
レイチェルは呻きながら後退し、更に牽制のパンチを繰り出すが今度はその腕を掴まれてしまった。
「あ……」
その瞬間物凄い力で引き寄せられ、更に踏ん張ろうとした膝を蹴られて強制的に体勢を崩される。そのままバシマコフはまるで柔道の巴投げのような姿勢で後ろに倒れ込み、掴まれたままのレイチェルもそれに引っ張られる。
そして抵抗する間もなく首に脚を掛けられ、十字固めの体勢に移行される。サンボの引き込み十字固めだ。
「く、あぁぁぁっ!!」
為す術も無く腕の関節を極められたレイチェルは苦鳴を上げてもがくが、当然技が外れる事はない。
「ク、クク……予想通りいい感触だ! このまま靭帯を断裂させてやったら、どんな感触を味わえるか楽しみだ!」
「……ッ!」
人体の破壊を快楽とするバシマコフは、これまでの相手のようにレイチェルを無駄に甚振って楽しむという趣向が無いようだ。極められた腕に容赦なく牽引力が加わり、レイチェルはゾッと血の気が引く。
(い、痛い……痛いぃぃぃっ! や、やめて……助けてぇぇぇっ!!)
心の中で恐怖の叫びを上げるレイチェル。しかし彼女を助ける者は誰もおらず、このまま腕を潰されてジ・エンド……のはずだった。
「ぬぅぅんっ!!」
「……!」
掛け声と共にレイチェルに寝技を掛けているバシマコフの顔面目掛けて、凄まじい勢いで踵落としが打ち下ろされた。
バシマコフは咄嗟に十字固めを解除して、慌てて回避。素早く体勢を立て直して立ち上がった。
「貴様……!」
「……賞金は俺の物だ。お前に彼女は渡さん」
(ブ、ブラッド……!)
痛む腕を押さえて、どうにか身を起こして片膝の姿勢になったレイチェルが救援者を見上げる。
マクギニスと戦っていたはずのブラッドが戦いを中断して相手に背を向けてまで、レイチェルを助けにきてくれたのだ。事実、離脱の際にマクギニスの一撃を貰ってしまったようだった。
だが彼は少しも怯む事無くバシマコフをレイチェルから遠ざけようと攻撃を仕掛ける。
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