第14話 【第三試合】vsレスリング
そして明くる日。『フェイタルコンバット』三戦目の日がやってきた。レイチェルにとっては実質四戦目だ。今日のコスチュームは白を基調にしたセパレートとアンクルサポーターであった。
今日は一体どんな相手と戦う事になるのか。そしてその試合を無事に勝ち抜けるのか。不安の種は尽きない。だがレイチェルは迷いを振り払うようにかぶりを振った。
勝てるかどうかではない。勝つのだ。自分だけでなくエイプリルの命までがその賭けの対象に入っている以上、どんな相手が来ようが彼女に負けるという選択肢は絶対あってはならないのだ。
「レイチェル。今までの相手は基本的に
「……ええ、チャーリー。大丈夫よ、ありがとう」
少なくとも試合に関してのチャールズのアドバイスは的確だ。相手がグラップラーだとすると、これまでとは試合の様相が全く異なってくる。『パトリキの集い』が会員達の要望を考慮しているのであれば、そろそろ毛色の違う内容を提供しようと考えるはずだ。
そういう意味でもグラップラーが出てくる可能性は高い。
アリーナを潜ると観客達の視線が一斉に彼女に集中し、大きな歓声が上がる。
(……毎日よく飽きないわね。他にやる事がないのかしら?)
レイチェルは心の中で皮肉を飛ばす。開会式も入れれば既に五度目となると、レイチェルも悪意に満ちた視線に多少は慣れてくる。
いつものようにチャールズとエイプリルにハグをしてから、リングへと踏み込む。大きく息を吐いて気持ちを切り替える。ここまで来たら後はもう戦うだけだ。
レイチェルが睨み据える先、反対側の通用口から一人の男が姿を現す。
「……!」
現れたのは黒に近い褐色の肉体を、膝までのレスリングタイツで覆った男であった。足にもレスリングシューズを履いている。胸元や腕はむき出しとなっており、その鍛え抜かれた肉体が強調されていた。
そのスタイルは一目瞭然、レスリングだ。レイチェルの表情が厳しくなる。やはり次の試合はグラップラーだというチャールズの予測は正しかった。
男がリングに入ってきた。身長はそこまで大きくはないが、それでも六フィートはあり、当たり前だがレイチェルよりは大きい。タイツから覗く肉体も発達した筋肉が見て取れ、当然ながらウェイトも比較にならない。捕まったら非常にマズい事になる。
『さあさあ、フェイタルコンバットも何と三戦目までやってきました! 子を守る母とはこれ程強いものなのか! 既に初戦を合わせれば三人の男性格闘家に勝利を重ねているブロンディ! この奇跡の快進撃はどこまで続くのかぁぁ!?』
――ワアァァァァァァァァァァァァッ!!!
例の如くの大歓声。続いてアナウンスは目の前の男の紹介に入った。
『さあ、そして今回の対戦相手です! キューバ出身! レスリング世界選手権で幾度も金メダルの栄光を手にしながら、ドラッグ服用の罪で逮捕され全てを失った男! レスリングのフアン・ロドリゲス・バウアーだぁぁぁっ!!!』』
男……フアンは歓声に応える事もなく、ただレイチェルの身体に不気味な視線を這わせていた。
「……!」
レイチェルは肌が粟立つような感覚を覚えた。彼女の衣装は例によって露出度の高い物だったので余計に頼りなく感じた。フアンが口の端を吊り上げる。
「ククク……イイ女ダ。オ前ガ悶エ苦シム声ヲ早ク聞イテミタイ」
「……っ!」
片言ではあるが英語を喋ってきた。意味は充分通じる。しかしそれはクワベナの時と同じで、その悪意をより直接的にこちらに届かせる役割を果たしていた。
『それでは、フェイタルコンバット第三戦目……始めぇぇぇっ!!』
試合開始のゴングがなる。同時にフアンが腰を低く屈めた体勢で身構える。レイチェルもファイティングポーズを取って、油断なく相手を見据える。
これまでの相手とは確実に異なる試合展開になるのは間違いない。雷道山は別としてもそれ以外の相手はストライカーだったので、こちらから積極的に組技に持ち込む事で勝機を得てきた。
しかし今回は相手も組技のプロフェッショナルだ。その技術や膂力、ウェイト差などを考えると、逆に組み付かれる事を避けなければならない。
(でも……どうすれば良いの? どっちみち攻撃する為には近付かないといけない。でも不用意に近付けばあいつに捕まる……)
そんな逡巡がレイチェルの足を止める。攻めあぐねる彼女の様子を察したフアンの口が再び吊り上がる。そして低い姿勢を保ったまま自分から摺り足の要領で、ジリジリと接近してきた。
レイチェルはそれに押されるようにして後ずさる。だが狭いケージに囲まれたリングの事。すぐに背中が金網に当たってしまった。
レイチェルは咄嗟に横にズレて逃げ場を確保しようとするが、その時フアンが今までの慎重な前進が嘘のように一気に距離を詰めてきた。
「っ!?」
元々低かった姿勢を更に低くして、マットに這いつくばらんばかりの体勢だ。明らかにレイチェルの脚を狙っている。
「く……!」
自ら退路を断ってしまっていたレイチェルは歯噛みしながら、迫るフアンの顔面目掛けて渾身の膝蹴りを叩き込んだ。だが充分に警戒していたフアンは、むしろそれを待っていたとばかりに両手を繰り出しレイチェルの膝蹴りをガードした。同時にその手がレイチェルの脚を掴む。
「……ッ!」
(しまった……!)
と思った時には、掴まれた脚が物凄い勢いで引っ張られる。その力と勢いの前に思わず体勢を崩してつんのめるレイチェル。フアンはそのままレイチェルの腰に飛びつきながら自らマットに倒れ込んだ。
「……!」
当然レイチェルも押し倒されるように一緒に倒れ込む。
「くそ……!」
毒づきながら必死で身を離そうとするが、当然フアンは物凄い握力、膂力で全く振りほどけない。もみ合いのような状態となる。周囲の歓声が耳障りに響く。
レイチェルは必死に優位なポジションを取ろうとするが、相手は膂力もウェイトも段違いな上にグラップリングの専門家だ。巧みに動きを封じられ、逆に優位なポジションを奪われてしまう。
「……っ!」
レイチェルは身体を丸めて必死に技を掛けられまいとする。守勢に徹しているだけでは絶対に勝てないと解っているが、背に腹は代えられない。だが……
「ぐぅ!?」
フアンはそれも織り込み済みだったようで、レイチェルの胴体に強引に自分の手を潜り込ませてガッチリとホールドすると、そのまま自ら横向きに倒れ込む。
レイチェルはそれに引っ張られ、無理やり身体を開かれる。そしてフアンの力に抗えないままでんぐり返しに身体を動かされ視界が反転した。
「……!」
気付いた時にはマットに尻もちを着いた状態で完全にバックを取られていた。いわゆるローリングという技だ。
胴体をホールドしているフアンの力強さは相当な物だ。振り解けないのは勿論、このまま強引に締め上げてきたら……
ゾッとしたレイチェルは身体をもがかせるようにして何とかフアンに肘打ちを叩き込もうとするが、完全にバックを取られている為まともにヒットしない。
するとフアンが暴れるレイチェルの腕を取ってフルネルソンを極めてきた! 胸と脇が割り開かれるような苦痛がレイチェルを襲う。
「う……あぁぁっ!!」
苦痛から思わず苦鳴が漏れてしまう。当然観客達は大興奮だ。
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